【井元康一郎のビフォーアフター】EVはスマートグリッド普及の道具であってはならない

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三菱i-MiEV
  • 三菱i-MiEV
  • 日産リーフ
  • ホンダのコージェネレーションシステムを核とした「スマートホーム」のイメージ
  • 藤沢SSTの概要図

スマートグリッドにおけるEVの活用法

与党民主党は今、エネルギー政策を太陽光、風力、地熱などの再生可能エネルギーを大々的に導入する方向へと急速に転換させている。菅直人首相は再生可能エネルギー固定価格買い取り法案を、自らの首と引き換えにしてでも可決させようと意気軒昂である(その時になれば辞任しない理由を新しく探す可能性も多分にあるが)。

クリーンだが不安定な再生可能エネルギーが大規模に導入される場合、エネルギーをコントロールするために必要となるのが次世代送電網、スマートグリッドだ。そこで論議の的となりそうなのが、スマートグリッドにおける電気自動車(EV)の活用法。端的に言えばEVのバッテリーを走るためだけでなく、電力の一時保管場所としても活用する「V2G(ビークル・トゥ・グリッド)、V2H(ビークル・トゥ・ホーム)を推進すべきか」ということである。

スマートグリッド=知的送電網とはどのようなシステムかという定義には諸説あるが、最も一般的なのは、電力網の中に電気エネルギーを蓄える機能を持ち、必要なところに必要なだけ、電力需要に応じて動的に送電するシステムというものだ。

その中でも重責を担っているのが電力貯蔵だ。電力を蓄える能力が大きければ、そのぶんスマートグリッドの性能もアップする。かりに一日のうち電力消費量が少ない時間帯に発電所に余分に発電させ、貯蔵した電力を昼間のピーク時に回せるような規模の電力貯蔵が実現すれば、今日のように電力消費量の最大値に合わせて発電所を整備する必要がなくなるのだ。

再生可能エネルギーを電力網に系統連系させるうえでも電力貯蔵は重要な役割を果たす。風車は風まかせ、ソーラーパネルはお天道様まかせと、発電を自由に制御することが難しい。そのまま系統連系させると電圧や周波数に影響を与えてしまうため、現状では頻繁に接続がカットされてしまうのだが、電力貯蔵装置があれば得られた電力をむざむざムダにする量を減らし、エネルギーをより有効活用できるようになる。実際、大型風車を連ねたウインドファームでは、電力貯蔵設備ありとなしでは系統電力に流せる電力量に大差が生じるというデータが得られている。

EVのV2H、V2Gに話を戻す。EVのバッテリーをスマートグリッドや太陽電池を装備した家屋の電力貯蔵装置として活用するというアイデアを大々的に提唱したのは、アメリカのオバマ大統領だ。政権公約のひとつで、環境関連産業を振興させることで雇用を発生させることを目指した「グリーンニューディール」に「蓄電装置としてEVを活用する」「2015年にEVを100万台」という構想が盛り込まれたのだ。今日、日米では少なからぬ人がスマートグリッドとEVはセットで語られるものと思い込んでいるが、これは多分にグリーンニューディールのプロパガンダの影響力によるところが大きい。

◆V2H、V2Gは是か非か

V2G、V2Hの有効性については、実はEVの作り手である自動車メーカーや送電技術を持つ重電会社の間でも、当初から異論は少なくなかった。たとえばトヨタ自動車。同社は電力システムや燃料など、クルマを走らせるエネルギー分野についての研究開発では、日本の自動車メーカーのなかで圧倒的に進歩的な企業で、青森県の六ヶ所村や豊田市などでマイクログリッド(限定された地域のスマートグリッド)の実証実験を行っていることで知られる。当然豊富なデータを有しているが、実証実験に携わっている幹部はいきなりV2G、V2Hを進めようとは考えていないと語る。

「クルマは国のエネルギーの15%を消費するそもそも膨大なエネルギーを消費する乗り物です。ある程度まとまった台数のエンジン車がEVに置き換わるとなれば、エネルギーシフトの影響は少なくない。まずは“電力消費が多い時間帯とEVの充電が重ならないようにするには”“家庭用太陽電池をEVの走行にどう活用すればエネルギー効率が改善するか”といった、現実的な課題を考えるべき。V2G、V2Hなどはその先の話ですよ」

トヨタだけではない。「クルマの主目的は走ることで、電力の置き場ではない」「クルマを必要な時に使えないのは困る」「ソーラーパネルを装備している家のクルマが出かけてしまったら、発電した電力はどうするんだ」「クルマを走らせるのと系統電力の補助に使うのとでは電池に求められる特性が違う」といった否定的な声は業界内部でも相当多い。

理屈が通っているのは後者である。V2G、V2Hはクルマのリソースを本来の用途以外に割くことであるのは紛れもない事実だからだ。メーカーの中には「1日あたりのクルマの平均走行距離は数十kmにすぎない」と主張する向きもあるが、だからといってその範囲内に使用環境を制限してしまうような使い方を前提とするのは、いつでも望むところへ赴くことができるというパーソナルモビリティの本質を否定する暴挙というものだ。

