輸送密度2000人台でも廃止…余市-小樽間の鉄道存続も断念 北海道新幹線の並行在来線問題

存廃判断が保留されていた余市~小樽間を走る下り(小樽方面)普通列車。2021年9月12日。函館本線塩谷~小樽。
  • 存廃判断が保留されていた余市~小樽間を走る下り(小樽方面)普通列車。2021年9月12日。函館本線塩谷~小樽。
  • 2021年9月に運行された山線の臨時特急から見た前面車窓。倶知安~小樽間では倶知安峠や稲穂峠など、数々の勾配区間を向けて列車は進む。2021年9月20日。
  • 夜の余市駅で発車を待つ小樽行き普通列車。余市~小樽間は輸送密度が2000人/日を超えるものの、深夜の下り列車は1両でも閑散としている。2022年1月2日。
  • 新幹線ムード1色の倶知安町内にはこのような看板が駅付近でよく見られる。新幹線駅が設けられる同町は、駅周辺の再開発計画を加速させるべく、在来線の早期廃止を唱えている。2021年9月20日。
  • 2月11日に開かれた住民説明会の様子。小樽市は以前から鉄道存続を唱えていただけに、最後まで判断を保留していた。
  • 北海道新幹線と並行在来線の関係。小樽~札幌間も並行在来線ではあるが、札幌延伸後もJR北海道が引き続き第1種鉄道事業者として運行する。
  • 小樽市が示していた余市~小樽間の将来需要予測。2018年度の輸送密度2144人/日は、北海道新幹線札幌延伸から30年後には4分の1程度になると試算されていた。この数字も鉄道存続の大きな壁となった。
  • 余市~小樽間バス転換を想定した運行ルート。国道5号線、塩谷~最上ルート、後志道ルートの3パターンが挙げられているが、すべてが合流する余市町中心部での渋滞が懸念されている。

北海道新幹線札幌延伸に伴なう並行在来線のうち、長万部以北で存廃判断が保留となっていた余市~小樽間について、北海道、小樽市、余市町の3者は3月26日に開かれた後志ブロック会議の個別協議おいて、バス転換の方向性を口頭で確認。翌日に開かれた本会議を経て函館本線長万部~小樽間の廃止が事実上決定した。

北海道新幹線と並行在来線の関係。小樽~札幌間も並行在来線ではあるが、札幌延伸後もJR北海道が引き続き第1種鉄道事業者として運行する。北海道新幹線と並行在来線の関係。小樽~札幌間も並行在来線ではあるが、札幌延伸後もJR北海道が引き続き第1種鉄道事業者として運行する。

2月3日に開かれた前回の後志ブロック会議では、この日まで判断を保留していた黒松内町、蘭越町、ニセコ町がバス転換を容認し、長万部~余市間の廃止が事実上決まっていたが、小樽市や札幌市への通勤通学の利便性が低下することを憂慮した余市町は、2018年度における余市~小樽間の輸送密度(2144人/日)を根拠に、同区間の鉄道存続の姿勢を崩していなかった。一方、その大半がエリアに入る小樽市は、地域住民や経済界、市議会に丁寧に説明する必要があるとして存廃の判断を保留していた。

しかし、3月26日に開かれた個別協議では、小樽市がバス転換の容認を表明。余市町も北海道から利便性や迅速性の確保を確約されたとしてバス転換を容認し、北海道は「今後、バスを中心とした新たな交通ネットワークの構築へ向けて、3者で検討を進めていくことで合意しました」と述べた。これにより、2012年9月から始まった後志ブロック会議は一定の結論に達した。

これまで整備新幹線の並行在来線が廃止された例は、1997年10月に北陸新幹線高崎~長野間が開業した際の信越本線横川~軽井沢間があるのみで、長万部~小樽間のように140kmあまりの長大線区が廃止されるのはもちろん初めてだ。

2021年9月に運行された山線の臨時特急から見た前面車窓。倶知安~小樽間では倶知安峠や稲穂峠など、数々の勾配区間を向けて列車は進む。2021年9月20日。2021年9月に運行された山線の臨時特急から見た前面車窓。倶知安~小樽間では倶知安峠や稲穂峠など、数々の勾配区間を向けて列車は進む。2021年9月20日。

■議会の意向が存廃の決め手となった小樽市

後志ブロック会議では、2021年4月に長万部~小樽間の収支予測が公表され、長万部~小樽間を全線鉄道で存続した場合、初期投資に152.8億円を要し、転換初年度の2030年度には22.8億円の赤字が見込まれるとされていた。輸送密度が高い余市~小樽間に限っても、初期投資で45億円程度、年間で5億円程度の赤字が見込まれるとされ、自治体の体力を考慮すると数字的な厳しさは明らかだった。

