【井元康一郎のビフォーアフター】ハイブリッド王国を揺るがす燃費競争

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新型HR12DDRエンジンを搭載したマーチ
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加速し続ける燃費向上競争

2010年代半ばから2020年にかけて日欧米で実施される燃費規制の大幅強化を前に、エンジンの燃費向上競争が加速している。

日産自動車は先頃、欧州における燃費測定法であるEU混合モード(市街地、郊外、高速道路走行での走行をシミュレートしたもの)におけるCO2排出量を、“1km走行あたり95g”に抑制可能な1.2リットル3気筒エンジンのプロトタイプを公開した。空力処理の改善やアイドリングストップ機構との合わせ技によって95gを達成するもので、来年、市販車に搭載する予定であるという。

“95g”はクルマの開発で今、もっともトレンディな数値だ。欧州連合全体の政策を手がける欧州委員会は自動車メーカーの販売するクルマの平均CO2排出量を2020年に95gに抑制するという方針を打ち出している。

この目標はきわめて高いもので、市販車でこの数字をクリアしているのはトヨタ『プリウス(ガソリンハイブリッド・89g)』、フォルクスワーゲン『ポロ ブルーモーション(ディーゼル・87g)』、ダイムラー『スマートフォーツーcdi(ディーゼル・86g)』など、わずかしかない。

◆“95g”戦争に名乗りを上げた日産ルノー

自動車メーカーにとって困難極まりない規制値である95g。そこで手始めに、コンパクトカーについてはその数値をハイブリッドでもディーゼルでもなく、ガソリンエンジン単体でクリアしてみようというチャレンジが行われている。

フィアットは9月にも、CO2排出量92gを達成する『500ツインエア』を発売する。シリンダーの数を2気筒に減らした小排気量エンジンに、バルブを閉じるタイミングだけでエンジンの吸気量を制御可能という、BMW、トヨタ、日産などより1世代新しい「マルチエア」バルブスロットルシステムを使うことでこのスペックを達成した。内燃機関の効率化でフィアットへの対抗意識をむき出しにするフォルクスワーゲンもガソリンでの95g達成の意思を表明している。その95g戦争に、日産ルノー連合は日本メーカーとして初名乗りを上げた格好だ。

直噴方式のミラーサイクルで、ルーツブロワースーパーチャージャー過給、さらに低摩擦で耐久性に優れたDLC(ダイヤモンドライクコーティング)をピストンリングに施すなどの対策でエンジン内部の摩擦損失を3割も低減した。エンジンスペックはコンパクトクラスだが、テクノロジー的には同社のフラッグシップの「VQエンジン」並みである。

開発を担当したパワートレイン開発本部主坦の佐藤健氏は、

「最初はとても難しい開発になると思っていましたが、やっている内燃機関にはまだ伸び代があるなと思うようになりました。ハイブリッドカーやEVなどのエレクトリック技術も大事ですが、新興国も含めグローバルに売るためには、内燃機関だけでハイレベルな燃費性能を持たせる必要がある。勝負はこれから。開発のスピード感が大事です」

と語る。現時点ではコストや生産性の問題で採用を諦めている技術もあるが、生産技術の進化や材料置換によってそれらを盛りこんでいけば、さらに数%の効率向上を見込めるという。

◆揺らぐハイブリッドカーの存在

気筒数や排気量を削減することで燃費性能を高めるダウンサイジングによるガソリンエンジンの効率向上はここ数年、エンジン開発のメインストリームとなっていた。小排気量であればいよいよ95g/kmを達成するくらいのレベルに達してきたことで、エコカーの趨勢にも微妙な変化が起こる可能性がある。それは、電気エネルギーの利用によって燃料消費を抑制するハイブリッドカーの立ち位置だ。

CO2排出量は自動車メーカーにとっては規制クリアにからむ重要な命題だが、ユーザーの関心事の大半は燃費向上による燃料費の節約である。エンジンの性能が向上すればハイブリッドカーの燃費ももちろん上がるのだが、燃料代の節約効果という視点では、その魅力はどんどん薄れてしまうのだ。

例えば月間1000km走るドライバーにとって、燃費がリッター10kmから20kmに向上するのは節約効果は結構大きい。リッター130円で計算すれば6500円トクをすることになる。ところが、リッター20kmが30kmに改善したときの節約額はそれよりずっと小さく、約2200円程度だ。それ以降も節約効果は加速度的に小さくなってしまう。これは95gといった燃費のトップランナー級に限った話ではなく、より大きなクラスにおいても同様である。

これまでハイブリッドカーは、燃費を向上させるためのキラーコンテンツとして売れ続けてきた。が、今後は“ハイブリッド”というキーワードだけでは売れない時代がやってくる。たとえばホンダ『インサイト』のEU混合モードにおけるCO2排出量は101g/kmと、現時点で95g戦争のまな板に乗ることができていない。今後、競争力を維持するためには燃費性能を劇的に上げて現在の価格を維持するか、非ハイブリッドのエコカーと同等の価格で売ることが要求されるようになるだろう。

世界トップ級の燃費を誇るストロングハイブリッドのプリウスも安閑とはしていられない。絶対的な燃費の良さに加え、エンジンを停止し、モーターだけで走行可能である点や、パワートレインの振動・騒音特性がきわめて洗練されているといった長所がユーザーに燃費性能以外の価値観を提供している分、マイルドハイブリッドよりは有利な戦いを展開可能だが、それにも限界はある。

◆トヨタ、ホンダに求められるハイブリッドの競争力

この流れを一番敏感に感じ取っているのはトヨタだった。渡辺捷昭前社長の肝煎りでリーマンショック前から開発がスタートしていたコンパクトハイブリッドが2012年にリリースされる見通しだが、リッター40km以上という燃費性能を持ちながら価格は150万円台に抑えられると噂されている。メーカーとして世界の燃費規制対応競争で優位に立ちつつ、低価格な非ハイブリッドエコカーとの競争力も維持しようという構えだ。

ハイブリッド販売2位のホンダはトヨタより一足先にコンパクトカー『フィット』をハイブリッド化した『フィットハイブリッド』を今年秋に発売する予定だが、その価格決めについては迷いを見せている。販売の最前線であるディーラーにも価格に関するアンケートを実施している。

アンケートを受けた首都圏のトップセールスの一人は、「もともとホンダは簡便なパラレルハイブリッドならノーマル車プラス20万円以内でできると言っていたのだから、150万円を切るくらいは当たり前じゃないですかね。議論の余地はありませんよ」と、当然低価格化すべきだと言う。

もちろんハイブリッドカーの価値がなくなるわけではない。中・大型車のCO2削減ではディーゼルと並んで重要なソリューションであることに変わりはない。また、燃料価格が再びリッター200円を伺うような高騰を見せれば、些細な燃費の差が大きな燃料コストの違いにつながることから、ハイブリッドカーの地位は高まる。ハイブリッドカーの市販でリードするトヨタ、追走するホンダのみならず、世界の自動車メーカーがさらなる低燃費、低CO2に備えてハイブリッド技術磨きに余念がない。

しかし、ハイブリッドカーに要求されるエコ性能のレベルは今後、急速に上がっていくことは確実。そのニーズをキャッチしていくのは並大抵のことではなくなるだろう。

《井元康一郎》

井元康一郎

井元康一郎 鹿児島出身。大学卒業後、パイプオルガン奏者、高校教員、娯楽誌記者、経済誌記者などを経て独立。自動車、宇宙航空、電機、化学、映画、音楽、楽器などをフィールドに、取材・執筆活動を行っている。 著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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