【土井正己のMove the World】「1000年のモノづくり、京都」…西陣のイノベーション、そして世界へ

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細尾真孝氏
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時代と同じく、モノづくりにも栄枯盛衰がある。日本も明治以降の繊維産業の時代から、現在の重化学工業や自動車、IT産業へと産業構造が変革してきた。特に昨今では、「円高」という為替ファクターから、海外から安い商品が日本に入り、衰退していく産業も多い。「繊維産業は20世紀の産業」と言われて久しいが、昨今の「ファーストリテイリング」の成功などを見るとそういう言葉は当てはまらないということがよくわかる。要は、「奢れるものは久しからず」なのである。

◆「西陣」の栄枯盛衰

そんなことを考えながら、京都の西陣にいってきた。「西陣織」というのは、応仁の乱が終わった後に西軍が陣取っていた地帯に発展した織物業なので、そのように呼ぶらしい。最盛期は江戸時代で、宮中やお公家さんの間に高級着物としてのブランドを確立していた。

ところが、東京遷都とともにマーケットが崩壊し、存亡の危機に瀕した。起死回生の一発を狙って、京都府が中心になり、絹織物の最先端都市リヨン(フランス東南部)に3人の技術者を留学させ、「ジャガード」式というパンチカードのようなボードを使って模様の織込みを自動化する装置を導入した。これにより、一挙にコストが下がり、大衆のための「西陣織」が完成した。明治時代には2万機の織機が音を立て、「西陣」を日本有数の織物街とした(日本の織機総生産の7%を占めた)。しかし、それも現在においては、着物に対する需要は激減しており、再び、存亡の危機にある。それが、今、世界のマーケットに勝負を挑んでいるというのだ。

◆ 世界の「西陣」を可能にしたもの

今回、私がお会いしたのは株式会社細尾の細尾真孝さん。株式会社細尾は1688年創業の西陣織の老舗。細尾さんは、「これから50年、100年、西陣が生き続けられることを考えなければいけないと思った」と熱く語ってくれた。

細尾さんは、まだ30歳代で、5年前までは東京でジュエリー関係の仕事をしていた。今、細尾さんは「西陣」を世界の「Nishijin」ブランドに変えようとしている。既に、クリスチャン・ディオールの店舗の壁紙には、西陣織を使った「Hosoo」の商品が入っている。リッツ・カールトンホテルのソファーやクッションの布地にも「Hosoo」が使われている。どれも、言われなければ日本の「西陣」だとはわからない。しかし、よく見ると柄模様を立体的に織り込む「西陣」の特徴が見て取れる。

細尾さんは、「最初は着物や帯を売り込もうとしたが、世界は和柄ではなかった。それで素材で勝負したいと思った」と語ってくれた。ただ「素材で攻める」というのも、そう簡単ではなかったようだ。西陣織の織機は、それまでは36cm幅の反物しか対応できなかった。これを改良して、世界の標準である150cm幅の素材に対応できる織機を開発しなければならなかった。西陣の職人らで1年をかけて開発し、「素材で攻める」を実現させたわけだ。

その素材の強みは、金色も交えた多彩な模様を10レイヤーにも重ねて織込んでいく技術にある。この新織機の導入により、3次元的な模様表現ができる「Nishijin」の素材が世界に羽ばたいたわけである。細尾さんは「日本人は古来、装飾品を身に着けるより、金箔や貝殻を着物に織込むことでラクシュアリーを表現してきた。西陣はそうしたニーズに対応し、1000年以上かけて技術を熟成させた。世界ではそれは知られていなかった」とイノベーションを生んだ背景を語ってくれた。

◆「GO ON」プロジェクト ~オール京都で世界に切り込み~

細尾さんは、さらに、京都の老舗クラフツマン・シップを束ね「GO ON(御恩)」というプロジェクトを展開している。竹工芸(小菅達之)、木工樽桶(中川周士)、金網工芸(辻徹)、窯元(松林佑典)、茶筒(八木隆裕)など全て若手のハンドクラフト工房だ。これにトーマス・リッケというデンマーク人クリエイティブディレクターが加わり世界に通用するプロダクトを製作している。

◆伝統の神髄と伝承

もう一人、今回訪問したのは、西陣の「箔屋野口」の4代目当主の野口康さん。尾形光琳など「琳派」と呼ばれる京都独自の美術には、ふんだんに金を活用している。「金箔」はヨーロッパの世紀末画家(19世紀)に大きな影響を与え、クリムトはその模倣を行っている。野口さんは、そうした研究の大家でもある。野口さんに、実際にどのようにして、金箔を西陣織に織込むのかを見せていただいた。金塊(インゴット)を何度も叩き、引き伸ばし、数ミクロの厚さにしたものを和紙に漆を塗った上に貼り付けていく。そして、出来上がった金箔和紙を0.3ミリ幅程度に細かく裁断して、糸状とするのである。この高度な「匠の技術」には、数百年の積み上げがあり、現在も引き継がれている。これが西陣織の凄さだ。細尾さんの様に世界に打って出るのも必要だが、こうした固有の技術を守り、伝承していくことは、50年後、100年後を考えると大変重要なことだと思う。

◆日本経済の未来を担う

レクサス『GS』では、高知県の竹細工の伝統を伝える「バンブーステアリングホイール」をミロクテクノウッドという会社が生産している。また、レクサス『LS』のステアリングホイールは天童木工という山形県の老舗でフレーム部分を作っている。

日本には、こうした素晴らしい伝統工芸・技術が各地にある。やはり、そこに「日本のモノづくりの原点」があると思う。そして、それらの中には世界に通用するものが沢山ある。私たちもそういうところに、もっと目を向け、掘り起していくべきなのだろう。各地の伝統工芸・技術を守り、これで世界と戦うことが日本経済の未来をつくるものと思う。帰り際、細尾さんは「先日、米国大使のキャロライン・ケネディさんが来られました」とさらりと言っていた。面白い時代がそこまで来ている。

<土井正己 プロフィール>
クレアブ・ギャビン・アンダーソン副社長。2013年末まで、トヨタ自動車に31年間勤務。主に広報分野、グローバル・マーケティング(宣伝)分野、海外営業分野で活躍。2000年から2004年までチェコのプラハに駐在。帰国後、グローバル・コミュニケーション室長、広報部担当部長を歴任。2010年のトヨタのグローバル品質問題や2011年の震災対応などいくつもの危機を対応。2014年より、グローバル・コミュニケーションを専門とする国際コンサルティング・ファームであるクレアブ・ギャビン・アンダーソンで、政府や企業のコンサルタント業務に従事。

《土井 正己》

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