【ホンダ フィットHV 3700km試乗 前編】道を選ばない走破力とパンチのあるエンジン…井元康一郎

試乗記 国産車
ホンダ本社にてフィットハイブリッドを借り受ける。ちょうど玄関で伊東孝紳前社長と鉢合わせ。ホンダの内情は苦しいが表情は明るかった。
  • ホンダ本社にてフィットハイブリッドを借り受ける。ちょうど玄関で伊東孝紳前社長と鉢合わせ。ホンダの内情は苦しいが表情は明るかった。
  • 島根県西部・益田の海岸にて。
  • 2015年の小変更でフロントエンドが立体的なデザインになった。
  • 初期型のツルリとしたフェイスから少し印象が変わる。
  • フィットハイブリッドのリアビュー。
  • ハッチバック上とボディにまたがる形で配置されるリアコンビネーションランプ。下位グレードはボディ部分のみだが、そっちのほうが品は良いように思われた。
  • 山口県東部、須佐の山中にて。
  • 須佐湾の奇岩、ホルンフェルスに向かって下る。

ホンダの主力コンパクトカー『フィットハイブリッド』で3700kmあまりツーリングする機会があったのでリポートする。

現行フィットは初代から数えて3代目にあたるモデル。フィットハイブリッドは高効率1.5リットルミラーサイクルエンジンに最高出力22kW(29.5ps)のモーターを仕込んだ7速デュアルクラッチ変速機を組み合わせたストロングハイブリッド「i-DCD」を搭載し、量販グレードでJC08モード燃費33.6km/リットルという優れた燃費性能と高い動力性能の両立を狙った意欲作だ。が、そのi-DCDが技術的に生煮えで、発売後1年あまりで5回ものリコールを余儀なくされたのは多くの人の知るところ。現在は失墜したブランドイメージの回復に取り組んでいるところである。

試乗車はオートライトやサイドエアバッグなど、充実した装備を持つ「ハイブリッド・Lパッケージ」。試乗ルートは東京~鹿児島の往復、および鹿児島県内の移動。往路は東京・葛飾を出発し、高速道路と一般道を併用しながら山陰経由で九州入り、その後は菊池、阿蘇経由で鹿児島へ。帰路は鹿児島・宮崎間のえびの高原、宮崎内陸部の西米良、椎葉、高千穂、大分の日田を通る九州山地縦貫ルートで福岡に向かい、その後は山陽、東海道経由で東京のホンダ青山本社に帰着した。

試乗コンディションは往復路が全区間1名乗車、鹿児島域内では2名以上乗車が主。エアコンは常時AUTO。また省エネ制御を行うECONモードについては、給油区間によってON、OFFを使い分けた。

◆エンジン音と中速域以上での変速感がハイライト

まずは3700km走ってみた総合的な印象から。基本設計は合理的かつ良心的なもので、クルマで長距離ツーリングをやりたいというカスタマーの意思に十分以上のクオリティで応えられる能力を有していた。ボディシェルは強固。サスペンションは国産Bセグメント中トップクラスのストロークを持ち、高速道路から路面の荒れた山岳路まで、道を選ばない走破力を示した。長時間連続運転時の疲労感もBセグメントとしては相当に小さいほうだった。

半面、チューニングについてはグリップ力のプアなエコタイヤに対してサスペンションのロール剛性が高すぎるなど雑な部分が多く、せっかくのハードウェアのポテンシャルを走り味の良さに転化することができていない。遮音性、ルーフの遮熱性も凡庸。また、ハイブリッドパワートレインi-DCDは素晴らしい燃費性能と強大なパワーを発揮するが、条件によってはスムーズさが大きく失われるなど依然として問題も残っていた。

個別の項目について見ていこう。まずはハイブリッドパワートレインから。パフォーマンス自体は素晴らしい。エンジンとモーターを合わせた統合出力の最大値は137psと、コンパクトカーにはぜいたくすぎるほど。発進からエンジンとモーターの両方を使って走るパフォーマンス重視のSモードに入れ、おおむね平坦な高速道路の料金所で0-100km/hフル加速を試してみたところ、手動計測で8秒をゆうゆうと下回った。

6速にモーターを加えて擬似7速としたデュアルクラッチ自動変速機「i-DCT」は、通常の1速に相当する2速での発進になる。その2速のカバレッジが75km/hくらいまでときわめてハイギアードなため、2速発進となるSモードでの極低速からのダッシュ力は平凡。8秒切りのタイムは50-100km/hの驚異的な伸びで達成したもので、その領域でのパンチ力は2リットルスポーツエンジンのよう。フィットGTIとでも名付けたほうがいいのではないかと思われるくらいに強烈だった。高速道路への流入や追い越し、一般道での短い登坂車線での大型車パス、急勾配とタイトコーナーが連続する山岳路など、さまざまな局面でその性能の恩恵を受けられよう。

官能評価でも高い点をつけられる。エンジンは排気量1.5リットルの高効率なミラーサイクルエンジンだが、中・高回転域ではミラーサイクルにありがちなモワッとした音ではなく、スポーツカー用エンジンのように“クォォーン”という、気持ちのよいビートのきいた直4サウンドを発する。このエンジン音と中速域以上でのDCTの変速感の良さは、フィットハイブリッドのハイライトとも言うべき特質だ。

