大矢アキオの『ヴェローチェ!』…日産 キューブ、欧州撤退

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日産キューブ欧州仕様
  • 日産キューブ欧州仕様
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  • キューブが表紙の『クアトロルオーテ』2010年2月号
  • パリの日産ディーラーで。2010年1月
  • ミラノ・デザインウィークで。1995年4月
  • ミラノ・デザインウィークで。1995年4月
  • 著者近影
 1年で撤退、キューブに敢えて送るエール

日産『キューブ』がヨーロッパ市場から撤退する見通しである。2011年1月18日から翌日にかけて、欧州の自動車メディアが相次いで報じた。理由はニッチ系車種全体の販売不振と、円高ユーロ安であるという。メディアの多くは、先に発表されたダイハツの2013年欧州撤退と絡めるかたちで報じた。

キューブは1年前の10年初めに欧州市場に投入された。ヨーロッパの自動車誌はこぞってキューブについて記した。イタリアを代表する自動車誌『クアトロルオーテ』は10年2月号で表紙に採り上げたほか、14ページにわたる記事を展開した。

そうしたメディア露出が功を奏したようで、キューブは当初クルマ好きの間ではちょっとした話題になった。筆者も10年1月、キューブが展示されたパリ16区の日産ディーラーを訪れ、「なかなかユニークで面白い」と関心を示すクルマ好きを取材している。

しかし、一般ユーザーの反応は冷ややかだったようだ。ニュースの多くは、その特異なスタイルが欧州人ユーザーの趣向に合わなかったと指摘する。

それはかなり当たっている。筆者も一般イタリア人から「あの名前は覚えてないけど、変な格好の四角いクルマあるだろう?」といった表現で聞かれたことが何度かあった。筆者が「なぜ変と思うのか?」と突っ込んで聞くと、「クルマらしくない」と言う答えが返ってきたものだ。日本で受けた「クルマらしくなさ」が逆に仇となってしまっていた。

イタリア市場を挙げると、昨10年全体で登録されたキューブは僅か435台にとどまっている。12月こそ91台を記録しているが、月平均にすると35台ちょっとしか登録されなかったことになる。

今回の報道を受けて、イタリアのある日産ディーラーに赴いた。担当したベテランセールスの口からは「キューブはまもなく輸入されなくなるだろう」との表現にとどまったが、「我々の店でも、新車としては1台も売れなかった」と証言を得た。

唯一売れたのは「アツィエンダーレ」の1台だったという。Aziendaleとは販売店の社用車として初回登録し、一定期間が経過したあと販売する認定中古車である。そのうえでセールスは、「イタリアで走っているキューブのほとんどは、こうしたアツィエンダーレだろう」と語った。

ちなみに、いっぽうで「『デューク』は極めて好調」という。これは筆者の見方であるが、話題の大きさにおいてデュークの影に隠れてしまったのも、欧州におけるキューブ惨敗の一因であろう。

ただし日産がけっして一時のムードでキューブを欧州に投入したのではないことは事実だ。日本ではあまり報道されなかったが、日産は05年、「ミラノ・デザインウィーク」に2代目キューブのスケールモデルを展示。そのうえ実車を会場外の路上に置き、人々の関心をひいた。09年には同じくミラノで、伸縮性素材を駆使し、フロントフェイスが表情を変えるスケールモデル“笑う車”を展示した。

10年に投入された市販車種を見ても、その気合は伝わる。同車のデザイン上のアイコンのひとつである後部ドアは右側通行に合わせて左ヒンジに改められた。それに伴って、例のグラスエリアに覆われたCピラーも日本とは左右逆にされた。シフト位置はフロアに変更され、マニュアル仕様も設定された。エンジンも日本とは別のガソリン/ディーゼル1.6リッターが用意された。それだけの「仕込み」のあとの欧州進出だったのである。

キューブの欧州進出は、日本で受けたテイストが異国でそのまま通用するとは限らないことを示した。

しかし、もし欧州の経済情勢が、イタリアでフィアット『バルケッタ』や『クーペ・フィアット』が発表された時代のようにニッチカーを寛容に受け入れる余裕ある時代だったら、キューブもある程度の支持を集められていたかもしれない。

同時に、コスト低減至上ともいえるルノー-日産ゴーン体制のなかで、敢えて「ジャパン・デザイン」で異国に一石を投じた日産関係者の努力に賞賛を送りたい。自動車デザインがユーザーの趣向に迎合しすぎると、いずれ行き先を失うことは過去の数々の例が証明している。だからこそ、今回の失敗にくじけないでほしい。

何より、世界のクルマがこれ以上ストライクゾーンばかりを狙うスタイルになったら、つまらないではないか。

大矢アキオの欧州通信『ヴェローチェ!』
筆者:大矢アキオ(Akio Lorenzo OYA)---コラムニスト。国立音楽大学卒。二玄社『SUPER CG』記者を経て、96年からシエナ在住。イタリアに対するユニークな視点と親しみやすい筆致に、老若男女犬猫問わずファンがいる。NHK『ラジオ深夜便』のレポーターをはじめ、ラジオ・テレビでも活躍中。主な著書に『カンティーナを巡る冒険旅行』、『幸せのイタリア料理!』(以上光人社)、『Hotするイタリア』(二玄社)、訳書に『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)がある。
《大矢アキオ Akio Lorenzo OYA》

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