2週間限定公開中の『亜人』…その生い立ちと独自の制作手法

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右)瀬下寛之総監督、左)守屋秀樹プロデューサー
  • 右)瀬下寛之総監督、左)守屋秀樹プロデューサー
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11月27日(金)より、「亜人 -衝動-」が2週間限定公開をスタートした。桜井画門の描く大ヒット人気マンガを劇場3部作とするプロジェクトの第1部にあたる。さらに2016年1月よりテレビシリーズも放送、NETFLIXでも配信を開始する大型企画だ。
不死の存在である“亜人”が発見された世界。高校生の永井圭は交通事故にあった直後に蘇生したことから、国内3例目の亜人であることが判明、警察や亜人管理委員会に追われる身になる。ここから物語はスタートする。

本作のアニメーショ制作を担当するのは、国内有数のCGスタジオのポリゴン・ピクチュアズである。ポリゴン・ピクチュアズは、1983年設立の老舗スタジオ。『トランスフォーマー プライム』や『スター・ウォーズ:クローン・ウォーズ』『トロン:ライジング』などハリウッドの有力スタジオと共に長年アニメーション制作を手がけてきた。デイタイム・エミー賞をはじめとする数々の国際的な賞に輝いている。
そのポリゴン・ピクチュアズが、2014年に日本でのアニメーション制作に乗り出した。『シドニアの騎士』『山賊の娘ローニャ』、これまでと一転して日本アニメ・マンガのスタイルに寄せてきたこと、その映像表現の新しさに関心が集まった。
『亜人』では、それがさらに先に進む。海外とも違う独自のCG表現を創りだすポリゴン・ピクチュアズは、新しいアニメーション映像に挑戦し続けているようだ。ポリゴン・ピクチュアズは『亜人』から何を生み出し、どこに進むのか。
『亜人』の総監督である瀬下寛之氏とエグゼクティブプロデューサーの守屋秀樹氏、ポリゴン・ピクチュアズに所属するふたりにお話を聞いた。

『亜人』 公式サイト http://www.ajin.net/

■『亜人』の企画のはじまり、デジタルアニメーションで表現する日常劇

―『亜人』の企画の立ち上がりから教えていただいていいですか。講談社とキングレコード、それにポリゴン・ピクチュアズ。『シドニアの騎士』(以下、『シドニア』)と似た枠組みではありますが、大きなタイトルですし、それだけが理由でもないと思います。

守屋秀樹氏(以下、守屋)
2013年の秋にキングレコードの中西(豪)プロデューサーから企画を出しませんかと相談をいただきました。ヒットタイトルですし、下手なものは出せないなと思いました。
原作元の講談社さんの中で『シドニア』の山崎(慶彦)プロデューサーが当社を推してくださったようで、最終的に我々が担当させていただくことに決まったんです。

―そのときにまだポリゴン・ピクチュアズ日本の作品は世に出ていない中で、なぜデジタルアニメーションで『亜人』という発想に至ったのですか。

守屋
詳細は分かりませんが、『シドニア』の最初に作った第5話が徐々に出来上がってきた時期で、それをご覧いただけていたのだと思います。「これだったらポリゴンの作る『亜人』を見てみたい」と思っていただけたんじゃないかなと。

―逆に言えば、ポリゴン・ピクチュアズに来る話である以上デジタルアニメーションで作ることが期待されています。しかもかなりの大作となれば、これをどう作るべきと言ったことを考えられたんですか。

瀬下寛之監督(以下、瀬下)
僕は『シドニア』の1期を作っていてちょっと考えにくい時期だったんです。「企画が決まったから」と言われて、「よかったですね」と言ったら、「監督は瀬下だから」と言われて、ちょっと待ってと。(笑)
正直に言えば、『シドニア』はSFだったのでCGで扱いやすい面がありました。もちろんどんな仕事も難しい面はありますが、『シドニア』は主な舞台が巨大な宇宙船の中で、箱庭的な世界観な上に、物資不足で大勢が制服ばかりを着ているような状況ですから、コスチュームも節約できました。
CGのセルルックアニメはまだ黎明期でコストバランスのコントロールが難しいんです。そこで、ロボットだったり、作画でやると大変そうな場面、つまりCGの利点を活かせるモチーフを選びがちです。ところが『亜人』は、もろに日常生活じゃないですか。

―逃走劇になりますから場面も増えます

瀬下
まさにロードムービーで、キャラクターが多いです。ただ、皆さんが期待してくださっている。その期待にどこまで応えられるか正直不安はありましたが、やってみようと。

―『亜人』の映像化を最初に考えられたとき、デジタルアニメーション向き、それともハードルが高い、どちらに思われましたか?

