見過ごせない学級閉鎖の影響、家庭の経済状況で学力に差



教員配置の工夫で学力低下を抑制する可能性も示唆

2025年10月2日
早稲田大学

見過ごせない学級閉鎖の影響、家庭の経済状況で学力に差 教員配置の工夫で学力低下を抑制する可能性も示唆

 

詳細は早稲田大学HPをご覧ください。

 

【発表のポイント】

〇 インフルエンザ流行による学級閉鎖が、特に経済的に困難な家庭の小学生の学力(算数)に悪影響を与えることを、国内の行政データを用いて明らかにしました。

〇 この学力への悪影響は、特に男子児童で顕著であり、学級閉鎖の時期、閉鎖前の学力によって影響の度合いが異なることが分かりました。

〇 学力低下の要因は、授業時間が減るだけでなく、テレビやゲームの時間が増えて睡眠時間が減るといった、学級閉鎖をきっかけとした生活習慣の変化にある可能性が示されました。

〇 一方で、教歴の長い教員による指導が、経済的に困難な家庭の児童・生徒に対する学級閉鎖の悪影響を緩和する可能性も示唆されました。

 

早稲田大学教育・総合科学学術院講師の及川 雅斗(おいかわまさと)、東京大学社会科学研究所教授の田中 隆一(たなかりゅういち)、早稲田大学政治経済学術院教授の別所 俊一郎(べっしょしゅんいちろう)、同大学人間科学学術院教授の川村 顕(かわむらあきら)および同大学政治経済学術院教授の野口 晴子(のぐちはるこ)の研究グループは、首都圏のある自治体の行政データを分析し、インフルエンザ流行に伴う学級閉鎖が、特に経済的に困難な家庭の小学生、とりわけ男子児童の算数の学力に悪影響を及ぼすことを明らかにしました。この影響は、授業時間の減少だけでなく、学級閉鎖中の生活習慣の変化が学習能力を低下させることで引き起こされる可能性があり、教育機会を守るための公的支援の重要性を示唆しています。

 

本研究成果は、Elsevier社が発行する国際学術誌『Journal of The Japanese and International Economies』(論文名:Do class closures affect students' achievements? Heterogeneous effects of students' socioeconomic backgrounds)に掲載され、2025年9月3日にオンライン版が公開されました。

 

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202510026440-O1-hA4g95fp

論文Table 5より作成。棒グラフの高さは推定された効果の大きさを表します。濃い青は統計的に有意な結果を示します。就学援助を受けている子どもを「経済的に困難な家庭」に属する児童・生徒と定義しました。テスト結果は平均50標準偏差10で標準化したものを使用しています。

 

(1)研究の背景と目的

世界的に所得格差が拡大し、その格差が世代を超えて固定化しやすいことが問題となっています。こうした状況を是正するため、なぜ格差が固定化するのかを突き止めることが政策立案者や研究者の間で喫緊の課題とされています。

 

COVID-19パンデミックによる世界的な学校閉鎖は、特に経済的に恵まれない家庭の子どもの学習機会を奪い、学力低下につながったことが報告されています。しかし、パンデミックは学校閉鎖以外にも経済の悪化や家庭環境の変化など様々な要因が複雑に絡み合っており、学校で授業を受けられない時間(授業時間の喪失)が純粋に子どもの学力にどう影響するのか、その詳細なメカニズムは分かっていませんでした。

 

(2)今回、新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと、新しく開発した手法

本研究グループは、パンデミックのような特殊な状況ではなく、より日常的に発生するインフルエンザの流行に伴う「学級閉鎖」に着目しました。首都圏のある自治体が保有する全公立小中学校のデータを、3年分(2015-17年度)について解析しました。対象は児童・生徒の成績と家庭環境です。学級閉鎖の有無と時期に着目し、翌年度のテストへの影響を統計的手法で分析しました。

 

その結果、以下の点が明らかになりました(図1、図2, 図3)。

学級閉鎖は、経済的に困難な家庭の小学生の算数の成績に、統計的に有意な悪影響を与えていました。その影響の大きさを授業時間が一時間減った場合の大きさに変換すると、テストスコアの標準偏差※1の3%ほどでした。少なく見積もっても、これは補習教育や授業時間の拡大の影響の1.5から10.2倍ほどの大きさです。

 

この悪影響は、女子児童よりも男子児童で特に顕著でした 。また、学年末に近い2月~3月の学級閉鎖の方が、より大きな影響を与えていました。また、中学生では学力への悪影響は観察されませんでした。

学力が低下するメカニズムとして、授業時間が失われるだけでなく、学級閉鎖を経験した経済的に困難な家庭の男子児童は、テレビやゲームに費やす時間が長くなり、睡眠時間が短くなる傾向があることが分かりました。これらの生活習慣の変化が、学習能力の低下を招いている可能性が考えられます。

