
日本人は女性候補を好む一方で当選可能性は低いと認識している
日本政治におけるジェンダーの見えない壁 日本人は女性候補を好む一方で当選可能性は低いと認識している
詳細は早稲田大学HPでご確認ください。
【表:https://kyodonewsprwire.jp/prwfile/release/M102172/202506200924/_prw_PT1fl_l7b3ADE4.png】
明治大学政治経済学部の加藤言人(かとう げんと)専任講師、Queen’s UniversityのFan Lu助教授(Assistant Professor)、早稲田大学社会科学総合学術院の遠藤晶久(えんどう まさひさ)教授らの研究グループは、有権者の多くは女性候補に好印象を抱いているにもかかわらず、「どうせ他の有権者は女性を選ばないだろう」と考えてしまう、そんなすれ違いの存在を明らかにしました。
日本の政治家になぜ女性が少ないのかについてはさまざまな研究がされてきました。これまでの研究では有権者が女性政治家に対してバイアスを持つかどうかについては研究者間で一貫した見解が得られていませんでした。本研究では、有権者の個人的な「選好」(誰が好ましいか)と、他の有権者が誰を支持するかについての「期待」(誰が当選しそうか)の間に生じる「選好―期待ギャップ」(※1)が、これまでの研究結果に一貫した説明を提供できると論じます。
オンライン調査を用いて2回のコンジョイント実験(※2)を行った結果、日本の有権者は個人的には女性候補を好む傾向があるにもかかわらず、女性候補が男性候補よりも当選しにくいと認識する傾向もあることが明らかになりました。選好―期待ギャップは、女性候補への投票を控える「戦略的差別」(※3)の一因となりうるメカニズムであり、日本政治における女性の過小代表の要因を理解する上で重要だと考えられます。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202506200924-O1-N7v22OhD】
(1)これまでの研究で分かっていたこと
日本は、国際的に見ても絶対値として見ても女性政治家が非常に少ない状態が続いています。しかし、日本の有権者が選挙で女性候補者に対してバイアスを持っているかどうかについては、先行研究で一致した見解が得られていませんでした。米国では、2020年の大統領選挙における民主党予備選挙で、女性は本選挙で当選しにくいと予期(「期待」)されたことから、本当は個人的に好ましいと考えていても、女性候補者への支援・支持を控える「戦略的差別」という行動パターンが見られたという指摘があります。ただし、米国における研究は、限定された文脈の中で行われてきたため、その知見が他の地域・選挙でも適用できるかどうかについては含意が不明確でした。
(2)今回の研究で明らかになったこと
本研究は、米国の先行研究で指摘されていた戦略的差別のメカニズムを精査し、有権者の個人的な「選好」と「期待」の間にあるギャップ(選好―期待ギャップ)がその中心にあると定式化しました。その上で、女性候補者に対する選好―期待ギャップが、米国とは政治・文化背景が大きく異なる日本においても存在するかどうかを検証しました。このギャップが日本でも存在していれば、日本で女性の政治進出が進まない背景について、有権者の視点から新しい理解が提供できると考えられるからです。
手法として、米国での研究で用いられたものを参考に、オンライン調査を用いたコンジョイント実験を2回実施しました。コンジョイント実験では、調査回答者に性別や政党、年齢、経験などの属性をランダムに組み合わせた架空の候補者ペアを提示し、どちらが政治家としてより「望ましいか」(選好タスク)または「選挙で勝利しそうか」(期待タスク)を選択してもらいました。
実験により、以下の点が明らかになりました。
●平均的な日本の有権者は、男性候補よりも女性候補を政治家として望ましいと選択する傾向が見られました。
●しかし、期待タスクでは結果が逆転し、平均的な日本の有権者は、男性候補が女性候補よりも当選しそうだと期待する傾向が見られました。
●選好―期待ギャップは、候補者の政策や政党、選挙レベル(国政 vs. 地方)を考慮しても一貫して存在しました。
●探索的な分析では、女性、およびよりリベラルなジェンダー観を持つ調査回答者の間で、選好―期待ギャップがより大きくなる傾向が見られました。
(3)研究の波及効果や社会的影響
