【インタビュー】燃料電池社会を引き寄せる2015年市販車のミッション…ホンダ守谷隆史上席研究員

エコカー EV
燃料電池車の開発を手がけている守谷隆史・本田技術研究所上席研究員
  • 燃料電池車の開発を手がけている守谷隆史・本田技術研究所上席研究員
  • ホンダの燃料電池車 FCXクラリティ(2008年)。2015年市販車にむけたコンセプトカーが2013年東京モーターショーで見られるのだろうか。
  • ホンダの燃料電池車 FCXクラリティ(参考画像)
  • シボレー・エクイノックスがベースの燃料電池車(参考画像)
  • 燃料電池車の開発を手がけている守谷隆史・本田技術研究所上席研究員
  • 会見のようす
  • 燃料電池車クラリティからの給電
  • FCXクラリティを成田空港のハイヤーサービスに提供

ハイブリッドカーの次、プラグインハイブリッドカー、バッテリー式EVに続く第3の次世代エネルギー車、水素燃料を用いた電池電池自動車の開発をめぐり、世界の自動車メーカーが合従連衡の動きを加速させている。今年1月にトヨタ自動車-独BMW、日産自動車-米フォードモーター-独ダイムラー、7月にはホンダと米ゼネラルモーターズ(GM)と、燃料電池車に関する大型提携が飛び出した。ほかにも韓国の現代自動車、カナダの燃料電池開発会社バラードなど多くの企業が市販車開発に乗り出している。

燃料電池車ブームは、過去にも90年代と2000年代に2回起こっている。が、EV以上に高いコスト、水素供給インフラ整備の難しさなどが壁となり、普及段階にかすりもしないまま今日に至っている。

そのような実情にもかかわらず、ホンダとトヨタは2015年の燃料電池市販車の販売を表明。日産も2017年に販売するとしている。なぜ今また、燃料電池自動車なのか。ホンダで燃料電池車の開発を手がけている守谷隆史・四輪R&Dセンター上席研究員にGMと提携した理由や将来の見通しについて聞いた。

水素の一般浸透をはかるべく、連携決意

----:ホンダは2000年代、燃料電池技術で世界をリードするという戦略を打ち出して特許で技術を囲い込むなど、単独主義色を強めていました。なぜGMとの提携に踏み切ったのでしょうか。

守谷氏(以下敬称略):われわれホンダが燃料電池車の開発を本格化させたのは90年代で、02年には初代の燃料電池車『FCX』のリース販売を開始しました。08年には自社開発の高性能燃料電池を搭載した世界初の量産燃料電池車『FCXクラリティ』をリリースしました。技術開発を単独でできないということではありません。

問題はむしろ、燃料電池車を社会に導入するのに不可欠なインフラでした。水素供給のインフラは世界的にもほどんど広がらず、ゆえに燃料電池車も普及することはありませんでした。水素エネルギーでクルマを走らせるためのインフラづくりは、まさにゼロからのスタートなのです。

----:GMと提携した大きな理由のひとつはそのインフラ整備である、と。

守谷:ええ。今回のホンダとGMの提携は2020年に燃料電池車を一般ユーザー向けに販売することをターゲットとしていますが、そのクルマを走らせるための水素ステーションをどういう方法で社会基盤に組み込んでいくか、またそこに水素をどのように供給したら良いのかといったことを早急に考えなければなりません。

これは自動車メーカーが単独でできるものではなく、各国政府が動いてくれて初めてできること。世界有数の自動車市場で、世界のエネルギートレンドへの影響力も大きいアメリカにおいて、政府に対して強い発言力を持つGMと手を組むことは、水素モビリティという夢を実現させるのにとても大きな力となるでしょう。また、ホンダ自身もアメリカで5番目にクルマを多く売っているメーカー。次の時代もアメリカで自動車ビジネスを行うことを考えれば、インフラの策定に貢献するのは責務でもあると考えています。

供給の新たなビジネスモデル提案も

----:なるほど。水素をどう製造し、供給するかという仕組みの確立には困難が伴いそうですね。今のところ、オンサイト(ステーションで水素を製造する方式)に比べてオフサイト(ローリーで水素を運び込む方式)のほうがコスト面で有利と言われていますが、それでも水素自体が高いので、現時点では普及の目処がたっていない。

守谷:たしかに現時点での水素の供給コストはクルマに使うには高すぎます。1kmあたりの走行にかかる費用はEVとは比較にならず、ガソリン車や天然ガス車と比べても高くなってしまう。

しかし、それが解決不可能な課題とは思っていません。今は需要もインフラもゼロに等しい段階だからコスト高なのであって、商業化が進めば下がる余地は十分にある。クルマの歴史をみると、量産車の元祖、T型フォードが発売された20世紀初頭は、ガソリンスタンドがそういう状況でした。

最初はクルマのあるところに油樽でガソリンを運ぶという有り様で、その段階では当然赤字。しかし、クルマが継続してガソリンを消費するものだということが社会に浸透するにつれて、ガソリンを大量に仕入れて小売りするガソリンスタンドというビジネスができました。アメリカより後にモータリゼーションが発展した日本では、5年で1万のガソリンスタンドが生まれました。すでに利益を出せるビジネスだということがわかっていたからです。

それから約100年が経った今日、私たちホンダとGMは共に、燃料電池に関する開発能力という点ではトップランナー。その両者が手を組むことで、水素供給がビジネスになるようなモデル作りの先駆者となりたいと考えています。

◆クラリティでの量産経験が活かされる

----:2015年に燃料電池車の市販モデル第1弾を出すとのことですが。

守谷:考えるだけでは物事は動きません。燃料電池車がある程度の台数が走る社会、その社会と調和するインフラとはどのようなものかというアウトラインや課題を見つけるうえで非常に重要です。それを見極めることは、2015年に予定している第1弾モデルの重要なミッションのひとつです。

