2025年5月16日、都内で「第39回日本外傷学会」の総会学術集会が開催された。外傷学会とはその名の通り、外傷を専門とする医師を中心とした学会。学術集会は年に一回開催され、彼らがそれぞれの病院で経験した転落や重量物の下敷き、切断、機械操作時の巻き込まれなどのなかで稀なケース、重傷の患者を救命した新しい治療方法などを報告して学びあう場である。交通事故は体のあちこちに怪我を負うことから「多発外傷」と呼ばれ毎年、何例もの報告が紹介されている。
今年はこの学術集会に、『緊急トピックス企画:ジュニアシートの適正使用』が、急遽組み込まれた。
企画の発端は、昨年(2024年)8月の福岡で姉妹が亡くなった正面衝突事故である。この事故自体は防げずとも、死亡は防げたのではないかという思いからだ。この例に限らず、医師は瀕死の状態で運ばれてくる患者に対峙したとき、最善を尽くすと同時に「なぜ、こんなことに」と、怪我の経緯を考え、なにをすれば防げたのかを考えるという。

事故は防げる。そして、防ぎきれなくても、少しでも軽傷にすることはできるはずなのだ。
檀上には、ITARDA(交通事故総合分析センター)の菱川豊裕氏、JAF(日本自動車連盟)の丹野祥孝氏も登壇し、なぜジュニアシートが必要なのか、ジュニアシートは、どう使うと子どもを守れるのかなど、事故分析や実験などで得られた最新で正確な情報提供も行われた。
日本医科大学千葉北総病院救命救急センターの本村友一医師からは、北総病院が日本大学と行っているミクロ調査のなかからジュニアシートを使用せずに受傷した例「小児乗員に関する医工連携に基づくリアルワールド交通事故実態調査」が紹介された。
◆背もたれや天井に貼り付いた子どもたちの頭髪に…
私はこれまで、北総病院の救命救急センターに何度も通わせてもらい、さまざまな多発外傷例やその後の経過などを取材してきたが、今回は改めて車内の子どものジュニアシートの必要性を、頭をかかえるほど痛感した。
体格の小さな子どもたち(平均的な身長でいうと小学6年生くらいまで)に車両のシートベルトをさせると衝突の衝撃で即死したり、首の骨を折って下半身麻痺になったり、内臓がぼろぼろになるということは認識していたが、シートベルトすらさせない状態だと子どもは前席の背もたれや天井などに頭から突っ込むことになる。背もたれや天井から子どもの頭髪が採取されるのだ。髪が抜けて貼りつくほどの衝撃。それはおそらく、タッパーの中に入れた豆腐を思い切り壁にたたきつけたようなもので、ゆさぶられた脳は機能を果たせなくなる。
この場で本村医師から紹介された例のほとんどは、命こそ助かったものの認知能力や判断能力など脳に障害が残るものだった。まだ10歳にもいかない子どもたち。これからの本人、家族、そして本人のきょうだいたちの長い人生を思うと胸が締め付けられる。
◆「これは、アドボカシー活動である」

最後に登壇した、あいち小児保健医療総合センター小児救命救急センターの伊藤友理枝医師は言う。
「これは、アドボカシー活動である」
アドボカシー活動とは、声をあげられない患者や家族のために、一人ひとりが問題を理解して訴え、社会を変えていく活動のこと。ジュニアシート問題では、子どもである患者は本人が声をあげることができない。声があがらなければ、それはないものにされてしまう。そして、子どもたちは被害者になりつづけるのだ。警察庁とJAFが毎年行っているチャイルドシート使用状況調査によると、昨年(2024年)の使用率は、
1歳未満 91.7%
1歳~4歳 80.7%
5歳 57.9%
幼児用シートまでは使うものの、4歳を超えるくらいからジュニアシートにステップアップする保護者がまだ半数程度しかいないということだ。伊藤医師が所属する日本小児科学会、本村医師が所属する日本救急医学会も、ジュニアシートに強い関心を持ち、命の最前線にいる立場から、情報発信を続けていくという。