「Catena-X・バッテリーパスポート」自動車業界へのインパクト…東芝 チーフエバンジェリスト 福本勲氏[インタビュー]

「Catena-X・バッテリーパスポート」自動車業界へのインパクト…東芝 チーフエバンジェリスト 福本勲氏[インタビュー]
  • 「Catena-X・バッテリーパスポート」自動車業界へのインパクト…東芝 チーフエバンジェリスト 福本勲氏[インタビュー]

来たる5月23日、オンラインセミナー「識者が語るCatena-Xの自動車業界への本当のインパクト」が開催される。

セミナーにゲスト講師として登壇する株式会社東芝 デジタルイノベーションテクノロジーセンター チーフエバンジェリスト 兼 アルファコンパス代表の福本勲氏は、東芝においてインダストリアルIoT、デジタル事業の企画・マーケティング・エバンジェリスト活動などを担うとともに、企業のデジタル化(DX)の支援/推進を行う株式会社コアコンセプト・テクノロジーのアドバイザーもつとめている。

福本氏に、セミナーの見どころを聞いた。セミナーの詳細はこちらから

■データの共有によって得られる果実に目を向けるべき

福本氏はまず、Catena-Xが生まれた背景となる「インダストリー4.0」の成り立ちや、その目指すところを説明した。

福本氏:インダストリー4.0は2011年のハノーバーメッセで発表されました。これは、ドイツのハイテク戦略2020を実現するための、第4次産業革命における政策です。ハイテク戦略2020の元となるハイテク戦略は、少子高齢化による労働人口減少の社会課題、エネルギーをはじめとする資源供給問題などの社会課題を解決することを目指したものです。

近年では、サーキュラーエコノミーやカーボンニュートラルなどのサステナブルな社会課題に取り組むために、業界を超えたエコシステムが重要であるとの声が強まっています。これにより、より大きなエコシステムを実現するための取り組みが進んでいる状況です。

2022年のハノーバーメッセの初日に、シーメンスが発表したESTAINIUMネットワークは、世界初のカーボンフットプリントを大規模に共有するエコシステムを目指しています。日本企業であるNTTデータを始め、複数のパートナー団体が参加しています。

ここでシーメンスは、アクチュアルな(実際の)カーボンフットプリントデータを共有することが重要だと主張しています。

最終製品のカーボンフットプリントを把握するためには、ネジ1本1本にいたる部品のCO2排出量を把握することが必要ですが、1本1本の製造時の排出量を個別に測定するのは困難です。そのため、たとえばネジ100本を製造した時の排出量を100で按分して排出量を求めるといった対応を行うことになると思います。もし、歩留まりが悪くて10個不良品があったら、90で按分するということもあり得るでしょう。計算結果には、そういう心理的な力が働く可能性があります。

アクチュアルなデータ共有というのは、計算前の生データを共有することによってサプライチェーンのプレイヤー間で、正しい情報を共有できるようにしようということだと私は理解しています。

しかし、日本の企業はデータ共有に対して消極的な傾向があり、オープンな情報共有に慣れていないように感じます。これに対して、シーメンスはサプライチェーンのプレイヤーがデータを共有することが非常に重要であるというメッセージを発信しています。

サステナブルな取り組みが求められる現代において、データのオープンな共有がより重要になってきます。このような状況においては、コアコンピタンスの部分以外に、隠すべきデータはそれほど多くないと捉え、日本の企業もこの機会にデータ共有の重要性を理解し、積極的に取り組むことが望まれます。

■GAIA-Xを基にしたCatena-Xが登場

インダストリー4.0のトレンドの中において欧州で生まれた統合データ基盤構想「GAIA-X」。その具体的なユースケースのひとつである「Catena-X」。

福本氏:GAIA-Xは、2020年6月のコロナ禍の最中に発足した欧州の統合データ基盤プロジェクトです。ドイツが主導し、フランスなどと連携して進められています。

このプロジェクトの背景には、欧州がデジタルクラウドプラットフォームやクラウドコンピューティングの分野でアメリカのGAFAM(Google〈Alphabet〉、Apple、Facebook〈Meta Platforms〉、Amazon、Microsoft)や中国のBAT(Baidu、Alibaba、Tencent)に後れを取っていることへの危機感や、欧州ではビッグテック企業が育っていない状況などがあると考えています。

GAIA-Xの目的は、欧州内外の企業や団体が提供するさまざまなクラウドサービスを単一のシステム上で統合し、業界をまたいだデータ交換の仕組みを容易に作れるようにすることです。そのために、グローバルスタンダードな認証の仕組みを作り、インターオペラビリティを実現し、欧州のデータインフラストラクチャを強化することを目指しています。

しかし当初は、具体的な内容が分かりにくかったと思います。こういった中、徐々に具体的なユースケースが明らかになりました。そのひとつがCatena-Xです。

Catena-Xは、GAIA-Xのプラットフォーム上のユースケースであり、その目的は、自動車産業のサプライチェーンの拡張性を高めるエコシステムを構築し、オープン性や中立性を確保しながら、標準化されたデータにアクセスできるようにすることです。

これにより、自動車のバリューチェーン全体の効率化や最適化、競争力の強化、サステナブルなCO2排出削減、サーキュラーエコノミー、リサイクル、リユースを実現することを目指しています。

