国立大学法人東京大学は、いすゞ自動車からの寄付をもとに、東京大学大学院工学系研究科内に、「トランスポートイノベーション研究センター」を2月1日に開設する。1月8日、東京大学本郷キャンパスの安田講堂において、発表記者会見が行なわれた。
トランスポートイノベーション研究センターは、豊かな人間活動の将来展望を拓く研究活動を実施し、「運ぶ」を創造する優秀な人材育成に寄与することを目的とする。東京大学といすゞは物流・交通分野における社会課題の解決をめざし、産学連携により、豊かで夢のある社会の創造・実現に取り組む。
◆工学の広い範囲をカバー
トランスポートイノベーション研究センターは、物流・交通分野の研究・教育に特化した恒久組織として、本郷キャンパス内に開設される。センター長には東京大学大学院工学系研究科の高橋浩之教授が就任する予定だ。専任教員を選定し、学部生・院生や研究員を受け入れ、今春より本格的に研究活動を開始する。研究活動には、いすゞの技術者も参加する。
研究分野は、社会基盤学・都市工学・機械工学・システム創成学などの学問領域を軸に、急速に進化を遂げる人工知能(AI)・自動化技術・センシング技術など、工学の広い範囲をカバーする。さらに個別の技術の枠を超えて、社会制度設計や政策課題など公民学の領域にまたがる。
また次世代交通の現場において、コネクテッドトランスポーテーション時代における交通システムの社会実験、さまざまな研究分野が接続するネットワーク型交通の社会実験・研究の実践展開を図る。そして、物流とそれに関わる物流サービスプラットフォーム、共創物流、物流センシングなど、幅広い領域の未開拓・未解決課題に取り組む。
◆企業は「社会の公器」、大学起点の「架け橋」
いすゞ自動車は、物流・交通分野における研究活動を推進し、「運ぶ」のイノベーションを加速させるため、東京大学の東京大学基金に10億円を寄付した。これにより東京大学はエンダウメント=大学独自基金を設置し、エンダウメント型研究組織としてトランスポートイノベーション研究センターが設立される。
いすゞ自動車代表の片山正則取締役会長CEOは「“運ぶ”という概念そのものが劇的に変わりつつある。イノベーションを起こすには、いすゞだけの取り組みではなく、より幅広い分野で、多面的な視点を取り入れなければならない。そこで外部パートナーとの共創を検討した。“企業は社会の公器である”と考え、社内・社外の境界にとらわれずに、同じ目的に向かう仲間づくりが重要だ」と語る。ちなみに片山氏は東京大学工学部卒業だ。
東京大学の藤井輝夫総長は、同学が活動していく際の視点のひとつに“場をつくる”を挙げる。「東京大学自らが起点となり、多様な人々や組織との間に頼の架け橋を創り、アカデミアとしての活動の場を広げていく」と、学外企業との協力の意義を説明する。

◆運用益を事業の財源に、永続的な活動
東京大学は、新しい大学モデルの確立に向けてさまざまな改革を進めている。東京大学の藤井総長は「欧米の有力大学に比べて日本の大学は、自立的な財務基盤の構築に取り組み始めたばかりだ。東京大学も経営力の確立に向けて、財務体制の強化・拡充を図る」と状況を説明する。
エンダウメント型経営はこの改革のひとつで、基金の運用益を事業の財源とする仕組みだ。運用益を新たな研究組織の設置に活用し、永続的な活動を可能にするわけだ。従来の産学協同研究では長期にわたる研究でのビジョンが描けないといった問題があった。また所属教員のキャリアパスの展開を考える必要もあった。
東京大学によるエンダウメント型研究組織の設置はトランスポートイノベーション研究センターが2例目で、上場企業からの寄付をベースとした設置では、いすゞが初めての事例だ。
◆物流・交通インフラシステム全体に対する技術革新
いすゞと東京大学との共同研究は、いすゞの藤森俊執行役員(当時。現・取締役専務執行役員、商品技術戦略部門EVP、EVP CV協業推進部)が、2018年に東京大学大学院工学系研究科の社会連携・産学共創推進室を訪問したことが最初だ。共同研究はバス・トラックのメンテナンスにAIを活用することなどの検討から始め、輸送システムにおける知識マネジメントやシステムズエンジニアリングの共同研究を実施してきた。
昨今、自動運転や生成AIの台頭、人類のサステナビリティに関する要求の高まりなど、物流・交通を取り巻く環境は大きく変化しつつあり、物流・交通に関連する社会課題は広範な分野に展開するようになった。そこで、これらの解決にあたり、大学の教育研究機能を活用し、イノベーションの創出を加速できないかと、いすゞと東京大学では議論してきた。
東京大学の大学院工学系研究科長・工学部長の加藤泰浩氏は「トランスポートの全領域という広範になると、単一の学科・専攻では対応しきれないので、トランスポートイノベーション全体の分野の研究を行なう独立の組織を設置することを考えた」と説明する。
物流および交通は、グローバル社会を支える重要な基盤だが、その運用においては巨大なエネルギーや人員を要する。そのため、持続可能な社会を実現するためには、物流・交通インフラシステム全体に対する技術革新が求められる。