----:トヨタも2015年に、日産も2017年に燃料電池車の市販車を出すことを表明しています。価格は500万円、ないしそれ以下ともいわれていますが。

守谷:価格は生産台数や素材費などとの兼ね合いで決まるもので、今はいくらと言える段階にありませんが、数百万円というオーダーは達成していないと話になりませんし、ライバルに比べてずっと高いというのでは負けでしょう。

決して満足できる台数を生産できたわけではありませんが、ホンダはすでに08年にクラリティで燃料電池車の量産に乗り出しています。そのなかでクルマに要求される信頼性やライフタイムを確保するにはどうしたら良いのかということについて、いろいろな知見を得ることができました。

15年の市販モデルはGMとのアライアンス以前のホンダの技術を使ったものになりますが、まったく新しいことをやるのではなく、これまでの燃料電池車量産への取り組みと連続性があるという点はアドバンテージといえるでしょう。

車体軽量化にも改善の兆し

----:価格も走行コストも高い燃料電池車ですが、たとえば現行のFCXクラリティなど、クルマとしては非常にプレジャーのあるものに仕上がっていますよね。以前、首都高速を主体にテストドライブしましたが、加速感やハンドリングの俊敏さは素晴らしいレベルにありました。価格次第ではマイカーにしたいくらいでしたが。

守谷:よく言われていることですが、電気モーターというのはエネルギーを動力に変換するための究極のトランスミッションであることは間違いない。そのモーターに大きな電気エネルギーを継続的に与えられるという点では、燃料電池はとても優れている。エネルギー効率も現行クラリティで、ピーク値ではなくトータルで62%に達するなど、スペック的にはすでに熟成の域に達しています。そんなパワートレインを使うのですから、気持ちのよいクルマにできるのはある意味当然のことです。

もっとも、まだまだ進化させないといけないことはたくさんあります。そのひとつはパワートレインの重量。まだまだ重い。電気自動車よりは軽いのですが、コンベンショナルなエンジン車のアコードと比べると100kgほど重い。15年に出すモデルは当然クラリティよりそのあたりを踏み込んだクルマになる予定です。

----:重くなる要因のひとつに、高圧タンクがありますね。70メガパスカル(約700気圧)という深海潜水艇の隔壁くらいの強度が求められるというのは、スペック的にきつい。圧縮水素以外の貯蔵の選択肢は。

守谷:水素の搭載方法には圧縮、吸蔵、改質などがあります。いろいろな次世代技術を研究していますが、当分は圧縮水素で行くことになると思います。

もっとも、タンクの設計や製造も日進月歩。昔は水素分子があまりに小さいために隔壁を通過して少しずつ漏れ出したり、水素がタンクの強度を弱くしてしまうといった課題が指摘されていましたが、今はほぼ解決されて、漏洩はゼロです。

タンクのスペックについても、今は航続距離を稼ぐために70メガパスカルのタンクが主流になっていますが、用途やクルマのサイズによって半分の圧力のタンクにするようにしたりと、商品を企画する段階にさしかかればいろいろな考え方が出てくるでしょう。

海外との規制ギャップ埋める政策が追い風

----:2020年に発売するというエンドユーザー向けのモデルはそこからさらに進化する、と。

守谷:当然です。エンドユーザー向けモデルは、GMと技術を持ち寄ったものになりますが、両社のモデルの共通化によってスケールメリットを出し、技術力でさらにコストを下げ、クルマとしても楽しいものに仕上げます。

あと、ホンダだけでなく日本陣営にとって追い風なのは、安倍(晋三)首相が成長戦略のなかで、世界と日本の規制を見比べてネックになる部分を総チェックするよう指示を出してくれていること。たとえば今の消防法では、水素燃料供給装置の強度は規定圧力の4倍と決められていますが、世界では3倍が普通。こうした規制のギャップが日本の工業規格のガラパゴス化を招いてきた原因ともなっていました。

2020年にはインフラがある程度整備されて、次の大きな課題が見えるというステップを迎える時期。その時にホンダ-GM連合は燃料電池車単体でも水素プラットフォームづくりでもデファクトスタンダードを作れる陣営でありたいと思います。

《守谷氏も登壇する水素モビリティイベントのお知らせ》

スマートモビリティアジア2013@福岡(10/10~10/12)

水素モビリティ講演会 10月12日(土)
場所:九州大学伊都キャンパス

1)燃料電池自動車同乗試乗体験:10:00-13:00

本田技研工業:FCXクラリティ
トヨタ自動車:トヨタFCHV-adv
日産自動車:05FCV

2)燃料電池講演会:「燃料電池が切り開く新しい未来」:14:25-16:05

講演1:
九州大学 次世代燃料電池産学連携研究センター
主幹教授 センター長 佐々木 一成 氏

講演2:
トヨタ自動車株式会社 製品企画部
製品企画主査 田中 義和氏

講演3:
株式会社本田技術研究所
四輪R&Dセンター第5技術開発室
上席研究員 守谷 隆史 氏

講演4:
日産自動車株式会社
企画・先行技術開発本部 FCEV開発推進室
室長 坂 幸真 氏

パネルディスカッション:16:20-17:00
パネラー:上記の各講師
モデレーター:レスポンス編集長 三浦 和也

《井元康一郎》

井元康一郎

井元康一郎 鹿児島出身。大学卒業後、パイプオルガン奏者、高校教員、娯楽誌記者、経済誌記者などを経て独立。自動車、宇宙航空、電機、化学、映画、音楽、楽器などをフィールドに、取材・執筆活動を行っている。 著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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