【新連載・千葉匠の独断デザイン】新型 ゴルフ が問う“キャブバックワード”の意義

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歴代ゴルフ、Cピラーに一貫したデザイン哲学を持つ
  • 歴代ゴルフ、Cピラーに一貫したデザイン哲学を持つ
  • VW 7代目ゴルフ 発表会
  • 80年代からMM思想を提唱してきたホンダはキャブフォワードのトレンドリーダー。フィットはAピラーの根元を大胆なまでに前進させ、キャブフォワードを極めている。
  • プリウスを特徴付けるトライアングル・シルエット。三角形のルーフラインが滑らかにボンネットまで延びてモノフォルムを構成している。キャブフォワードだからこそ可能なシルエットだ。
  • Cセグメント・ハッチバックのなかで、現時点で最もキャブフォワード感が強いのがフォード・フォーカスだ。
  • 新型ゴルフは強く寝たAピラーと切り立ったCピラーのバランスでキャビンの視覚的な重心を後ろに寄せている。「キャビンを後ろへ=キャブバックワード」のプロポーションだ。
  • 新型ゴルフとMQB(横置きエンジン用新世代プラットホーム)を共有するアウディA3。ゴルフよりAピラーが立っている反面、その根元を後ろに引くことでキャブバックワードを表現している。
  • マツダのキャブバックワードの第1弾となったCX-5。SKYACTIVエンジンも後方排気であり、それを活かしてフロントオーバーハングを切り詰め(=前輪を前方に出し)ながら、居住性を犠牲にしない範囲でAピラーの根元を後ろに引いたプロポーションだ。

「らしさ」を保って進化

『ゴルフ』のデザインの根底にあるのは、「革新ではなく進化」という考え方だ。革新を狙うあまり、ゴルフらしさを失ってはいけない。「ゴルフのお客様は、ひと目見てゴルフだとわかるデザインを望んでいる。ゴルフらしさを保ちながら進化させてきたから、歴代ゴルフは成功してきたのだ」と、VWグループのデザインを統括するヴァルター・デシルヴァ氏は告げる。

7代目となる新型も、なるほど、どこから見てもゴルフだ。グリルとヘッドランプを横一文字に結んだ顔付き、水平基調のプロポーション、太いCピラーなど、ゴルフらしい特徴点をしっかり受け継いでいる。

なかでも興味深いのは、Cピラーをホイールアーチまでひとつの連続面で作ったことだ。歴代を振り返ると、ベルトラインやショルダーラインで上下に区切らないCピラーをやったのは、実は初代と4代目だけ。太い=面積が広いCピラーという初代の特徴を強調するために、4代目は折れ線のないCピラーを採用した。さらにテールゲートとリヤドアのラインが平行線的にカーブするというデザインがこの4代目で生まれ、それが5~6代目に受け継がれてゴルフの新しい特徴になった。

歴代のなかでも、デザイン視点で初代に続くエポックになったのがこの4代目。新型はそこに立ち返ることで、改めて「ゴルフらしさ」を主張しているのである。

MQBを活かすプロポーション

新型ゴルフはアウディA3に続いて、VWグループの横置きFF車用の新プラットホーム”MQB”を採用。これに伴い、エンジンが後方排気になった。おかげでフロント・オーバーハングを切り詰めることができた反面、エンジンの後ろ側に排気系のスペースが必要だから、前輪から乗員まで距離は長くなる。言い換えると、前席位置が後ろに寄る。

それを活かして新型ゴルフは、Aピラーの傾斜を先代より強めた。前席が後ろに寄ったおかげで、乗員の目の前の空間を犠牲にせずにピラーを寝かせることができたわけだ。

傾斜の強いAピラーが表現するのは、スポーティさだけではない。このAピラーと、従来通り垂直に近く立った太いCピラーの対比により、サイドビューでキャビンの視覚的な重心を後ろに寄せた。VWブランドのデザイン部長、クラウス・ビショフ氏はこのプロポーションを「キャブバックワード」と呼び、「それによってプロポーションにプレミアム感を表現した」と語る。

FF車の王道をあえて外す

そもそもFFは、パワートレインをフロントに集約して室内空間を広げる、というスペース効率を追求するために生まれたレイアウトだ。その大義を受け継ぐのが、いわゆる「マン・マキシマム&メカ・ミニマム」のMM思想。それをデザイン表現するには、できるだけボンネットは短くしたいし、Aピラーの根元は前に出したい。おのずとキャビンの視覚的な重心が前に寄り、「キャブフォワード」のプロポーションになる。

90年代以降、キャブフォワードを目指すことがFF車のプロポーションの進化だった。ホンダ『フィット』、トヨタ『プリウス』、フォード『フォーカス』などを見れば、量販ブランドのFF車にとって、今でもキャブフォワードが王道のプロポーションだということがわかるだろう。

しかしプレミアム・ブランドがハッチバック市場でしのぎを削る時代になって、新たな様相が見えてきた。縦置きFRのBMW『1シリーズ』は言うに及ばず、横置きFFでもAピラーの根元を後ろに引いたり、あるいはAピラーを強めに寝かせたりして、キャビンの重心を後ろに寄せる「キャブバックワード」が増えているのだ。

プレミアム・ブランドにとって、MM思想のスペース効率は「売り」にはならない。メルセデスの『Aクラス』、ボルボ『V40』、アウディ『A3』は、程度の差こそあれ、いずれもキャブバックワード。新型ゴルフのプロポーションは、こうしたプレミアム・ブランドのトレンドに沿っているのである。

キャブフォワード vs キャブバックワード

新型ゴルフはキャブバックワードでキャビンの重心を後ろに寄せた上で、さらにそのキャビンの視覚的な重さが太いCピラーを経て後輪にしっかりかかって見えるよう、ホイールアーチまでひとつの連続面でCピラーを作った。

ハッチバックはリヤが短いぶん、ボディの視覚的な重さを後輪にしっかりとかける表現が難しい。FF車は後輪を駆動しないのだからそれでよいという考え方もできるが、前後のタイヤにボディの重さが均等にかかって見えてこそ安定感が生まれ、4つのタイヤが地面に踏ん張ったスタンスの良さを表現できる。これは実際の前後重量配分がどうであれ、駆動輪がどこであろうと、変わらぬカーデザインのセオリーだ。新型ゴルフのCピラーは、このセオリーに忠実であろうとするための工夫なのである。

そう言えば、先日海外で発表された新型『マツダ3』(次期『アクセラ』)も、明らかにキャブバックワード。マツダは『CX-5』からAピラーの根元を後ろに引き、キャビンの重心を後ろに寄せ、ボディの視覚的な重さを後輪にかけるプロポーションを採用し始めた。マツダらしい走りのダイナミズムを表現するために、4つのタイヤをしっかり踏ん張らせたいというのがその狙いだ。

MM思想の王道を行くキャブフォワードが今後もFF車の主流なのか? それともVWやマツダが示唆するように、量販ブランドのFF車にもキャブバックワードが増えていくのか? 世界のベストセラー・ハッチであるゴルフがキャブバックワードを採用した影響力を、過小評価はできないと思う。

《千葉匠》

千葉匠

千葉匠|デザインジャーナリスト デザインの視点でクルマを斬るジャーナリスト。1954年生まれ。千葉大学工業意匠学科卒業。商用車のデザイナー、カーデザイン専門誌の編集次長を経て88年末よりフリー。「千葉匠」はペンネームで、本名は有元正存(ありもと・まさつぐ)。日本自動車ジャーナリスト協会=AJAJ会員。日本ファッション協会主催のオートカラーアウォードでは11年前から審査委員長を務めている。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

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