瀬下
正直に言えば、ハードルが高いですよね。だから、CGならではという解釈に引き寄せました。長くCGに携わってきて、我々の個性でもあるCGというツールの長所も短所もよく解っています。『亜人』をアニメとして面白くしつつ、かつツールの利点を活かすためにはどうすればいいか、『シドニア』のノウハウにプラスアルファしていくことで、想像以上にいい結果になったと思っています。

―確かにIBM(*)の黒い粒子の表現は手描きではできないですよね。
*本編に登場する黒い幽霊で亜人の分身のような存在

瀬下
そうですね。IBMはあえて原作のイメージを拡張して、黒い粒子がずっと滞留し続けている感じにしました。実体があるようで、ない。
原作を見た時から、ずっと動き続けてあちこちから黒い粒子がバラバラと漏れていくようなイメージがあったんです。そうすることでCGならではの拡張がされます。それは作画ではなかなか難しいことですから、CGを選択した意味のある存在になったと思います。

■ 映画とテレビシリーズは同時進行、

―実際に制作に入られたのはいつ頃ですか?

守屋
2013年の秋に企画が決まって、14年の頭ぐらいから脚本会議でしたっけ?

瀬下
企画会議はずっと進んでいたのですが、本格的に脚本会議は2014年の5月か6月ぐらいでしたか…。

―ピッチは早い感じですね。

瀬下
ものすごく早いです(笑)

―11月27日から劇場第1部が公開します。その後テレビシリーズになります。それから劇場の第2部、3部。テレビシリーズは劇場版とは異なりますか?

守屋
テレビシリーズは劇場と同時に作っていきましたが、瀬下総監督、安藤監督とも『シドニア』と並行で進んでいたこともあり、途中から担当を明確にしました。劇場版は瀬下総監督が中心、テレビシリーズは安藤監督が中心というかたちです。

―テレビと映画、それにNETFLIXの配信もあります。かなりの大作ですがなぜこんな大きな企画がきちんと通るんですか。秘訣はあるのでしょうか?

守屋
コミックが売れているというのは当然あると思います。ただ当初から「テレビだけじゃなくて映画もやりたい」と話をしていました。それで最初に何部作にするか製作委員会で相談したんです。
テレビシリーズと映画を同時制作のスケジュールや、映画としてのクライマックスをどうするかなどを考えて、最終的に3部作にしてもらいました。
僕が前々から思っていたのは、我々が担当したアメリカの『スター・ウォーズ:クローン・ウォーズ』は冒頭のストーリーをスペシャル番組みたいに映画館で公開したと聞いていました。
日本では現在、1クールに40~60作品がある中でそもそも1話も見てもらえないことも多い。『亜人』は原作の知名度が高いし、その続きをテレビで見られるようにすると、他の作品と差別化もできるし面白いんじゃないかと考えました。映画宣伝はテレビ番組の宣伝と異なる部分があり、作品の知名度が上がりますし、テレビ版を含めたプロジェクト全体でメリットが高いんじゃないかと。そこでテレビシリーズの後でなくて先行でやりましょうと話をしました。

―テレビの総集編的な映画が少なくありません。でもそれは一度テレビで作った素材でやるわけです。そうではなくて同時進行となると、かなり大変だと想像するのですが……。

瀬下
当初はちょっと難しいなとも思った時もありましたが、どうにかきちんとできていますね。

守屋
ベースとなるシリーズの構成や基本設定は瀬下さんが監修した上で、両監督が協力しつつ。映画とシリーズのディレクションを分けられたのが、スムーズにいった要因でしょう。