◆普段使いのドライバビリティを洗練させるべき

その素晴らしさを台無しにしているのが低速域でのドライバビリティの悪さ。単にもっさりとしているだけならそういうものだと見過ごすこともできるのだが、ハードウェアの特性と断じるのは量産車としていかがなものかというような悪い動きが発生することがあり、これはいただけないと感じられた。

具体的には、停止時からモーター走行でスピードを乗せていき、その後にエンジンがかかったときにエンジン出力とモーター出力の合成がうまくいかず、ぎくしゃくとした動きになる。ひどいときには加速度が失われ、ガクガクというスナッチが発生して“自分が何かやらかしたのか”とびっくりするほどだった。『グレイス』『ヴェゼル』『ジェイド』など、他のi-DCD車がそこそこスムーズだと感じられるくらいに煮詰められていたのとは対照的である。

この現象が表出しやすいのは、電気モーターのみでの走行比率が高い「ECONモード」をONにして市街地を走行する時で、モーター単体で時速30km/hくらいまで加速させるような運転をすると往々にしてスナッチ、失速が発生した。また、それ以下でもエンジン始動とアクセルを戻すタイミングが一致したときにはスムーズさが失われる。ノーマルモードでは現象の発生頻度は大きく減り、スポーツモードでは発生しなかった。

ECONモードON時でもそうならないための回避方法はある。発進するときにスロットル開度を少し大きく取って、意図的に早めにエンジンをかけてやればいいのだ。ホンダはフィットハイブリッドを開発するにあたり、軽量版限定ではあるが、燃費でトヨタのコンパクトハイブリッド『アクア』を上回ることをターゲットにした。が、ハイブリッド出力がアクアより4割近くも大きいパワートレインでモード燃費競争をするのはそもそも無理がある。カタログ燃費を飾るよりは、普段使いのドライバビリティを洗練させたほうがよほど顧客の歓心を買うことができるのではないかと思われた。

◆気持ちよく走っても良い燃費

燃費は素晴らしいスコアだった。燃費計測区間はトータル3696.0kmで給油量は146.66リットル。満タン法燃費は25.2km/リットル。通算での燃費計の数値は25.8km/リットルで、2%強の過大表示であった。

区間ごとの満タン法燃費は、東京を出発し、全区間にわたって強い雨が降るなかを愛知県名古屋市北方までの437kmをECONモードオン、高速道路とバイパスを併用しながらペースを上げて走った時が25.2km/リットル。そこから養老の滝、関ヶ原、山陰道、秋吉台を経由して下関までの798.9kmがECONモードオフで26.5km/リットル。九州に入って熊本震災の中核部である阿蘇山、益城町を経由して鹿児島に達する474km区間がECONモードオフで27.1km/リットル。

鹿児島県内ではおおむね市街地半分、郊外半分の比率、ECONモードオフで448.2kmを走り、22.4km/リットル。帰路は鹿児島を出発し、標高1200mのえびの高原、宮崎県小林市から西米良、椎葉、五ヶ瀬、高千穂、さらに熊本は阿蘇外輪山の波野、大分県の日田、高取八山と、九州山地の長大なワインディングロードを経由して下関に至った509.8kmがECONモードオフ、スポーツモード併用で21.4km/リットル。そこからECONモードオン、一般道主体で神奈川県相模原まで走った1027.8km区間が27.2km/リットルだった。フィットハイブリッドのタンク容量は40リットルと小さいが、それでもロングドライブでは1000kmランナーの仲間入りをすることができた。また、幾多の峠を越える九州山地の剣路を含んだ区間で20km/リットルを越えられたことも特筆に値する。お財布への打撃がとても軽く感じられる経済性の高さはロングドライブ派には喜ばしい。

そこまでのスコアはすべてエコランにこだわらず、気持よく走って得られたもの。3000kmも走れば、さすがにクルマのクセもある程度つかめてくる。最後に相模原から青山のホンダ本社までの42km区間でエアコンONの状態で、後続車をいらつかせない範囲でちょっとエコランしてみたところ、しばしば渋滞につかまりながらも燃費計表示で31.2km/リットルまでは伸ばすことができた。路面ドライ、エアコンOFFという条件で丁寧に走れば、JC08モードくらいの数値は十分達成できるのではないかと思われた。

◆ポテンシャルの高いシャシーと、アンバランスなタイヤ

次にシャシー。こちらはサマリーで触れたように、ポテンシャルは非常に高いものだった。コンパクトカーは限られた車幅の中にパワートレインを詰め込まなければならないため、フロントサスペンションのアームを長くしたりストロークを大きくしたりするのが難しい。その制約の中で、フィットハイブリッドのフロントサスはサブコンパクトクラスとしては限界に近いと思えるだけの十分なストローク量が確保されていた。

