◆広汽トヨタで培われたビジネスは他地域に広がるのか
----:豊田社長は現在の広汽トヨタをどのように評価されていますか。また、トヨタ全体にとって、いまはどのような段階にあるのでしょうか。
豊田:まず、広汽トヨタの設立によって、いろいろなツールは用意できました。ノウハウも、ある程度は貯まったといえるでしょう。しかし、それらを使いこなす人材については、まだ十分とはいえません。そこは広汽トヨタといえども、まだまだ発展途上です。
e-CRBやSLIMというツールができたことで、会議のやり方、需給のやり方、アフターサービスの在り方など、仕事のやり方は大きく変わりました。トヨタが70年あまりやってきたビジネスの変革を、これらのツールは実現したのです。しかし、これから先で重要なことは、こういったツールを「使う人が変わっても活用できるものにする」「さらに進化させていく人材を育てる」ということです。
----:e-CRBやSLIMは広汽トヨタで本格的に稼働し、自動車ビジネスにおける新しいツールとして運用されている。だからこそ、それを熟知し使いこなす人や、今後さらに改善していく人の育成が重要な課題になっているわけですね。
豊田:人が育つのには時間がかかります。当然、育つ間に運用上のさまざまな問題が起きるでしょう。そのような状況でも、徹底的にジャスト・イン・タイムにこだわり、ツールを改善して問題を解決していく。こういった過程を経ることで、本当の意味でツールが磨かれ、どのような状況にも対応できる人が育つ。このような人材がツールと組み合わさって「戦力」になるのです。
逆にいえば、こういった戦力ができていないうちは、ツールだけをあちこちに広げていっても、うまくいきません。形だけの展開になってしまう。
----:いくら優れたツールができたからといって、人を無視したハードウェアだけでは意味がないと。
豊田:ええ、そうです。さらに背景事情の違いもあります。広汽トヨタは、会社がゼロからのスタートだったため、e-CRBやSLIMの導入を前提に仕組みを作ることができ、比較的スムーズに立ち上げることができました。 一方で、他の地域には既存の仕組みがあり、自動車ビジネスの歴史があります。ここでとりわけやっかいなのが、過去の成功体験です。彼らは過去に成功してきたからこそ、ビジネスのやり方にまで踏み込む新しい仕組みの導入には抵抗感がある。広汽トヨタの時とは違い、理屈だけでは受け入れてもらえない難しさがあります。
----:しかし、e-CRBやSLIMが、日本をはじめ中国以外の国でも有用なのは明白です。ステークホルダーの抵抗感を何らかの方法で解消し、ビジネス手法の変革を促す必要がありますね。
豊田:改革は、一人のトップが「右を向け」といったら全員が右を向くほど甘くはないと思っています。どれほど優れた道具があろうと、いかに意識の高い人が先導しようとも、受け入れる側が新しい仕組みの必要性を感じなければ改革はできないでしょう。トップがやれといったからではなくて、従業員やステークホルダーのみんなから「俺もこういう改革が必要だと思っていた!」と声が上がることが大切なのです。e-CRBやSLIMは自動車ビジネスを根本から変えていくポテンシャルがあるからこそ、導入環境の醸成といいますか、焦らずに準備する必要があります。
----:つまり広汽トヨタでの成功事例を、ほかの地域市場にそのまま横展開するのは難しいということでしょうか。
豊田:広汽トヨタは、e-CRBやSLIMという新しいツールを使って、新しいビジネスのやり方を開発する場になっています。システムやサービス環境といったハードウェアの部分だけでなく、仕事のやり方や人材といったソフトウェアの部分まで、総合的なパッケージで育成している場なのです。多くの取り組みの積み重ねと組み合わせであるがゆえに、ほかの自動車メーカーが一朝一夕で真似することはできないでしょう。
だからこそ、同じトヨタ内でも、システムだけを、ほかの地域にそのまま持ち込んで機能するかといえば、そうはいきません。ツールやノウハウを、各地域に合うようにカスタマイズする必要があると同時に「人材育成」が重要です。広汽トヨタで育った人材が、世界中でさらに進化したe-CRBやSLIMをやってくれるのがベストだと思いますね。
第1章 トヨタのIT戦略を育んだ新社長・豊田章男の狙い
第2章 世界最先端の自動車ビジネスを展開する中国広汽トヨタ
第3章 かんばん方式を顧客の手元まで拡張する「SLIM」
第4章 顧客とのつながりを強化し利益をもたらす「e-CRB」
第5章 GAZOOからG-BOOK/G-Linkへ。進化するトヨタIT戦略
第6章 レクサスを中心に導入が進む国内の状況
第7章 TOYOTAビジネス革命の意義