
〜12個の小型酵素が星型を形成し、tRNA前駆体を正確に前後から切断〜
岐阜大学
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九州大学 岐阜大学 筑波大学 高エネルギー加速器研究機構
PRESS RELEASE(2025/07/04)
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小型酵素が持つ“二刀流”の進化戦略 〜12個の小型酵素が星型を形成し、tRNA前駆体を正確に前後から切断〜
ポイント
①転移RNA(tRNA)の機能には前駆体の5’・3’両末端の正確な切断が不可欠だが、一部細菌がどのように
高精度な切断を実現しているかは不明であった。
②5’端の切断を担うと考えられていた小型サイズのリボヌクレアーゼ P (RNase P)(※1)酵素が12個集ま
り6つの突起をもつ星型構造を形成し、突起間に前駆体tRNAを収容することで、前駆体tRNAの5’末端の
みならず3’末端の切断にも関わる“二刀流”機能を世界で初めて解明。
③小型酵素が多量体化を通して、必須機能(5’末端切断)への適応と新機能(3’末端切断)の獲得を果たし
たタンパク質の分子進化戦略の一端を解明。
概要
タンパク質合成に必要なtRNAの成熟において、前駆体tRNAの両端(5’末端と3’末端)の正確な切断は必須の過程です。特に5’末端の切断は、多様な形態の酵素が担っていることが知られていました。一部の細菌では、この5’末端切断を小型酵素が担っていることが知られていましたが、どのように進化し小型サイズでその機能を発揮しているのかが明らかではなく、その仕組みの解明が望まれていました。
本研究により、細菌の小型リボヌクレアーゼ P(RNase P)酵素HARP(※2)が12個集まって星型構造を形成し(参考図1)、前駆体tRNAの5’末端と3’末端の両方を切断する新たな仕組み(参考図2)を解明しました。
九州大学大学院農学研究院の寺本岳大助教、角田佳充教授、および生物資源環境科学府博士課程3年の児安剛志らの研究グループは、岐阜大学工学部の横川隆志教授、筑波大学生存ダイナミクス研究センターの安達成彦准教授(研究当時 高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所 特任准教授)、九州大学大学院薬学研究院の眞栁浩太講師、KEK物質構造科学研究所の千田俊哉教授らとの共同研究により本研究を行いました。HARPのクライオ電子顕微鏡構造解析(九大グリーンファルマ構造解析センターおよびKEKの装置を使用)を行い、この酵素が12個集まって星型の立体構造を形成し、前駆体tRNAを特異的に認識して、5’末端を正確に切断している様子を明らかにしました。さらに構造・生化学的解析から、この小型酵素が前駆体tRNAの3’端側も切断する「二刀流」の機能を持つことを世界で初めて明らかにしました。
今回の発見は、小型酵素の分子進化戦略の一端を明らかにするだけでなく、標的RNAをtRNA様構造にすることでRNA医療に応用可能な小型RNA切断分子ツールの開発に役立つことが期待されます。今後は、こうした星型構造の形成原理や切断精度の制御原理に関するさらなる解析が望まれます。
本研究成果は、英国の科学雑誌「Nature Communications」に2025年7月1日に掲載されました。
本研究グループ(九州大学)からのひとこと:
クライオ電顕装置の共同利用体制が整っていたおかげで、星のように美しく印象的な構造を捉えることができました。そのユニークな形からは想像もしていなかった新たな酵素機能が明らかとなり、研究の面白さを改めて実感しました。
【研究の背景と経緯】
タンパク質合成に不可欠な転移RNA(tRNA)は、細胞内で「前駆体tRNA」と呼ばれる未成熟な状態でつくられます。この前駆体には、本来のtRNAに必要のない余分な配列が5′末端および3′末端に付いています。これらの両端を正確に切り取って整えることによって、初めてtRNAは本来の機能を果たせる成熟した分子になります。つまり、5’・3’両末端の切断は、tRNAが働くための「仕上げ工程」であり、生命活動にとって必須の反応です。特に5’末端のtRNA成熟には、RNase Pと呼ばれるエンドリボヌクレアーゼが関与しており、これまでにRNAを含むタイプやタンパク質のみで構成されるタイプなど、様々な構造が報告されてきました。
近年、一部の細菌や古細菌において、様々なタイプのRNase Pのなかでも最小サイズのRNase P酵素「HARP(Hexagram-like assembly proteinaceous RNase P/Homologs of Aquifex RNase P)」が同定され、その構造的特徴や進化的意義が注目されています。HARPは、酵素が12個集まり(12量体)、星型の立体構造を形成するという特異な特徴を持っています。しかし、HARPがどのようにして前駆体tRNAを認識・切断しているのか、また、なぜ他のRNase Pと比べても12量体という特殊な構造を形成するのかといった点については、これまで十分に明らかにされていませんでした。