その設計は、路面が悪くなればなるほど光る。老朽化が著しく頻繁にきついバウンシングを食らう東名高速の沼津付近や、舗装が荒廃しているうえに至るところが枯葉で覆われた国道265号線など、足の出来が悪いモデルだとひるんでしまうようなところでも不安なく、俊敏に駆け抜けることができた。また、フィットハイブリッドはフロントオーバーハングがきわめて短く作られており、普通のモデルだとバンパー下部の奥に設けられた空力パーツを擦ってしまいそうなバンピーな山岳路でもガンガン走れてしまう。クルマに気を使わなくてもすむというのは、ロングドライブを気軽にこなすうえでかなり大事なポイント。フィットハイブリッドはこの点についてはかなり高い点をつけられる出来だった。

このようにせっかく高いポテンシャルを持っているのに、ドライビングフィールを質の高いものにするためのチューニングが甘いのが惜しいところである。一言で言えばアンバランス。試乗車にセットアップされていたタイヤはブリヂストン「ECOPIA EP150」であったが、185/60R15というそこそこ余裕がありそうな寸法のわりにはグリップ力が低く、タイトコーナーでロール角が大きくならないうちに早々音を上げ、「え、もうスキール音?」とびっくりすることが一再にとどまらなかった。

サスペンションのロール剛性は結構高く、もっとグリップ力の高いタイヤを装着することを前提にチューニングされているようなイメージ。エコタイヤ装着が前提ならもっとバネレートやショックアブゾーバーの減衰力を下げたほうがクルマの動きを体感しやすいのにと、惜しく思われた。そもそもこのタイヤはi-DCDの素晴らしいパフォーマンスに対して決定的にプアだ。新車装着タイヤが消耗して交換する場合、同じサイズでも1ランク上のグリップ力を持つタイヤを選択するとちょうど良く感じられるかもしれない。

ロードノイズや外界騒音の遮音は凡庸。また、ルーフの断熱材のスペックもあまり高いものではないとみえて、太陽の照りつけの輻射熱が車内に伝わりやすかった。高性能なハイブリッドシステムにコストを食われて辛いのはわかるが、このあたりを良くすればクルマの質感が大きく高められたであろうことを思うと、ちょっともったいない気がした。

ロングツアラーとして美点に感じられたのは疲労の小ささ。なかでも国産Bセグメントの中ではかなりいいほうだ。筆者は2014年末から2015年頭にかけて、ハイブリッドコンパクトセダン、グレイスで東京~鹿児島を走った。そのグレイスのシートは表皮が本革だったが、長時間連続走行時に座面と大腿部が触れているところのうっ血の度合いは、フィットのクロス表皮のほうが小さかった。

運転姿勢が自然なのも良い。ペダルの配置が良く、ステアリングに正対した姿勢を自然に取ることができる。また、ドライビングポジションの拘束性が低く、シートリフター操作で座面を上げて視点を高く取っても、座面を下げてスポーティな運転姿勢を取っても違和感は僅少。この許容性の高さはなかなかヨーロッパ車ライクだった。

◆高付加価値を狙える味付けを

まとめに入る。フィットハイブリッドは1000km超のロングツーリングを悠々とこなせるだけのポテンシャルは持ち合わせており、広大な居住空間やスクエアで使いやすいラゲッジスペースとあいまって、クルマをとことん使い倒したいというカスタマーにとっては、愛着と信頼に十分以上に応えられそうなモデルであった。が、せっかくのロングツーリングなのだからクルマの走り味を楽しみながら移動したいというカスタマーを満足させるような、打てば響くような操縦感覚は希薄で、高付加価値を狙えるような味付けには不足していた。

もちろんフィットがリアルスポーツのような走りを身につけるべきというのではない。コンパクトファミリーカーなのだから、そこそこ走れれば全然OKなのだ。が、限界性能は低くても、その範囲内でドライバーの意のままに操れるハンドリングというものはある。コストを上げずとも、前後のロールバランスやショックアブゾーバーのフリクションバランスを徹底的に煮詰めれば、ステアリングを切った時にドライバーのイメージ通りにクルマの姿勢を作れるようなものにできるはずだし、ハーシュネスや荒れた舗装面のザラザラ感も軽減させられるはずだ。

ホンダ車で言えば、2代目フィットの初期型やグレイスハイブリッドLXくらいのレベルになれば、アクティビティの高い顧客の満足度が上がり、やっぱりホンダはいいという評判を作ることができるであろう。シャシーのポテンシャルは結構なものがあるのだから、大改良ではそういう仕上がりになることを期待したい。あと、ハイブリッドシステムの変な挙動は徹底して取り去るべし。フィットの顧客は必ずしもクルマの知識が豊富でない層のほうが圧倒多数なのだから、運転の仕方によってはスムーズに走れるというのではダメで、高いフールプルーフ性を持ち合わせていて当然なのだから。

《井元康一郎》

井元康一郎

井元康一郎 鹿児島出身。大学卒業後、パイプオルガン奏者、高校教員、娯楽誌記者、経済誌記者などを経て独立。自動車、宇宙航空、電機、化学、映画、音楽、楽器などをフィールドに、取材・執筆活動を行っている。 著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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