top interview by Teruo Ikehara
若い奥様の花粉症が治るクルマ
――軽を中心としたコンパクトカーの開発の方向はどう考えていますか。

箕浦 かつて軽は経済的なクルマだという、ややボヤッとした概念で開発してきたのですが、いまは「若い奥様」といったように顧客ターゲットを明確にして開発を進めている。その顧客が何を求め、どういったものに喜ばれるのかを追求しています。

コストとの兼ね合いで、実際にクルマに展開するかは別ですが、IT関連も含め、仮にいまは必要でないものでも開発はどんどん進めるようにしていきます。あと、健康ですね。このクルマに30分乗ると花粉症の症状が治まるとかですね、そんな夢も語りながらやっている。アロマセラピーの用品なども、そうしたところから生まれました。

――軽自動車の国内シェアは今年2、5月とトップになりました。年間でトップを獲得するのはいつごろでしょう。

箕浦 30%をクリアするという水準は気にしているが、相対シェアそのものは相手があることです。自動車販売は突発的にヒット商品が出てシェアが伸びた、相手を抜いたというものではない。商品力や販売網などの総合力ですから、基礎体力を積み上げていったうえでの結果がシェアです。

ただ、開発陣も力をつけてきたし、ようやくポツポツだけど勝てるところまで辿り着いたなと。あとはこの調子で、現地現物に基づくいい商品をお客さんにご提供していくことです。それ以上にスズキさんが行けば負けるのだが……。

ただしビジネスという面では、国内でスズキさんに勝ったら、それで大丈夫ということはあり得ない。グローバルに展開しないことには限界が来ます。グローバルに出て行くと、そこに必ず競争相手がいる。また、それがすべてスズキさんになるのですけどね(笑)。
箕浦輝幸(みのうら・てるゆき)
箕浦輝幸(みのうら・てるゆき)
1967年慶大商学部卒、同年旧トヨタ自動車工業入社。98年トヨタ自動車取締役兼北米生産統括会社社長。00年常務に就任し調達部門を担当、03年専務。04年ダイハツに移り副社長。05年6月社長就任。トヨタ時代は生産、物流、人事部門などにも在籍、「カーガイ」としての幅広い経験が持ち味。信条は「人事を尽くして天命を待つ」。兵庫県出身でプロ野球はトラひと筋。ダイハツに移って甲子園に出かけることが増えたという。近くのホテルでユニホーム姿に変身し、ライト側外野席に陣取る。61歳。

ikehara-prf
池原照雄(いけはら・てるお)
1977年北九州市立大卒、日刊自動車新聞、産経新聞などで自動車、エネルギー、金融、官庁などを担当。00年からフリー。著書に『トヨタVS.ホンダ』(日刊工業新聞社)。山口県出身。




最初のページへ
Page: 5 of 5 
Page 1好調はステップ、危機感と追い風
Page 2めざせ売り上げ2兆円・利益1000億円
Page 3原低は現地開発の徹底
Page 4トヨタとの競争、燃費で負けるな
Page 5若い奥様の花粉症が治るクルマ
ダイハツ工業