元フォード社長、R. マクナマラ死去…「秀才っ子」の光と影

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元フォード社長、R. マクナマラ死去…「秀才っ子」の光と影
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戦後のフォードで再建に尽力し、ベトナム戦争中にはアメリカ国防長官を務めたロバート・マクナマラ氏が6日死去した。93歳だった。

マクナマラ氏は1916年生まれ。ハーバード・ビジネススクールでMBAを取得した。第二次大戦中の統計的戦略手法がヘンリー・フォード2世に高く評価され、他のハーバード出身の若手除隊軍人9名とともに、終戦直後フォード・モーターカンパニーに招かれた。

当時のフォードは終戦の混迷期にあると同時に、ヘンリー・フォード1世と労働組合による混乱も尾を引いていた。社内で「秀才っ子、Whiz kids」と呼ばれたマクナマラとそのグループは徹底した財務管理で経営を建て直すことに成功。なかでもマクナマラは頭角を現し始める。

やがてマクナマラは1960年にフォード社長に就任するも、1年足らずでケネディ政権の国防長官に転進。アメリカのベトナム軍事介入計画に携わり、やがてそれはベトナム戦争に発展した。さらに1968年から81年にかけて、世界銀行総裁も務めた。マクナマラはその明晰な頭脳から、長年「歩くIBMコンピューター」との異名をもっていた。

しかし、フォード時代のマクナマラに話を戻せば、高い数値目標を設定し、それを徹底させる手法は、生産現場からの大きな不満を招いたのも事実だ。そもそも彼はハードウェアとしての自動車に関してほとんど関心を抱かなかったのも事実で、開発スタッフからも不信を買うようになった。自動車産業トップの在り方の難しさを象徴する人物でもあった。
《大矢アキオ》

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