技術ありきの未来都市では見えてこない? ウーブン・シティの課題と意義

裾野市主「これからのまちづくり」説明会
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  • ウーブン・プラネット・ホールディングスのカフナーCEO
  • 裾野市の高村市長(高ははしご高)
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2018年ラスベガスのCESでトヨタ自動車の豊田章男社長が表明した「ウーブン・シティ」のことを知っている人は多いだろう。しかし、スマートシティのようなものという認識はあっても、その実態や、そもそもなぜトヨタが街づくりをするのかわからない、というのが本音ではないだろうか。

自動運転や未来都市のようなイメージは先行するが、冷静に考えるとトヨタのメリットはCSRか先行的なR&D投資くらいしか思いつかない。これは設置される裾野市やその住民にとってもいえることだ。地元としては地域経済に貢献していたトヨタの東富士工場の跡地活用は、地域活性化や雇用など当事者としての現実問題だ。

説明会で出された住民の不安

10月5日、ウーブン・シティ事業を担うウーブン・プラネットと裾野市が地元住民に向けた説明会を開催した。その模様はオンラインでも配信された。高村謙二裾野市長(「高」の漢字ははしご高)、ウーブン・プラネット・ホールディングスのジェームズ・カフナーCEOのプレゼンのあと、参加者の質疑応答が行われたが、最初の質問者がまさに当事者としての不安(不満)を表明していた。「開発事業やウーブン・シティの影響など情報が少ない」というのだ。

ウーブン・プラネットに関しては、自動運転技術、Arine(ビークルOSまたはプラットフォーム)、ウーブン・シティなど、筆者も取材していて情報の少なさを感じていた。節目ごとの記者発表などで方向性や概要の説明は行っているが内容の具体性という点では十分とはいえないからだ。

もちろん、これにはトヨタやウーブン側にも理由はある。関連事業はどれも先端技術やこれからの製品、事業にかかわるものだ。新車発表のようなわけにはいかない。とくに自治体と連携して動くウーブン・シティのようなプロジェクトで、軽はずみな発言や報道が独り歩きする危険がある。確定したこと以外、発表できない事情は理解できる。「具体的にはなにをするのか」という質問に「それはこれから決めて行きます」は、ある意味そのとおりなのだ。

だが、情報を制限することで憶測や不安がかえって広がることもある。冒頭の市民が、(周辺の)岩波駅の整備、(住民および住民以外の)人流増加による渋滞、治安などに不安を示すのも無理はない。

ウーブン・シティは工場跡地問題

ここで5日の説明会の背景について整理する。まず裾野市は、東富士工場の撤退とは別に、市独自の取り組みとして「SDCC(スソノ・デジタル・クリエイティブ・シティ)」という地域活性化プロジェクトを展開している。地元の産業や自然とデジタル技術を生かした街づくりプロジェクトだ。行政と各地域の住民がワークショップなどを通じてそれぞれの活性化プラン、事業プランを練っている段階だ。

SDCCは市内全域を含むもので、東富士工場の最寄り駅であるJR御殿場線岩波駅周辺の再開発はそのひとつという位置づけにある。さらに、ウーブン・シティはその中の岩波駅周辺開発では無視できない中核的事案といえる。街づくり、スマートシティという言葉が先行しているが、ウーブン・シティは、裾野市という自治体や住民から見た場合、地域経済の活性化と行政サービス向上の施策の中の一要素であり、企業が撤退する工場跡地問題である。

従来であれば、首都圏・商工業圏へのアクセスを整備してベッドタウン化を考えたり、大型商業施設かテーマパーク、あるいは工業団地の誘致整備を進めたりする案件だ。幸いにもトヨタは工場は撤退するものの「ウーブン・シティ」という実験都市を作るという。自動運転やモビリティサービス、エネルギーなど都市計画に関連する技術開発の企業も誘致される予定だ。

住民メリットと進出企業メリットは何か?

つまり、裾野市にとって重要なのは、工場跡地に作られる施設にどんな企業が来てくれるのか、地元の雇用や経済、生活にどんなメリットがあるのかである。メディアはトヨタという民間企業が計画するスマートシティとしてとりあげがちだが、地元の視点では、道路が3分割(車両・ロボカー・人)である、空飛ぶクルマやドローンが飛び交う、といった点は重要事項ではない。

行政としては人口がどれだけ増えるのか(減るのか)、地域経済や雇用に貢献するのかが気になる点だろう。住民もそれによって行政サービスがよくなるのか、周辺環境をよくしてくれるのかが最大の関心事ではないだろうか。

では、ウーブン・シティに進出する企業にとってのメリットはなんだろうか。ウーブン・シティはモビリティ革命に伴う新しい街のあり方、新しい技術、新しい生活スタイルを研究・模索するプロジェクトと考えられる。トヨタ単体なら、自動運転技術や電動化にともなうHEMS(家庭用エネルギー管理システム:充電設備やV2H、V2G)の開発・実験が考えられる。この場合、移住者や出入りするのはトヨタ社員や関連企業の社員ということになり、工場が研究所に変わったようなものになる。

工場移転の影響がもっとも少なく、ひとつの落としどころだ。だが、トヨタはウーブン・シティはオープンにするとしている。そうなると、進出企業、誘致企業には、ウーブン・シティの環境で実験や実証をしたいという動機が必要になる。

目指すべきは箱庭的な未来都市ではない

設立の背景にCASE車両やモビリティ革命があるので、誘致できる企業は自動運転やAI技術、ラストマイルなどの物流、交通事業者、およびこれらに関するサービスプロバイダーなどが考えられる。サービスや製品開発、データ収集に街を利用できるメリットは大きい。新規事業開発やベンチャーにとってはウーブン・シティに参加する意義はある。

5日の説明会では、「企業版ふるさと納税」について市長が言及していた。これも企業誘致を後押しする可能性がある。企業版ふるさと納税は返礼品や便宜供与や価値の提供はできないが、法人税の減免が得られる。

さまざまな企業に参加してもらうには、前述したような用途別の道路3分割や未来都市的な先進的イメージは、かえって障害になる可能性がある。普通の都市や道路では実験できない環境はある意味魅力だが、現実離れした環境では製品やサービスに生かせる領域が狭まる。

無人タクシー専用道路向けの自動運転技術にどれだけの価値があるのか、ということだ。先端研究に特化しすぎると、地域住民との接点も制限しなくてはならなくなるかもしれない。なにより、研究都市、実験都市が一義的な目的となると住民も企業もいつかは出ていく前提となる。トヨタにも裾野市にもそのような意図はないが、土地はあくまで企業が所有する私有地だ。企業の都合で立ち退きや所有者が変わるというリスクは想定しておく必要がある。

地域再生ではなく新しい地域の価値をつくる

5日の説明会では、最後に地元の高校生が2名質問を行った。その中で、若い世代はウーブン・シティについて海外の研究者や先端技術による街づくりに興味を持っており、ウーブン・シティの広報を行うなど、自分達も積極的にプロジェクトに参加したいという意見を述べていた。

市長やカフナーCEOはとても勇気づけられた発言だと思う。裾野市はSDCCで、デジタル技術を活用した新しい街づくりを考えている。ウーブン・シティという有力なコンテンツはその強みでもある。これを生かすには、地元の良さをアピールするだけでは不十分といえる。ぜひ、最後に質問した高校生らの意見を採り入れ、積極的に関与させ、彼らの世代が住みたくなるような新しい価値を生み出してほしい。

《中尾真二》

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