本研究は、政治分野でのジェンダー格差が大きい日本において、有権者は女性政治家を好む一方で、女性政治家の当選期待は低いという「選好―期待ギャップ」が存在することを初めて明らかにしました。これは、私たち有権者が、女性候補に対して個人的にはバイアスを持っていなくても、社会全体では女性政治家に対する見方への期待をアップデートできていない可能性を示唆しています。
選好―期待ギャップは、当選可能性が低いと感じた候補への投票が避けられる「戦略的差別」のメカニズムの一部として機能し、女性候補者の当選を阻む一因となっている可能性があります。よって、本研究の知見は、日本政治において女性の少ない現状を有権者の視点から説明するメカニズムに、選好―期待ギャップが考慮されるべきであることを含意しています。
本研究の結果は、日本政治におけるジェンダー格差解消のためには、女性候補者への「選好」を高めるだけでなく、実は日本社会における男女平等意識が決して低くない、という「期待」をアップデートしていく必要もあることを示唆しています。日本社会のジェンダー格差における変化の乏しさを強調し、人々の意識の変化を捨象すると、反対に女性候補者への支持・支援を委縮させる可能性もあります。これらの含意は、選挙における広報や啓発活動の検討にも貢献すると考えられます。
(4)課題、今後の展望
今後の研究課題は、「選好―期待ギャップ」が実際に日本の有権者の政治行動や投票選択においてどのような役割を果たしているのか、実証的に評価することです。選好―期待ギャップがもたらす影響が、国ごとに異なるのかどうか、検証を行っていく予定です。また、選好―期待ギャップは、女性候補者に対してだけでなく、若者や民族的、性的マイノリティなど、政治において過少代表されるグループに属する候補者に対しても適用できる概念です。女性以外の属性を持つ候補者においても、選好―期待ギャップの有無や影響を検証していこうと計画しています。さらに、有権者だけでなく、政党の幹部など候補者擁立に関わる政治エリートの間にも同様のギャップが存在する可能性があります。よって、候補者擁立時の意思決定において「戦略的差別」が生じているのかどうかを探る、理論的・実証的な検討が発展するきっかけとなる研究でもあると考えています。
(5)研究者のコメント
これまでの投票行動研究は、日本人有権者が女性候補者を必ずしも低く評価しないと指摘してきました。その結果、日本政治における女性の過少代表に関する近年の研究は、有権者の意識よりも候補者擁立の制度やプロセスに注目するものが多いです。本研究は「選好―期待ギャップ」の概念を導入し、有権者の視点からこの問題に取り組むことの重要性を改めて示しました。私たち研究者にとっても、有権者の1人として、社会の現状に対して思い込みを持っていないか、その思い込みが気づかぬうちにジェンダー平等を阻害するような行動につながっていたりしないか、考え直す機会になりました。今後、有権者視点の研究がさらに発展することを期待しています。
(6)用語解説
※1 選好―期待ギャップ
有権者の「個人的に望ましいと思う候補」(選好)と、「他の有権者が支持しそう/選挙に勝利しそうな候補」(期待)との間に生じる考えのズレ。
※2 コンジョイント実験
調査回答者に複数の属性をランダムに表示した選択肢のペアのどちらかを選択してもらうことで、どの属性が選択に影響を与えるかを統計的に明らかにする手法。
※3 戦略的差別
選挙において、本当はある候補が好ましいと考えていても、その候補の当選可能性が低いと認識した場合、より当選可能性が高いと期待される候補を代わりに支持・支援すること。米国では、女性や民族的マイノリティの候補に生じていると指摘されてきた。
(7)論文情報
雑誌名:Public Opinion Quarterly
論文名:The Preference-Expectation Gap in Support for Female Candidates: Evidence from Japan
執筆者名(所属機関名):加藤言人 (明治大学), Fan Lu (Queen’s University), 遠藤晶久(早稲田大学)
掲載⽇時(⽇本時間): 2025年5月23日(online first)
掲載URL:https://academic.oup.com/poq/advance-article/doi/10.1093/poq/nfaf002/8142347
DOI:https://doi.org/10.1093/poq/nfaf002