関東と南東北を結ぶ太平洋沿いの常磐線は、現在も竜田(福島県楢葉町)~小高(南相馬市)間36.6kmと相馬(相馬市)~浜吉田(宮城県亘理町)間22.6kmの2区間が、2011年3月の東日本大震災による津波や福島原発事故の影響で運休している。
全区間の再開は2019年度末までの予定で、あと3~4年はかかる見込み。ただし、2区間のうち相馬~浜吉田間は線路や駅を内陸側に移して復旧する工事がほぼ完了しており、今年12月10日には5年9カ月ぶりに運転を再開する予定だ。
再開まであと3カ月となった9月初旬、相馬~浜吉田間の移設される3駅を訪ね歩いてみた。
■新地駅(福島県新地町)
新地駅はルート変更の起点となる場所に近く、移設後の新駅も旧駅の場所から南南西へ約220mと、あまり離れていない。ただし、代行バスの停留所は新地町役場前に設けられており、新駅からは直線距離で約670m離れている。
駅の周辺は再開発のための造成工事が行われていて立入禁止。新駅のそばまで近づくことができなかった。ただ、真新しい駅舎とエレベーター付き跨線橋が完成しているのは遠目でもはっきり確認することができた。旧駅はホーム2面と線路3線の構造だったが、新駅は2面2線の構造になるようだ。
■坂元駅(宮城県山元町)
常磐線の新ルートは、新地駅の新駅から少しずつ西に寄っていくように北上。5.5kmほど進んだところで国道6号と並行するようにして坂元駅の新駅に到達する。代行バスの坂元駅停留所も新駅の近くを通る国道6号上に設置されていた。
新駅とその前後は高架橋の線路が既に完成しており、駅西側の駅前広場も完成していた。高架橋のため線路やホームの様子ははっきりとは分からないが、単線幅の高架橋が駅の東側だけ出っ張っているので、1面1線の単式ホームを採用していることは間違いない。
旧駅は新駅から東へ約1.1kmのところにある。津波により駅舎は流され、何とか残ったホームや跨線橋なども既に解体・撤去されて跡形もなかった。駅周辺にあった民家や商店なども完全になくなっており、観光案内板だけがポツンと突っ立っていた。
■山下駅(山元町)
代行バスの山下駅停留所は、国道6号沿いにある山元町役場に設置されており、山下駅の旧駅からは直線距離で西へ約2kmの地点になる。そして新駅は、旧駅~役場間を結ぶ直線上のほぼ中間に位置する。
役場の停留所で代行バスを待っていた60代の女性は「せっかく(代行バスが)家の近くを通るようになったのに、新しい駅ができると遠くなる」と、少し顔を曇らせながら話してくれた。
山下駅の新駅も、高架駅と駅前広場の整備がほぼ完了。広場には「山下駅前」と記されたバスポールが置かれ、実際に山元町が運行しているコミュニティバスが駅前広場を出入りしていた。駅部の高架橋は人の胃のように膨らんでおり、島式ホーム1面2線の構造になっているようだ。
ここから歩いて旧駅を訪ねてみた。こちらも駅舎の撤去が完了していたが、駅の周辺は坂元駅の旧駅と異なり民家が多数残っており、人の気配もあった。ここでも「旧駅の方が近かったのに……」という話を、いくつか聞いた。
■地形に沿った単線高架橋で整備
相馬~浜吉田間の22.6kmのうち、ルートが変更されるのは新地駅の駒ヶ嶺方約870mから浜吉田駅の山下方約870mまでの、全長約14.1km。線路を内陸側に移設したことで距離が若干伸びており、実際の距離は約500m長い約14.6kmになる。このため、相馬~浜吉田間の営業距離は23.1kmに変更されるとみられる。
新しいルートは地形の縦断面に沿うようにして進んでいる。沿線自治体のまちづくりとの一体化を考慮し、地形の改変を極力抑えたルートとなっているが、一部は丘陵を切り開いた掘割状になっているほか、坂元~山下間にはトンネルもある。それ以外はほぼ高架橋だ。線路は震災前と同じ単線となっている。