戦前の気動車が国の重文に…九州鉄道記念館のキハ07 41

戦前製気動車で流行していた流線型に6枚窓が特徴的なキハ07 41。塗色はクリーム色と朱色のツートンだが、1959年までは紺色と黄褐色のツートンだった。
  • 戦前製気動車で流行していた流線型に6枚窓が特徴的なキハ07 41。塗色はクリーム色と朱色のツートンだが、1959年までは紺色と黄褐色のツートンだった。
  • 壁面はニス塗りでレトロ感満載のキハ07 41の車内。現在で言うセミクロスシートタイプで、運転室付近の前面展望は良好だった。
  • 戦後の電気機関車や特急型電車に挟まれるように展示されているキハ07 41。
  • キハ07 41の重文指定を記念して、10月16日9時から九州鉄道記念館の来館者先着1000人に、この記念カードが配布される。(表面)
  • キハ07 41の重文指定を記念して、10月16日9時から九州鉄道記念館の来館者先着1000人に、この記念カードが配布される。(裏面)

JR九州は10月15日、九州鉄道記念館(北九州市門司区)に静態保存されているキハ07形41号(キハ07 41)が国の重要文化財に指定される運びになったと発表した。

同車は1937年にキハ42000形42055号として日本車輛製造で製造。当初は自動車と同じくガソリンエンジンを搭載しクラッチで変速する機械式気動車だったが、1952年には名古屋で出力150PSのDMH17系ディーゼルエンジンに換装され、キハ42500形とされた。

その後は1957年4月に実施された車両称号規程の改正でキハ07形に改称。キハ07 41は同年、久大本線の豊後森機関区に配置され、1984年12月に廃止された、恵良駅(大分県九重町)と肥後小国駅(熊本県小国町)を結ぶ宮原(みやのはる)線で運用された。1969年3月に廃車後は豊後森機関区や大分運転所で長らく保管され、2003年8月に開設された九州鉄道記念館に入っている。

キハ07 41は「日本の気動車の技術発達史を俯瞰するうえで貴重であり、鉄道史、社会・経済史、科学技術上において重要」であることなどを理由に、10月15日に開かれた文化審議会において重要文化財(美術工芸品)指定の答申を受けている。

なお、JR九州ではこの指定を「気動車としては日本初」としているが、広義の気動車としては、JR東海が運営するリニア・鉄道館(名古屋市港区)に保存されている、蒸気機関を動力としていた1913年製の蒸気動車「ホジ6014」が2019年に指定されている。

したがって、キハ07 41の指定を厳密に言うと「昭和以降に生まれた気動車としては日本初」「ガソリンエンジンやディーゼルエンジンを搭載した気動車としては日本初」ということになる。

九州ゆかりの車両としても初の指定となり、JR九州では「重要文化財の意義、重要性を認識したうえで、引き続き展示車両として、加えて文化財としての保存に努めてまいります」としている。

《佐藤正樹(キハユニ工房)》

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