もうそろそろ恐山の霊たちも許してくれることだろう

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【怪談2022】暑いですね。レスポンス読者に怖い話を持ち寄ってもらいました。みんなで涼しくなりましょう。その昔、投稿者が学生だった頃のお話し。冷やかしで「恐山」に行ってみようということになり……。

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恐山の記憶 。大学生の頃、8月のお盆に友人と3人で東京から函館まで車で旅行した。帰りに、ここまで来たのだから霊場「恐山」に行ってみようということになり、夜遅くだったが寄り道することにした。

当時は道もあまり整備されておらず、狭くてガードレールの無いところも多い真っ暗な山道を走っていった。途中、道の脇には数多くのお地蔵さんがあったが、何故か首のないものが多かったのを覚えている。 順調に山道を登り終えると視界が開けて、山頂付近の平坦な駐車場に到着した。夜中の12時近くで、我々以外に1台も駐車していなかった。駐車場に電灯がなくても月明かりだけでまぶしい位の明るさだった。広い駐車場の真ん中付近に車を停めて、霊場入口の建物のある方へ3人で歩いていった。

しばらく進むと、前の方から真っ白い浴衣(?)を着た20歳前後と思われるおかっぱ頭の女性がこちらへ向かって歩いてくるのが見えた。着物に柄がないのを除けば、これから盆踊りにでも行くような格好だった。まだ若かった我々は「かわいい子だったらナンパしちゃおうか」などとニタニタ話しながら歩いていると、すれ違いざまに彼女に突然、「ここで怪我をしないでくださいね。ここで怪我をしたら一生治りませんよ」と声をかけられた。東北地方の訛りもなく、標準語ではっきりとした口調だった。 突然のことに友人と3人で顔を見合わせて苦笑い。ところが直後に振り返るとそこに女性の姿はなかった。広い駐車場で、消えたとしか思えない状況に、恐怖というよりは狐につままれたような気分だった。

気を取り直して、「3人のうち誰かが憑りつかれても、絶対に東京まで連れて帰ろうな」などと冗談交じりに話しながら霊場入口に向かうと、近くに湯治場の建物があり、薄暗い中に上半身裸の老人がひとりじっと座っているのが見えた。本来であれば入場料を払って入る場所だったのかもしれないが、入口は開いていたのでそのまま中に進み、白い地面が月明かりで美しく輝く「賽の河原」に行くことが出来た。

賽の河原ではそこかしこにある積み上げられた石を絶対に崩してはいけない、と誰かに聞いたことがあったので、月明かりの中、足元に注意しながら遊歩道のような道を30分位歩いて回った。その途中で、気温が低いのか鳥肌が立ち、ひどい寒気を覚えて軽い頭痛も感じた場所が何か所かあった。最初ははしゃいでいたものの、3人ともなんとなく気分が悪くなってきたので帰ることにした。

帰り道は真っ暗な山道の下り。車が走り出して少したつと、緊張が解けたのかひとりの友人が「なーんだ、なんともなかったじゃないか、やっぱり霊なんかいないんだ!」と言ったその瞬間、真っ暗な山道の前方が1秒位パーッと明るく光った。

私が、運転している友人に「なんで今までロービームで走っていたんだよ、さっさとハイビームにしておけば良かったのに」と言うと、運転していた友人は「ハイビームで走っていたさ!」とひとこと言ったきり脚をがたがたと震わせ始めた。「それじゃ今のは何だったんだよ?」と2人で問いかけても「あり得ない、信じられない……」とうわ言のように言うばかり。一度停車して車から降りてライトなどを確認したが、異常はなかった。気味が悪いので、急いで山を下りることにした。

走り出してしばらくすると、つづら折りの山の下の方からのぼってくる一台の車のヘッドライトが見えた。こんな時間なのに珍しい、この先は霊場しかない一本道なのに、と思いながら走っていると、のぼってきた車が我々の車に向かって一直線に迫ってきた。運転していた友人があわててハンドルを切り、ぎりぎりで車をよけて急ブレーキで停車。本当にぶつかるかと思ったのを回避でき、ホッとして後ろを見るとすれ違った車がいない。

テールランプが切れていたのかなと思いつつ、一度車から降りて落ち着こうと助手席側のドアを開けると、ちょうどそこはガードレールの切れ目で、足元には地面がない崖のふち。気付かずに踏み出していたらそのまま数十メートル下に落下しているところだった。車自体はかろううじてタイヤ半分が道に残っていたが、あと数センチで車ごと崖から落ちていた状態だった。

その時、友人が「今すれ違った車、何も音がしていなかったよな」と言うのを聞いて、3人とも同意はしたが、あとの言葉が出てこない。こんな静かな山の中であのスピードで登ってきていたのにエンジン音も走行音もしていなかったのだ。 「身の危険を感じる」というのはこのようなことをいうのだろうか。

誰かが「逃げよう!」と言って猛スピードで走り出したが、3人ともその直後から数時間の記憶が全くない。気がついたのは朝の6時過ぎころ、3人ほぼ同時に車中で目が覚めた。どこをどう走ったのかわからないが、周囲に田んぼの広がるあぜ道の真ん中に停まっていた。当時はカーナビも携帯電話もなく、少し走って住所表示や道路案内板を見て、地図で自車位置を確認したところ、車は恐山から十数km離れた場所にいた。

この話は何十年も前に私が経験した事実だが、いまだに鮮明に覚えている。しかしごくごく親しい人以外には話した事が無い。なぜならこの寄り道の後から私には、見えなくて良いものが見えるようになってしまい、人には言うなというある種のメッセージのようなものを最近まで感じていたからである。 しかしながら私も高齢になったことだし、もうそろそろ恐山の霊たちも許してくれることだろう。ただ、今、Wordでこの文章を打っている際に、あり得ない誤動作がたて続けに起こっているのは気になる。

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彼我の境には、きっちりとした線が引かれているのではなく、グラデーションのある遷移帯があるのかもしれません。恐山はそのゾーンにある?

《高木啓》

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