ただ、この予測は、過去の輸送実績を基に札幌の建設コンサルティング会社が作成した机上データで、 小樽市が2021年11月と2022年2月に開いた住民説明会では疑問視する参加者がいた。

参加者のひとりである筆者も実績に反映されない「ジャパン・レール・パス」や「北海道フリーパス」「青春18きっぷ」「1日散歩きっぷ」などのフリー乗車可能な企画切符の利用が加味されていないことに疑問を抱き、社会実験や、アンケートなどによる実態分析、費用便益比分析が不可欠だと感じたが、実施の意向について質問しても「予定はない」という回答だった。説明会に同席していた迫(はざま)俊哉市長は終始寡黙に市民の声に耳を傾けていたが、市の回答に対しては性急に事を運ぼうとする印象を拭えなかった。

2月11日に開かれた住民説明会の様子。小樽市は以前から鉄道存続を唱えていただけに、最後まで判断を保留していた。2月11日に開かれた住民説明会の様子。小樽市は以前から鉄道存続を唱えていただけに、最後まで判断を保留していた。

2回目の住民説明会終了後の、2月22日から3月17日まで小樽市議会の第1回定例会が開かれたが、迫市長は個別協議後の会見で「議会の皆さんからはバス転換やむなしという反応を得たので、それをもって、考え方をバス転換に決めた」と述べ、最終的には議会の意向が決め手になったことを示した。北海道新幹線札幌延伸までは予定通りならあと8年はある。それにも拘らず、収支予測が公表されてから1年も経過しないうちに決着したことに粗雑さを感じた。

ちなみに、小樽市は東西に広く、余市町に近い西側沿線(蘭島、塩谷など)と、札幌市との結びつきが強い東側沿線(朝里、銭函など)とは、並行在来線の問題についてかなり温度差がある。東側は小樽~札幌間が新幹線開業後もJR北海道が運行するため、ほぼ影響を受けないからだ。加えて、8月には市長選挙の投開票が控えており、二選を目指す迫市長に早期解決の思惑が働いたことも想像に難くない。そういったもろもろの事情を抱えた小樽市が余市~小樽間の大半を占めていたことも、鉄道存続を望む余市町にとって不利な材料になったのではないだろうか。

■「北海道の悲劇だ」…輸送密度があっても、欠損補助がなければ廃線

一方、輸送密度にこだわっていた余市町の齊藤啓輔町長は会見で「ここ(余市~小樽間)よりも輸送密度が断然低い路線でも運行されているところがあるので、北海道が抱える悲劇といわざるを得ない」と述べている。

小樽市が示していた余市~小樽間の将来需要予測。2018年度の輸送密度2144人/日は、北海道新幹線札幌延伸から30年後には4分の1程度になると試算されていた。この数字も鉄道存続の大きな壁となった。小樽市が示していた余市~小樽間の将来需要予測。2018年度の輸送密度2144人/日は、北海道新幹線札幌延伸から30年後には4分の1程度になると試算されていた。この数字も鉄道存続の大きな壁となった。

実際、国と熊本県が鉄道による復旧へ向けて協議を始めているJR九州の肥薩線は、令和2年7月豪雨で被災した八代~吉松間の輸送密度が、2019年度で八代~人吉間414人、人吉~吉松間106人と、余市~小樽間よりはるかに低い。それでも鉄道による復旧を前提に議論することが確認されているのは、肥薩線が九州屈指の観光路線であり、改正鉄道軌道整備法による災害復旧事業補助金といった国の支援を受ける要件に当てはまるからだろう。

鉄軌道事業者に対する国の支援制度としてはほかに貨物調整金、JRからの譲渡資産に関する税制特例措置、地域公共交通確保維持改善事業費補助金があるが、どれも基本的にはやむを得ない状況に対する補助であって、貨物調整金については貨物列車が運行されていない長万部~小樽間は適用外となる。単純に赤字の穴埋めに使われる欠損補助は1997年度までに廃止されており、そのことが手詰まり感を与え、鉄路断念を促したとも言える。

「北海道の悲劇」というよりは、制度や状況の違い、線区の性格が招いた悲劇と言えるのかもしれないが、このことは単に線区を輸送密度だけで計れないということを暗に示している。齊藤町長も「ローカル線の役割に関し、国の議論の俎上に載せる上でも効果があったのではないかと思っている」と述べ、鉄道存続への努力が無駄ではなかったことを強調した。

