実は隠れスタンダード?エンジニアリングサービスプロバイダーとは…カノラマジャパン 宮尾健氏[インタビュー]

実は隠れスタンダード?エンジニアリングサービスプロバイダーとは…カノラマジャパン 宮尾健氏[インタビュー]
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企業がアウトソースするのは、リスクマネジメントにおける「(リスク)転嫁」、足りないリソースの補填のためとされる。生産委託のような例はあるが、コアビジネスにかかわる設計や開発業務をアウトソースすることは稀である。エンジニアリングサービスとは設計や開発を提供するソリューションを指す言葉だ。

自動車業界は、垂直統合型のサプライチェーン(ケイレツ)が強固に構築されており、アウトソースとは最も縁がない業界なのかもしれない。だが、近年、グローバルな完成車メーカーによるエンジニアリングサービスプロバイダー(ESP)利用が広がっているという。しかし、業界内部の人でもESPと言ってもピンとこないのではないだろうか。その存在は、これまであまり公式に語られることがなかったからだ。

10月18日に開催されるオンラインセミナー「欧州を中心に台頭するエンジニアリングサービス~日本の自動車産業とサプライチェーンへの影響~」では、ESPの歴史や背景について解説される。講師はカノラマジャパン 代表取締役 宮尾健氏。カノラマは英国やEU圏で自動車関係の調査・コンサルティングを提供する会社。ESPは日本でも無視できない存在になっているとして、その概要と国内市場に与える影響について語る予定という。

講演に先立ち、そもそもエンジニアリングサービス、およびエンジニアリングサービスプロバイダーとはなにか?を宮尾氏に聞いた。

エンジニアリングサービスとは

一般にESPはその存在や契約の情報が表に出てくることは稀である。OEMとESPの契約は、契約そのものの有無も含めて機密情報として扱う場合が多く、契約当事者から情報はでてこないためだ。だが、AVL List GmbH、AKKA Technologies SE、IAV GmbH、FEV Group GmbH、EDAG Group GmbHなど、欧州を中心に活動を広げてきたESPが自動車業界向けに、エンジニアリングサービスを展開している事実がある。

ESPといった場合、たとえばパワートレインの設計・開発だけを請け負う会社のことを指す。現地の提携工場や現地法人の工場、あるいはOEM間のアライアンスによる製造ラインの委託との違いは、設計や開発のみを行うこと。また、原則として生産設備やラインは持たないファブレス企業であることが多い。ただし、プロトタイプの試作や、性能試験や国ごとの基準、クライアントであるOEMの調達基準を満たすための試験環境、テストベンチ、テストコースなどを付帯していることがある。

なお、製造ラインの委託はEMS(エンジニアリングマニファクチャリングサービス)という用語が適切だろう。BMWの「Z4」とトヨタの「スープラ」は、両者が共同で設計を行い、カナダの大手自動車部品メーカーであるマグナが製造を請け負っている。この場合はEMSと呼ぶほうが適切だ。ソニーがマグナに作らせた「VISION-S」および「S2」は、車両設計のほとんどはマグナが担当している。このケースでは、マグナはESPに近いポジションにあると考えられる。

ただし、マグナはESPではない。彼らは依頼すれば完成車の設計をこなす能力もあるが、同時に自社製造ラインを持ち、生産のみの受託も行っている。

ESPは1970年代から存在している

マグナの例を考えると、ESPはそれほど特殊な存在でないことがわかる。トヨタはツインカムエンジンの一部でヤマハに設計を委託(ヤマハのエンジンをトヨタが買ったという見方も可能だが)していた時期がある。

業態としての歴史も古く、1970年代に創業したESPも少なくない。欧州(とくにドイツ)ではESPは珍しい存在ではない。ある自動車会社から、いままでのラインナップの延長ではない車種、突然の新モデルが発表されたとしたら、「開発にESPが関係している可能性が高い(宮尾氏)」という。じつは1970年代というのは、各国で排気ガス規制が強化された時期でもある。自動車会社にとって、排気ガス規制への適合とESPへのアウトソーシングの関係は深いものがある。

多くのOEMは自国だけでなく世界に自社の車を輸出している。企画・設計段階からグローバルカーが前提となるが、排気ガス規制や各国の法律に合わせたカスタマイズが必要になる。自動車の開発には、膨大なエンジニアリングリソースが必要であり、自動車会社の内部リソースで不足する場合、ESPへのアウトソーシングが必要不可欠なのである。ESPの始まりは1970年代以降のリージョンモデルのためのパワートレイン開発およびカスタマイズからと言われている。

そして現在は100年に一度といわれる業界変革期を迎えている。各国OEMは新しい環境規制や自動運転やADASにかかわるレギュレーション対応、そしてEVシフトのプレッシャーと対峙している。とくにEVパワートレインは、内燃機関の延長とはならない。コネクテッドカーは、ソフトウェアファーストの考え方がなければ競争力のある付加価値は提供できない。

各国メーカーが排気ガス規制への対応を急いだときのように、CASE、モビリティ革命は、自動車会社にとってエンジニアリングリソースの確保が最重要経営課題である。つまり、ESPが再び注目される状況の再来といえる。

サプライチェーンにESPが組み込まれるインパクト

グローバルで活動する欧州発の大手ESPが近年注目しているのが中国だ。中国では新興EV会社が増えている。中国企業は資金集めさえうまくいけば、優秀なエンジニアを雇うことができる。正確には「引き抜き」ができるといったほうがいいかもしれないが、中国は、新興企業でも欧州から優秀な設計者、デザイナーを招聘することに長けている。そして、中国企業に引き抜かれるような人材は、多くがESPとの接点を持っている。

「中国の新興EV企業は中堅やベテランの外国人が活躍している。中国人は若手に多い(宮尾氏)」という。欧州エンジニアの知見や技術は確実に若手に引き継がれるだろう。金で人を集めるなんて、と思うかもしれないが、現実に中国製EVのクオリティは今の日本車の地位を脅かす存在になりつつある。

日米欧のOEMおよびサプライヤーにとって脅威でもある。ESP(開発委託)とEMS(製造委託)のエコシステムが確立されると、中国のようにファブレスのOEMが成立可能になる。既存OEMにとっては新興勢力の台頭となる。逆に、既存OEMがそのようなファブレス戦略を採用したら、車両の開発・生産サイクルが変わる。つまり、従来の系列サプライチェーンが崩壊する可能性すらある。既存サプライヤーへの影響は必至ということになる。

日本市場やEU、北米市場に、新興EVメーカーが参入してくるのは避けられないだろう。国内OEMがファブレスになる意思決定をする可能性は低いと思うが、日本OEMやサプライヤーはファブレスOEMやESPとの競争に備えておく必要があるだろう。

宮尾氏が登壇するオンラインセミナー「欧州を中心に台頭するエンジニアリングサービス~日本の自動車産業とサプライチェーンへの影響~」はこちらから。
《中尾真二》

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