−−最大の収益源である北米の課題は、どう捉えていますか。
森 われわれにとって最大のマーケットであり最大の収益源であり、これから先もそうであろうと考えています。現行の中期計画を策定した時も日本と米国を2本柱としてきちんとやって行こうという戦略を立てました。
日本中心にやってきたのを米国へと、舵を切ったわけです。例えばクルマ作りに関しても(米市場向けに開発した)『B9トライベッカ』を投入するなど、商品面ではそれなりに手を打ってきた。
AWDというわれわれの特徴から、米国のスノーベルトと呼ぶ地域では強い。しかし、南部などのサンベルトではシェアは低く、商品をそろえて南の方のシェアを高めようと取り組んできました。スノーベルトよりシェアの伸びは高くなっているし、昨年の全米の販売は記録を更新しました。
ただ、想定したまでは伸びていないというのが事実です。背景にはガソリン価格の上昇もあります。トライベッカは大き目のSUVということで遠慮されている。もっとも、同じクラスのクルマより燃費性能などでアドバンテージはありますので、そういったところを訴求していきます。
販売網については従来の580店から当面620店にもっていこうと取り組んでいます。とくに南の大きな都市を重視していますが、日本と同じで大都市は店舗の維持費が高い。そこで新しい方法として土地と建物を当社がリースする「サイトコントロール」を進めています。
−−WRCへの参戦はスバルのブランディングにつながっていると思いますが、今後のモータースポーツの方針は。
森 WRCはわれわれがモータースポーツに参加しているというだけでなく、量産車をよくするうえでの効果が非常に大きい。レースで使う水平対向エンジンとAWDの技術の基本をそのまま量産車に入れているわけですから。最近のラリーを見ていると、昔ほどにドリフトせずに滑らかに曲がりますよね。量産車の走りにすごく近い。
ペター(ソルベルク選手)も量販車がよくなるとラリー車もよくなると言っていますが、彼の意見も量産車にフィードバックするよう組み入れています。ブランドの認知度を高める意義も大きいですが、開発へのフィードバックということも並行して進めていきます。
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1970年早大理工学部卒、同年富士重工業入社。主力工場の群馬製作所で生産管理部門に従事。米工場SIAの立ち上げに参画し、88年に同社生産管理部長。93年に帰国し海外営業部門に着任。99年海外営業本部海外企画部長、2001年スバル営業本部営業企画部長を経て02年執行役員スバル部品用品本部長。05年常務執行役員スバル海外営業本部長。06年6月に現職。趣味は夫人とともに世界を巡る古代遺跡への旅。休日にソバ屋で地酒を楽しむのがリフレッシュ法。高知県出身、59歳。
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1977年北九州市立大卒。日刊自動車新聞、産經新聞などで自動車、エネルギー、金融、官庁などを担当。00年からフリー。著書に『トヨタVS.ホンダ』(日刊工業新聞社)。山口県出身。
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インタビュアー:池原照雄(経済ジャーナリスト)
写真:竹内征二
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