【ベンガルール通信 その4】 どこまでが「ルール」か?

【ベンガルール通信 その4】 どこまでが「ルール」か?
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写真註: 街区の道路環境が一新されるのと同時に現れた駐車案内表示。「停め放題」が急に規制され始めた

南インドよりナマスカーラ!

インド全土が完全ロックダウンに入った2020年3月25日から丸1年が過ぎ、ベンガルールは街ゆく人々のマスク姿以外はすっかり元通りの賑わい・交通量に戻っている。ちょうど日本の桜の季節と前後して、当地の公園や道端にもピンクの花をいっぱいにつけた木を見かける。昨年の今頃、数十メートルに渡って枝を広げる大木が鮮やかな花を満開に咲かせていたのを、すっからかんになった通りの真ん中に立って仰ぎ見た覚えがある。

普段は車線も優先順位も関係なく、二輪と三輪と四輪と、人と牛と犬と猿とが入り乱れる生活道路だから、おちおち花を愛でてなどいられない。四方八方から鳴り響くクラクションに聴覚を奪われ、鼻先をかすめる車両に肝を冷やし、足元の陥没や動物の「落とし物」を避けて進む限り、身の安全を確保するのに精いっぱい。数メートルを超えて周囲を見渡す余裕はなかなか得られない。一年前のこの時、誰もいない不気味に静まり返った街中で、すっきり抜けた青空を背景に濃いピンクの花が咲き誇っていたのを複雑な思いで見たのを思い出す。

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さて前回は、ベンガルールが首位を獲得した住宅・都市問題省発表の “Ease of Living Index 2020” や、2016年から進められる政策 “100 Smart City Challenge” を引き合いに、「ミニ・グローバル」であるインドの都市開発の実態を紹介した。併せて、Covid下においてもイノベーションの震源地・ベンガルールで着実に積み上がる事例を示した。

配車サービスOLA Cab (オラキャブ) が、ロックダウン中に欧州の電動二輪メーカーの買収を発表し、その後、半年足らずの間にベンガルール近郊に大規模な車両工場を設立することを発表した、という話には続きがあった。インドの二輪車市場は近年、概ね年間2千万台内外で推移しており、当初はその1割に当たる2百万台規模と発表されていた。しかし続報によると、世界に向けた輸出も想定して1千万台までを予定した工場なのだという。インダストリー4.0をリードする独・シーメンスとの包括的なパートナーシップに基づき、最新の理論と技術を実装するという工場の完成イメージと併せて、メディアやSNSが話題にし易いネタもいくつか公開された。

500エーカーの土地に対して工場建屋は43エーカー。デリー・ムンバイ・ベンガルールの各国際空港ターミナルより遥かに大きい、と図と数値で比較が示される。3千台以上のロボットが導入される10の生産ラインを通じて2秒に一台のペースで世界市場の15%に相当する年間1千万台を生産するという。「スマホアプリの会社」がコロナ禍で世界が混乱している僅か1年足らずの内に、「最新技術を取り込んだ工場を有し、世界随一の規模で生産するメーカー」に変わろうとしている。

だが、この話はこれで終わらない。この「新興メーカー」が既存の車両メーカーと決定的に異なるのは、作った後に「売る心配」がなく、むしろ「確実に売れるものを作る」ことだ。新製品を開発する際、入念なマーケティングを踏まえて狙いを定め、生産や流通のコストを織り込んで値付けをし、プロモーションや販路と協調したキャンペーンを経て最終消費者にアプローチし、買ってもらってはじめて代金が回収できる、というのが伝統的な製造業だったはず。「ものづくり」は確固たるものでも、開発から販売まで幾重にも想定を加えた事業モデルは、サプライヤーやディーラーを巻き込んだ長年の経験を経て今に至る。他方でこの「新興メーカー」は、現に毎日、何万回という単位で消費者に車両を「売って」いる。販売するのは「一生モノ」には程遠い、せいぜい数十分間、ここからあそこまでの移動の道具。対価も数百万円から4桁少ない数百円だが、日に「万」単位の販売回数と掛け合わせれば、既存メーカーが日に数台を売るのと同じ売上高、ということになる。

《大和 倫之》

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