■自動車産業だけではできないことにCatena-Xで取り組む

Catena-Xの目的は、データを共有して相互に監視し合うということではない。モビリティ全体の環境負荷を、その在り方から再定義し、産業構造の転換を図るというものだ。

福本氏:Catena-Xの目的は、自動車産業のサプライチェーンにおける拡張性の高いエコシステムを作り、オープン性・中立性を確保しながら標準化されたデータにアクセスできるようにすることで、自動車のバリューチェーン全体で効率化、最適化、競争力の強化、持続可能なCO2排出量削減などを実現することです。

数年前より、自動車産業に起こっている変化の潮流として、CASE(Connected(コネクティッド)、Autonomous(自動化)、Shared & Service(シェアリング)、Electric(電動化))が取り上げられてきました。この潮流は、自動車を新しい姿へと変化させるにとどまらず、自動車産業の構造をも大きく変えようとしています。

燃料から走行まで、トータルで自動車の環境負荷を低減させていくためには、電動化(EV化)によって自動車自体が走行時に排出するCO2を削減するだけでなく、供給電力発電時のCO2削減、自動化やシェアリング、信号機などの都市交通インフラとの連携による自動車自体の運行効率化といった、産業界が一体となった取り組みが必要となります。

また、ドイツや日本のように、中小企業(SME)が多くを占める国では、中小企業の積極的な参画が非常に重要です。そのため、Catena-Xでは中小企業向けのソリューションを備えたオープンネットワークが構想されており、中小企業が負担にならない投資でITやデジタルへの参加が可能となるよう、準備が進められています。

これらTier3、Tier4の企業や、これまで自動車の製造に関与してこなかったベンチャー企業も含め、産業全体が協力することに意義があるのです。その背景には、彼らが積極的に参加しないと、産業構造の転換が実現しないことがあります。Catena-Xでは、自動車産業の未来を築くために、多くの企業や研究機関が一丸となって取り組んでいます。

日本企業も、新たな時代にどう向かっていくのかというビジョンとアプローチをしっかりつくることが大事だと思います。できるだけ多くのプレイヤーを巻き込んでいき、多くのプレイヤーのマインドセットを変え、カルチャーを変えていくことも徹底してやるべきでしょう。ルールや基盤などが決まってから着手するとコストになってしまうので、先に取り組んだほうが有利になると思います。

Catena-Xのようなプロジェクトに関与し、標準化のプロセスに参加することで、将来的なコストや競争力の面で有利な立場を築くことができると考えられます。

■バッテリーパスポートの狙いとは

最近の話題のひとつに「バッテリーパスポート」があるが、これはどのように捉えたらいいのだろうか。

福本氏:先にデジタルプロダクトパスポート(DPP)の話をします。欧州委員会は、EU全域にサーキュラーエコノミーを加速させるための計画「サーキュラーエコノミーアクションプラン(循環型経済行動計画)」の要となる「持続可能な製品イニシアティブ(SPI: Sustainable Products Initiative)」を2022年3月に発表しました。SPIは、EU市場に投入される製品が持続可能なものになるよう、製品の標準化を進める施策が盛り込まれたイニシアティブです。

製品のライフサイクル全体でトレーサビリティの情報を確保し、製品の移動時に必要な電子的なパスポートを提供することを目的としています。製造元、使用材料、リサイクル方法、解体方法など、製品に関する重要な情報を含んでいます。

このDPPの最初のターゲットがバッテリーです。バッテリーパスポートは、バッテリーに関連する産業において、材料調達、組み立て、利用、リサイクルなどのステークホルダー間で情報交換と相互認証を行う取り組みです。

EVのリチウムイオン電池は、このバッテリーパスポートの管理下に置かれることになります。バッテリーの性能が劣化し、EV用では使いづらくなった場合でも、他の用途でまだ使用可能であればリユースします。そして、バッテリーがリユースできなくなると、解体してリサイクルを行うという対応が求められています。

このような取り組みにより、サステナブルな製品の開発とリサイクルが促進され、サーキュラーエコノミーの実現につながることが期待されています。

バッテリーパスポートなどのトレーサビリティに関する取り組みは、現在欧州を中心に進んでいますが、徐々に世界的なトレンドになっていくと考えられます。日本の企業も、欧州市場の動きを軽視せず、世界的な動きとして捉えて対応していく必要があります。

また、日本企業は要素技術の開発に優れているものの、アーキテクチャ思考は改善の余地があると指摘されています。一方、欧州の企業はデジュールスタンダード化が得意ですので、その流れに乗って世界的なトレンドが形成される可能性が高いと考えられます。

日本の産業は、欧州市場だけでなく、アメリカや中国などの市場でも競争力を維持するために、こうした世界的な動きを適切に捉え、対応策を講じることが重要です。アーキテクチャ思考を取り入れることが難しくても、少なくともデジュールスタンダードやトレーサビリティに関する動きを把握し、適応する姿勢が求められます。

福本氏が講演するオンラインセミナー「識者が語るCatena-Xの自動車業界への本当のインパクト」は5月19日申込締切。セミナーの詳細・申込はこちらから

《佐藤耕一》

日本自動車ジャーナリスト協会会員 佐藤耕一

自動車メディアの副編集長として活動したのち、IT企業にて自動車メーカー・サプライヤー向けのビジネス開発を経験し、のち独立。EV・電動車やCASE領域を中心に活動中。日本自動車ジャーナリスト協会会員

+ 続きを読む

編集部おすすめのニュース

特集