【研究の内容と成果】
本研究では、この未解明のHARPの構造と機能の関係に焦点を当て、クライオ電子顕微鏡による構造解析と生化学的解析を通じて、その働きの全体像を明らかにすることを目指しました。
解析の結果、HARP12量体は5分子の前駆体tRNAと複合体を形成しており、その中で5つの活性部位が5’余剰配列の切断に関与していることがわかりました。さらに生化学的解析と合わせることにより、残る7つの活性部位は、従来のRNase P酵素では見られない3’余剰配列の切断活性を担っていることが示唆されました。つまり、HARPが、多量体化を通じて前駆体tRNAの5’末端および3’末端の両方を切断する二重機能を持つ「二刀流」であることが明らかになりました。
注目すべきは、HARPがtRNA分子内の5’末端とtRNA特有のエルボー領域との距離を正確に測定する「分子定規」として機能し、切断位置を決定している点です。これは、異なるタイプのRNase P酵素でも共通の機能を有していることから、「収束進化(convergent evolution)」の一例といえます。
本研究は、タンパク質が多量体化することにより、基本的な機能(5’末端処理)を保ちつつ、新たな機能(3’末端処理)を獲得する進化のしくみを明らかにしたものであり、tRNA成熟の理解に新たな視点をもたらす成果です。
【今後の展開】
本研究により、小型のタンパク質であるHARPが、多量体化を通じて2つの機能を獲得していることが明らかになりました。このように、限られた構造要素を柔軟に組み合わせることで機能を拡張する酵素の進化的戦略は、他のRNA代謝酵素や低分子タンパク質にも共通する原理である可能性があります。
今後は、HARPがどのようにして活性部位を切り替えているのか、また3’末端切断活性の分子機構や生理的意義について詳細に解析することで、RNAプロセシングの多様性と進化の理解が一層深まると期待されます。
さらに、今回明らかとなった「分子定規」機能の原理を人工酵素やRNA加工ツールの設計に応用することで、合成生物学やバイオテクノロジー分野への波及効果も見込まれます。
【参考図】
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図1. HARP12量体(レインボーカラー)とtRNA前駆体(灰色:5分子)複合体の立体構造 (左)上から見た図 (右)側面から見た図
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図2. HARP12量体(レインボーカラー)にtRNA前駆体(茶色:1分子)が結合した時、
複数の活性部位を使ってtRNA前駆体の5'末端側と3'末端側を切断する模式図
【用語解説】
※1 リボヌクレアーゼ P (RNase P)
生命に必須の tRNA の生合成に関わる酵素。RNAと複数のタンパク質からなる巨大複合体であり、前駆体 tRNA の 5’末端の余剰配列を切断して、取り除く活性を持っている。
※2 HARP(Hexagram-like assembly proteinaceous RNase P/Homologs of Aquifex RNase P)
tRNAを加工する酵素RNase Pの中でも、極めて小型でタンパク質のみから成る一群。
【謝辞】
本研究は、JSPS科研費(JP21K06032、JP24K09353)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(JP21am0101071、JP21am0101091、JP22ama121031)、九州大学大学改革活性化制度の支援を受けて行われました。
【論文情報】
掲載誌:Nature Communications
タイトル:Structural basis of transfer RNA processing by bacterial minimal RNase P
著者名:Takamasa Teramoto†,*, Takeshi Koyasu†, Takashi Yokogawa, Naruhiko Adachi, Kouta Mayanagi, Takahiro Nakamura, Toshiya Senda, Yoshimitsu Kakuta*
†These authors contributed equally to this work、*Corresponding authors
DOI:10.1038/s41467-025-60002-1