瀬下
僕の担当は簡単に言うとストーリーと世界観、スタイル。この映像をどういうルックにすべきか、作品全体をどのような様式にすべきかを俯瞰的に構築しました。
これはCGと手描きの違いで、例えばキャラクターの造形を作ったら、よほどのことがない限り絵が崩れたりはしないんですよ。だから、世界観をきちんと作って、開発したストーリー、脚本に基づいてお願いするという分担が可能でした。

―面白いですね。同じ素材から別の監督が映画とテレビを作るという。

瀬下
セットから、キャラクターから、全要素を共有し、様々に使い分ける事ができますから。
映画のほうはとにかくスピード感ですね。約100分間、ノンストップで物語の世界に没入できます。

守屋
シーンもカットしたり入れ替えたり。音も全部映画用に付け直してもらっています。

瀬下
テレビのほうでは、それぞれの心情や状況を掘り下げます。だから、映画とテレビで違った楽しみ方ができるのではないかなと思います。

―劇場をやることで他作品と差をつけるとの話がありました。今回はNETFLIXの配信もあり、劇場、テレビ、配信のコンビネーションは注目度も高いと思います。これはどう組まれたのですか。最初にやるときからこの方法だったのですか?

守屋
2014年8月ぐらいに瀬下が中心になって最初のサンプルの映像を作ったんです。それを『シドニア』の流れがあったNETFLIXにも見てもらいました。「クールだ」と言ってもらえて、その時点でからライセンス交渉を具体化させていきました。
今回は国内も含めてネットに関しては一定期間、NETFLIXの独占というかたちになります。また『シドニア』よりも吹き替えの言語数が増える予定と聞いています。

―逆に言うと、それは『シドニア』がNETFLIXで評判がよかったということですか?

守屋
言語数は、NETFLIXさんの世界展開が加速しているとの理由は大きいのですが、おかげさまで『シドニア』の評判は良いと聞いています。世界各地のユーザーから応援コメントをいただくので、世界でのNETFLIXさんの影響力の大きさを感じています。

―NETFLIXのラインアップで推している作品を見ていると、『シドニア』と『亜人』がここに入っていても全然違和感がないな、むしろぴったりとするという感じです。
あの中に入れる作品は何だろうと考えたら、やはりSF、しかもストーリーのあるSFだと思います。それはNETFLIXに作品を持っていくときに意識されていたんですか。

守屋
最初からそれを狙って『シドニア』を制作したわけではありません。『シドニア』の製作委員会では、北米での権利窓口を担当させてもらったのですが、当社社長の塩田と「新参者でもある我々は日本のアニメ業界の慣習に縛られずに新しいライセンス営業をしてみよう」と、米国の配信各社を中心に交渉にあたりました。
『トランスフォーマー プライム』『トロン:アップライジング』といった米国で知名度のある作品の制作をしていたことや、原作の弐瓶勉さんの知名度などが後押ししてくれました。

■ 『シドニアの騎士』から『亜人』、その変化

―映像のルックやスタイルについて伺わせてください。『シドニアの騎士』を受け継ぎつつより独特のタッチです。これはどなたの考えだったのでしょうか。『シドニア』との違いは何ですか。

守屋
最初にテスト映像が出てきたときに、瀬下と相談をして、もうちょっと『シドニア』のルックや色合いに近づけてほしいというオーダーをだしました。そこでディレクター・オブ・フォトグラフィーという肩書きで『シドニア』の副監督の吉平(直弘)にも入ってもらって、どういうルックにするか協議を重ねました。

瀬下
ルックは『シドニア』のファンがパっと見で「これはシドニアかも」と類似に見られる状況を維持しながら、ただ、観劇が終わった時に、トータルでは『シドニア』とは違うという印象になるように設計しました。
『シドニア』との違いとしては、演出陣に方針を伝え、ドキュメンタリータッチの視点を多用しています。また『シドニア』であまり描かなかった、さりげない生活芝居を増やしています。
例えば部屋の角にある監視カメラのような視点。報道カメラマンがどこかに隠れ、遠くのほうを望遠でのぞき込むような視点。誰かがそれを記録している、のぞき見ているという視点ばかりにしているんです。作品のムードを『シドニア』よりもずっとシリアスに、日常に起こる非現実という状況のムードを高めるためです。