が、一方でクルマの大型電池のスペックを考えると、有効活用したくなる真理も理解できないわけではない。EVのバッテリーに蓄えられる電力量は、三菱『i-MiEV』が16kWh、日産『リーフ』が24kWh等々。4人家族の一戸建て家屋で1日に消費される電力量をまかなえてしまうほどの大きさだ。かりにアイミーブが1000台集まれば、バッテリー容量は16MWhにもなる。それを使えるのなら、スマートグリッドにとって大きなネックである蓄電装置のコスト負担を軽減できる…オバマ大統領がこの提言に飛びついたのもむべなるかなだ。

また、V2H、V2Gに対応するためにEVを放電可能に仕立てることは、家庭や地域のエネルギーセキュリティを向上させることに役立つというメリットもある。EVはハイブリッドカーのように、エンジンで発電機を回して自ら電力を生み出すようなことはできないが、一時的な停電くらいならば大型電池の電力で充分にやり過ごすことはできるだろう。

このようにV2H、V2Gは是か非か、自動車業界のほうからはまだまだ回答を出せるような段階にはない。そこに降って湧いたように、別の業界からスマートグリッドとEVの関係についての一つの回答が5月末に示された。神奈川県藤沢市に2013年に誕生する予定のスマートグリッド住宅都市「Fujisawaサスティナブルスマートタウン(藤沢SST)」である。

◆V2H、V2Gを前提としないスマートシティ構想

藤沢SST計画に参画するのはパナソニックをはじめ、コンサルティングファーム世界最大手のアクセンチュア、都市デザインで有名な日本設計、リース大手のオリックス、三井物産、三井不動産、住友信託銀行、東京ガスなどの有力企業9社と藤沢市。世界には中国・天津やオランダ・アムステルダムなど、いろいろなところでスマートタウンが建設されているが、藤沢SSTは先進国としては珍しく、更地にまったく新規に商用住宅都市を作るという計画。既存のインフラの再活用に縛られず、スマートハウスや地域電力ネットワークなど、すべてが最新の技術で構成することが可能とあって、計画の中身はすごい。

合計1000世帯分の戸建て住宅とマンションすべての屋根には大型のソーラーパネルが設置され、さらに天然ガス改質型の燃料電池コジェネレーションシステム「エネファーム」も装備。それらは電力の相互融通なども可能という、パナソニックと日立製作所が共同開発した電力網で結ばれる。エネルギー消費のCO2換算量は90年比で実に70%も削減される見通しだという。

藤沢SSTの住宅には、ソーラーパネル、エネファーム以外にもう一つ標準装備されるものがある。それは余剰電力を蓄えておく定置型リチウムイオン電池だ。今日のEVが放電できるようになっていないということもあるが、V2H、V2Gは最初から構想に入っていないのだ。

もちろんパナソニックはEVを無視しているわけではない。交通機関としては、街の中では電動アシスト自転車主体、街の外へはEV主体を考えているという。実際、完成予想図のイラストにはトヨタ『プリウスプラグインハイブリッド』と日産『リーフ』が仲良く描かれていた。EV充電器も多数設置される予定である。

が、そのEVを使ったモビリティは、クルマの個人所有をベースとする従来のものとは異なり、基本的にカーシェアリングでクルマ需要をまかなうという。オリックスが参画している理由のひとつはこれだ。

「(藤沢SSTのような)コンパクトなスマートシティでは、クルマは四六時中必要ではありません。時々しか必要ないのであれば、カーシェアリングのほうがクルマの稼働率を高められて高い車両価格もある程度コスト分散できます。また、藤沢SSTのコンセプトのひとつに安全な街というものがあります。その点でもクルマはできるだけ少ないほうがいいんですよ」(藤沢SSTプロジェクト関係者)

EVの車載バッテリーを実際に使う割合は多くないから、余った能力をV2G、V2Hに振り向けるという発想は当初、いかにももっともらしいものとして受け止められた。が、ひとたびクルマで出かければ、ソーラーパネルの電力を蓄えることはできず、さらに突き詰めれば、使わないなら個人所有はコスト面でも資源の浪費という面でも無駄、ということにもなりかねないのだ。もちろん今後の技術のブレイクスルー次第では、V2G、V2Hの有効性があらためて認められるという状況もでてくるだろう。が、現時点ではそれらに過剰な期待や負担をかけるべきではない。

民主党が再生可能エネルギー導入を進めること自体は、悪い話ではない。日本は実に几帳面な国だが、それだけに再生可能エネルギーのような確実性のないモノに対してはアレルギーが強く、個別技術は熱心に開発するが、運用のノウハウでは海外に大きく後れを取るという結果になっている。エネルギーの多様化に今のうちからある程度慣れておくことは、エネルギーセキュリティ面でもプラスである。

が、EV政策はそれとは別に考えるべきだ。EVをクリーンエネルギーで走らせることは大いに結構だが、再生可能エネルギーに必須とも言えるスマートグリッドを普及させるための政治的な道具としてV2G、V2Hが利用されるようなことがあれば、それはもってのほかである。

《井元康一郎》

井元康一郎

井元康一郎 鹿児島出身。大学卒業後、パイプオルガン奏者、高校教員、娯楽誌記者、経済誌記者などを経て独立。自動車、宇宙航空、電機、化学、映画、音楽、楽器などをフィールドに、取材・執筆活動を行っている。 著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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