【タイで働く女性たち】「何もない普通のバー」Anchorのカウンターに立つ太田さちこさん

「こころ」を大切にしたバー タイ・バンコクに、フリーペーパーやウェブサイトは数あれど、こうした宣伝媒体に一度...

エマージング・マーケット 東南アジア

タイで働く女性たち 第15回 「何もない普通のバー」Anchorのカウンターに立つ太田さちこさん

「こころ」を大切にしたバー タイ・バンコクに、フリーペーパーやウェブサイトは数あれど、こうした宣伝媒体に一度も広告を出したことがなければ、ただの一度も取材やインタビューを受けたことのない「普通のバー」。それが太田さちこさんが経営する「Anchor」(アンカー)。

2008年8月、バンコク都内にオープン。詳しい場所は公開していない。売り上げよりも客の安心、「こころ」を大切にする。「お客様も安心できてお酒が飲める。私も安心してお酒を提供できる」。簡単そうで簡単にはできないことを実現するために、「小さく、小さく」が太田さんの基本的な経営方針だ。

特に「会員制」は謳っていない。だが、「お客様にはお店のことを理解してお越しいただいています」。はじめの2年間は、誰の紹介もなくフリーでドアを開けた客はわずか2,3組しかいなかった。

「Anchor」3つの由来 「家に帰る一歩前に立ち寄ってもらいたい店」。それが太田さんの目指すコンセプト。接客のコンパニオンはもちろん、カラオケをはじめ、流れる音楽もBGMほどしかない。それだけに「ぼんやりと考え事をするにはちょうど良い空間」と居合わせた日本人の男性客。週に、3,4回は物思いにふけるためにカウンターに腰を降ろすという。

店名「Anchor」には、3つの想いを込めた。1つ目は船の「錨」=アンカー。「船が錨を降ろすように、ゆっくりと腰を落ち着かせて飲める場所」。それを暗示させるのが、ひときわ目につくのが帆船の大型模型。「何もない」という店内にあって見る者の目を楽しませてくれる。それだけでアルコールも進む。

2つ目は、リレー競技でお馴染みの「ラスト走者」=アンカー。忙しく仕事に追われた1日。疲れた身体を引きずって、その日の締めくくりに立ち寄った1軒のバー。「英気を養い、わずかでも明日への活力につながれば」

最後に、長いもので何十年と熟成期間を要する洋酒。その過程には、たくさんの職人たちの技術と想いが凝縮されている。職人から職人への技術と心のリレー。「最後のパスのお相手が、店を訪ねるお客様」

「どうしてもバーテンダーをしたかった」 学生時代にアメリカに学位留学。社交の場、大人の嗜みの場としてのバーの本場を知った。「どうしてもバーテンダーをしたかった。綺麗なカクテルを作ってみたかった」と大学卒業後は、渋る両親を説得してホテルに就職。その後、タイに渡った。

タイのリゾート地やバンコクのシティホテルで経験を積んだ後、東京のホテルに転身。事業の立ち上げや経営管理の仕事も学んだ。だが、現場から離れるにつれ、現場に対する熱い想いは強まるばかり。自分の店が持ちたかった。

いっそのこと店を開こうかとも思った。「でも、日本でバーを開いても、数も多いし…」。そんな時、4年余りを過ごしたタイのことを思い出した。「ちょっと、待てよ」。知人を頼りに市場調査。自分が目指す店のスタイルが、タイにはまだほとんどないことを知った。

気心の知れた友達にも意見を求めた。「面白い!」。話はトントン拍子に進み、バンコクに店を構えることが決まった。「最後は、あまり深く考えない、私の性格がマッチしたのかもしれません」と笑う。

何よりもの「喜び」 自分の店だからと言って、いつまでも引きずるつもりもない。「誰かに託してもいい」。そんな気持ちにもなれる。かつてタイに駐在していた常連客が「まだ、あったんだね」と笑顔でドアを開けてくれるだけで十分。その言葉が何よりも「私の喜び」。

それだけに、最近の「変化」には戸惑いも少なくない。facebookの「友達」から勧められたという客が店を訪ねてきたことがあった。それだけでも驚きだったのに、よくよく聞いてみると、その「友達」には会ったことすらないという。バーチャル(仮想空間)という名の人間交流、SNSの急速な広がりに、ぼんやりとした不安を感じることもある。

いつまで店に立つのか、聞かれることがある。初めのうちはあまり気にも留めていなかったが、満4年が経った最近は、ちょっぴり気持ちにも変化が出てきた。もちろん、長く続けていきたいが、こだわってもいない。最近はこう答えるようにしている。

「人前に立ちたくなくなる2歩ぐらい手前かな」

タイで生活する日本人は最新の2012年統計で約5万人。企業などの駐在員や永住者、その家族などが多くを占め、滞在する男性の多くが仕事を持って暮らしている。女性についてはビザの関係から就労が難しいと一般的に理解されているが、実は、働く女性は決して少なくない。新企画「タイで働く女性たち」では、タイで仕事に就き、活躍する女性たちを追う。

タイで働く女性たち 第15回 「何もない普通のバー」Anchorのカウンターに立つ太田さちこさん

《編集部》

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