―マンガの絵がそのまま動いたみたいな印象を受けます。それはキャラクターアニメーションのフルCGとも、作画に近づけたセルルックとも違います。

瀬下
僕らが日本の伝統的なアニメのルックに近づこうとするほど出てくる違和感があります。手作業の修正、加筆で手描きアニメの雰囲気に近づけるべきか、「シドニア」初期段階ですごく悩んだ時期がありました。ただ、そこはサンジゲンさんやグラフィニカさんがやっておられて、既に優秀な作品が出ています。
独自性や個性を追求すること、CGスタジオらしい映像解釈にしようとふっきれて、結果としては、日本のマンガがそのまま色がついて動いていくような感覚を目指しています。傷のような汚れのようなタッチだったり、魅力ある様々なマチエールを自分たちの映像に盛り込んでいるのもその思想の一環です。

―今回はそれがアニメーションになって、しかも2次元ではなく3次元になって、かつマンガ的な味わいもあります。

瀬下
ただちょっとでも踏み外す、やり過ぎてしまうと違和感が溢れ出すんです。そのバランスを今も探し続けているところですね。

守屋
僕らはいつも「ポリゴン・ピクチュアズとして独自なものを」と思っているんです。ただ、新しさだけ追求して、市場性とのバランスを大きく踏み間違えると視聴者の方々に「僕らが見るものじゃない」と思われてしまう。新しいと感じていただきつつ、興味をもって物語の最後まで視聴いただけるさじ加減については、常に試行錯誤しています。これからもずっとするでしょうね。

瀬下
僕自身ずっとCGやVFXを作ってきて、独自のジャンルを形成しなければと意識は強いです。日本のマンガが動いていくという手法の追求をすることで、将来的にはアメリカのグラフィックノベルやヨーロッパのバンドデシネのようなものも動かしたいですね。

―確かにその部分では日本のセルルック以上に表現できるかもしれないですね。

瀬下
『シドニア』を始める前から5年後、10年後を意識しています。『亜人』では日常生活を描くという難易度の高いチャレンジができて、我々の手法の可能性が広がりました。独自ジャンルの確立という事を、引き続き意識していこうと思っています。個性がないと埋もれてしまいますから。

―以前にポリゴン・ピクチュアズはCGアニメーションではなくてデジタルアニメーションを目指しているというお話がりました。それは今でも同じなのですか。

守屋
そうですね。

―逆に言うと、その違いは何になるんでしょうか。

守屋
いわゆるCGアニメと、我々がやってきたものでは『クローン・ウォーズ』とか『トランスフォーマー プライム』。これらはフルCGなんですよ。背景も立体だし、キャラクターやルックも立体感を強調しています。

瀬下
そうですね。比較的フォトリアル方向なルックです。

守屋
ただ『シドニア』や『亜人』の背景は、立体で作っている部分もあれば手描きで作っている部分もあります。CGアニメというとフルCGアニメとユーザーに思われてしまいますので、「デジタルアニメーション」としています。

―それは差別化でもありますか?

守屋
はい、差別化しています。『シドニア』も『亜人』も、簡易な3Dモデルをベースに、パースをあわせた形で、日本の実績のある2Dスタッフに背景を描きこんでもらっているシーンが多いんです。この背景とセルルックCGキャラクターとあわせた表現は独特だと思います。大きな差別化になっていると思いますね。

瀬下
いわゆる3DCGアニメの工程に、場合によっては敢えて手描きでタッチを入れていくことも考えています。それはセルルックに似せるのではなく、グラフィックノベル的なマチエールを足していきたいのです。ですから、3DCGだけにこだわらないという意味で「デジタルアニメーション」というくくりかたを気に入っています。 

(後編に続く)

劇場アニメ3部作 第1部『亜人 -衝動-』
11月27日(金)より TOHOシネマズ新宿ほかにて2週間限定公開
PG-12指定
配給:東宝映像事業部   

TVシリーズ:2016年1月15日(金)よりMBS・TBS・CBC・BS-TBS“アニメイズム枠”にて順次放送開始

「亜人」、アニメ映像の新たな挑戦と新時代 瀬下寛之総監督、守屋秀樹プロデューサーに訊く:前編

《animeanime》

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