全長3m未満という軽自動車未満のコンパクトボディながら4人が乗れるという革新的コンパクトカー、トヨタ『iQ』(10月15日発表)。環境性能の高さやパッケージングの巧みさだけでなく、「デザインでもプレミアムコンパクトを追求したかった」(開発主査・中嶋裕樹氏)との言葉どおり、複雑な曲面を多用した“クラスレスデザイン”が与えられた。
「ボディは小さいのに室内スペースは豊か、ベーシックなのにプレミアム感がある---というように、“二律背反”を解決していく知恵は、日本文化の素晴らしい特質だと思います。iQのデザインにおいても、二律背反の解決で魅力を持たせようと思いました。それは、ドライさとエモーショナルの両立でした」
トヨタデザイン本部のグローバルデザイン統括部長を務めるサイモン・ハンフリーズ氏は、iQのデザインの狙いについてこのように語る。
「トヨタのデザイン部では、ボディの造形を構成する曲面の研究に力を入れています。曲面といえば貝殻など自然界で形成されたものがまず思い浮かびますが、iQでは数学の世界から生み出された数理曲面を積極的に使いました」
数理曲面という擁護は一般的ではないが、代数曲面、リーマン面、極小曲面といった数学的曲面の総称を指すものと理解すればいいだろう。iQの発表会場には、19世紀数学によって生み出された古典的な「実三次曲面」、同じく19世紀イタリアの幾何学者ディニが生み出した擬球面「ディニ曲面」、石鹸膜の造形としてよく知られている「極小曲面」の3つのモデルが展示されていた。関数曲面は一定の形状でなく、変数によって様々に姿を変えるため、無数の論理的曲面を生み出すことができる。
人間の感覚的要素から生み出される造形ではなく、計算によって生み出された曲面を人間が造形的に判断し、クルマのデザインを形作っていくというアプローチをボディの要素デザインに積極的に取り入れる。きわめて豊かな曲面で構成されたエモーショナルな造形でありながら、その曲面自体は計算式で生み出されたクールさを持つ---という効果を狙ってのことだ。
「もちろん面質ばかりでなく、ボディ全体のデザインについてもいろいろな工夫を盛り込みました。たとえばサイドビューはとても短いのですが、ボンネットの上面はとても高く取っています。コンパクトでありながら、ボリューム感を持たせているのです。日本は家がとても狭いのに、部屋のレイアウトは創意工夫に満ちていて、そこでの生活は驚くほど豊かです。日本文化が持つ、そういうサプライズをiQから感じ取ってもらえるとうれしい」(ハンフリーズ氏)
豊かな観察眼を持ってiQの造形を見ると、随所にさまざまな工夫を発見することができるだろう。