夜の余市駅で発車を待つ小樽行き普通列車。余市~小樽間は輸送密度が2000人/日を超えるものの、深夜の下り列車は1両でも閑散としている。2022年1月2日。夜の余市駅で発車を待つ小樽行き普通列車。余市~小樽間は輸送密度が2000人/日を超えるものの、深夜の下り列車は1両でも閑散としている。2022年1月2日。

■気になるJRの協力と廃止時期の繰上げ

事実上の廃止が決まったことで、今後はJR北海道との折衝、倶知安町が要望している並行在来線の繰上げ廃止に焦点が移ることになる。

余市町には、バス転換後に余市駅を北後志(しりべし)における交通の結節点とする構想があるが、これには施設譲渡など、JRからの協力が不可欠となる。しかしその費用については現時点で不透明だ。

2019年3月にJR東日本山田線釜石~宮古間が三陸鉄道に編入され、盛~久慈間の長大なリアス線となったケースでは、JR東日本が保有していた施設が三陸鉄道と沿線自治体に無償譲渡されているし、石勝線新夕張~夕張間や札沼線北海道医療大学~新十津川間の廃止では、交換条件として廃止後にJR北海道から一定の支援を受けることになったが、これらはあくまで「JRの都合による廃止」のケースだ。

並行在来線の場合、整備新幹線の着工に際して沿線自治体の同意が要件のひとつとなっており、それはJR在来線の経営分離とセットになっている。それゆえに同意してしまえば、廃止を決断しても自治体の都合と見做されてしまう。

その点が並行在来線絡みの廃止と通常の廃止との決定的な違いで、自治体にとってJR北海道の出方は気がかりだろう。JR北海道にとっても株主である国の意向次第ということになると思われ、そこで国が間接的に支援するのかどうかも注目したい点だ。

廃止時期の繰上げについては、再び自治体間での調整が図られることになりそうで、個別協議後の会見でもそのような見通しになるという認識が示されていた。

是が非でも繰り上げたければ、2020年5月に廃止された札沼線北海道医療大学~新十津川間のように、一定の休止期間を設け、その間はJR北海道が新幹線開業時までに鉄道代行バスを運行することも考えられる。もっとも札沼線のケースはコロナ禍による緊急事態宣言が発出されていたことによる、やむを得ない措置だっただけに、前例としてはやや弱い印象がある。

新幹線ムード1色の倶知安町内にはこのような看板が駅付近でよく見られる。新幹線駅が設けられる同町は、駅周辺の再開発計画を加速させるべく、在来線の早期廃止を唱えている。2021年9月20日。新幹線ムード1色の倶知安町内にはこのような看板が駅付近でよく見られる。新幹線駅が設けられる同町は、駅周辺の再開発計画を加速させるべく、在来線の早期廃止を唱えている。2021年9月20日。

バス代行は、ほかに日高本線鵡川~様似間や根室本線東鹿越~新得間の例もあるが、輸送密度が余市~小樽間とは比較にならないほど低いので、これも前例としては弱い。

ただ、鉄道より圧倒的に収容力が劣るバスへの転換は性急にはできないだろう。昨今は路線バスのドライバー不足が深刻化しているし、充足できたとしても営業までにはじゅうぶんな訓練と教育が必要だ。ガソリン価格が高騰していることや国が進める脱炭素化に逆行することも気がかりで、それらの点も考慮する必要がありそうだ。

ドライバーについては、個別協議後の会見で北海道がバス事業者と協議するとされ、小樽市と余市町が一任する意思を示しているが、会見の冒頭で「バスを中心とした新たな交通ネットワークの構築」と述べているように「場合によっては、タクシー会社にお願いする部分も出てくる可能性もある」としている。

バス転換による並行道路の渋滞も懸念されているが、小樽市の想定では、海岸沿いを通る国道5号線のほか、塩谷駅の裏側を経由する塩谷~最上ルート、余市まで開通している高規格の後志自動車道を経由するルートが挙げられている。余市町中心部の渋滞や降雪時の状況などが懸念されるものの、上手く活用できれば鉄道より利便性が高まる可能性はあるだろう。

余市~小樽間バス転換を想定した運行ルート。国道5号線、塩谷~最上ルート、後志道ルートの3パターンが挙げられているが、すべてが合流する余市町中心部での渋滞が懸念されている。余市~小樽間バス転換を想定した運行ルート。国道5号線、塩谷~最上ルート、後志道ルートの3パターンが挙げられているが、すべてが合流する余市町中心部での渋滞が懸念されている。
《佐藤正樹》

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