教歴の長い教員による指導が、経済的に困難な家庭の児童に対する学級閉鎖の悪影響を緩和する可能性も示唆されました。

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202510026440-O2-8Vwe3uKm

論文Table 10より作成。生徒の性別、学級閉鎖前のテストスコア(標準化したスコアが50未満; 50以上)、就学援助の有無別に分析が行われました。棒グラフの高さは推定された効果の大きさを表します。例えば、「小学生男子 50-」では、テレビ・ゲームに平日に7時間以上費やした生徒の割合が4.7ポイント増加したと解釈できます。濃い青は統計的に有意な結果を示します。就学援助を受けている子どもを「経済的に困難な家庭」に属する児童・生徒と定義しました。

 

 

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202510026440-O3-hc1Z7UK1

論文Table E.3 より作成。小学生のデータを用いて担任教員の教歴別に「経済的に困難な家庭」に属する児童への学級閉鎖効果を計算しました。教歴は、データ提供先の自治体が所属する都道府県教育委員会での強歴と現任校での教歴を用いました。また、それぞれの教歴について25、50、75パーセンタイル値を用いて計算しました。濃い青は統計的に有意な結果を示します。就学援助を受けている子どもを「経済的に困難な家庭」に属する児童・生徒と定義しました。それぞれの教歴が75パーセンタイルの場合、学級閉鎖の悪影響が統計的に有意でなくなりました。

(3)研究の波及効果や社会的影響

本研究の成果は、学級閉鎖という一時的な授業時間の中断が、特に経済的に困難な家庭の子どもたちにとって、単なる「授業の遅れ」以上の深刻な影響を及ぼす脆弱性を持っていることを示しています。このメカニズムは、COVID-19パンデミックで指摘された学力低下の背景にある要因の一つを解明する手がかりとなります。

 

また、教歴の長い教員が学級閉鎖の悪影響を緩和できる可能性も示されたことから、教員の配置や研修、学級閉鎖後の補習授業のような公的な教育支援プログラムを設計する上で、重要な科学的根拠を提供することが期待されます。

 

(4)課題、今後の展望

本研究では、学級閉鎖が感染症による健康悪化そのものの影響か、授業時間減少の影響かを完全に切り分けることはできていません 。また、学力低下のメカニズムとして生活習慣の変化に注目しましたが、友人関係の変化や家庭内のストレスなど、他の要因が関わっている可能性もあります 。

 

今後は、どの児童・生徒が実際に感染したかのデータを用いたり、他のメカニズムを測定したりすることで、より詳細な因果関係の解明を目指す必要があります。その一つとして、学級閉鎖が児童・生徒の運動能力に与えた影響を分析する予定です。

 

(5)研究者のコメント

パンデミックやインフルエンザの流行など、子どもたちの学びは常に中断されるリスクに晒されています。今回、学級閉鎖という一見短い期間の出来事が、特に経済的に厳しいご家庭の子どもたちの学力に少なくない影響を与えることがデータで示されました。この研究成果が、すべての子どもたちが安心して学び続けられる環境を整えるための一助となることを願っています。

 

(6)用語解説

※1 標準偏差

データのばらつきの度合いを示す指標。今回の研究では、テストの点数が平均点からどれくらい離れているかを示しており、学力への影響の大きさを客観的に評価するために用いています。

 

(7)論文情報

雑誌名: Journal of The Japanese and International Economies

論文名: Do class closures affect students' achievements? Heterogeneous effects of students' socioeconomic backgrounds

執筆者名(所属機関名):*:責任著者

Masato Oikawa* Faculty of Education and Integrated Arts and Sciences, Waseda University)

Ryuichi Tanaka (Institute of Social Science, The University of Tokyo)

Shun-ichiro Bessho (Faculty of Political Science and Economics, Waseda University)

Akira Kawamura (Faculty of Human Sciences, Waseda University)

Haruko Noguchi (Faculty of Political Science and Economics, Waseda University)

掲載日時:2025年9月3日

URL:https://doi.org/10.1016/j.jjie.2025.101387

DOI: 10.1016/j.jjie.2025.101387

 

(8)研究助成

研究費名: 科研費 基盤研究(B)

研究課題名: 子どもの人的資本の蓄積メカニズムに関する実証研究-足立区の挑戦から学ぶこと-(16H03636)

研究代表者名: 野口晴子

 

研究費名: 科研費 基盤研究(A)

研究課題名: 子どもの人的資本に係る科学的根拠の創出と実装:官学協働による政策評価過程の開発 (19H00602)

研究代表者名: 野口晴子

 

研究費名: 科研費 基盤研究(S)

研究課題名: 人口減少下の初等中等教育:政府個票と自治体行政データを活用した補完的実証分析 (20H05629)

研究代表者名: 田中隆一