【フィアット 500S 900km試乗】“あばたもえくぼ”と思わせる色褪せない魅力…井元康一郎

試乗記 輸入車
フィアット 500S ツインエア
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イタリアの自動車メーカー、フィアット社が作るコンパクトカー『500S』を960kmにわたってロードテストしてみたのでリポートする。

500の初代モデルがデビューしたのは1957年。07年、フィアットがその初代発売50周年を記念してリリースしたのが現行500である。欧州デビューから数えて今年3月で丸8年が経過するという長寿モデルだが、その間欧州市場のAセグメントにおいて次々に登場するライバルモデルをことごとく退け、不動のトップセールスモデルとして君臨してきた。

試乗した500Sは、スポーツ色を前面に押し出したグレード。エンジンは最高出力85馬力、最大トルク145Nm(14.8kgm)を発生する排気量875ccの直列2気筒ターボ「ツインエア」。ツインエアは吸気バルブをカムシャフトではなく油圧で自在に駆動する独創的な構造を持っており、普段はスロットルボディを用いず、バルブのリフトとタイミングの量的変化だけで出力を調整している。また、吸気バルブを早く閉じることで出力をコントロールする、量産エンジンとしては世界唯一のバルブ早閉じ型ミラーサイクルエンジンでもある。燃費測定ではCVTに比べて不利な5速手動変速機仕様ながら、JC08モード走行時の公称燃費は26.6km/リットルと、クラストップレベル。

試乗ルートは東京・葛飾~千葉・木更津の混雑した市街路の往復と、東京・葛飾と長野・信濃大町から後立山連峰に続く山岳路の先にある葛温泉との往復で、総走行距離は960km。うち、燃費を計測したのは905km。行程の8割は2名乗車でエアコンはデフロスター時以外はOFF。ターボ過給圧を制限してエンジンの効率の悪い領域で走る割合を減らすECOスイッチを装備しているが、行程の8割はOFFで走った。

ドイツ人も認めるその魅力

まずは総論から。フィアット500Sはデビュー後8年という歳月を経てなお、きわめて魅力的なコンパクトカーだった。

イタリア車の魅力といえば、ガチガチのサスペンションで強引に曲がるやんちゃさ、ピーキーで個性のハッキリ出るエンジン、剛性や精度感に欠けるがセンスに溢れたスタイリングのボディ等々というイメージがある。デザイン重視で作られた500Sもさぞそういう性格なのだろうと事前に予想していたが、果たしてそれは大外れもいいところで、強固なボディシェルと良く動くサスペンションを持ち、Aセグメントとしては出色の完成度のモデルであった。

速度域の低い混雑した市街地では揺すられ感がやや強く、ピッチングも大きめだが、高速巡航や山岳路などロングツーリングにおいては、今日の軽自動車よりも短いわずか2300mmというショートホイールベースであることを忘れさせるような、抜群のスタビリティと旋回性能、そして良好な乗り心地を示した。巡航時における揺動の収束のしかたやワインディングでの路面に練りつくような走行感は、昨年秋に長距離試乗レポートをお送りしたフォード『フィエスタ』にそっくりだった。

エンジンは相当に軽量なフライホイールを使用しているとみえて、吹け上がりが鋭く、わずか85馬力とは信じられないようなスポーティーなフィールを示す。試乗時にスペックをチェックしておらず、ECOスイッチオフのときのパワー感から、てっきりヨーロッパで売られている105馬力版と信じ込んでいたくらいだった。

有効トルクが出る回転数がやや高めの2気筒であることとフライホイールの慣性質量が小さいことから、普通のクルマの感覚でクラッチミートするとエンジンストールしそうになるし、5速MTもクロスレシオでないため、燃費向上を意図して早めにシフトアップすると回転数不足でスナッチ(ガクガクという振動)が発生する。が、秀逸なレトロモダンスタイリングのモデルというキャラクターが、そんな気難しさをも個性と思わせてしまう。

筆者は長らくフィアットと付き合いがなく、500には2011年にツインエアエンジン搭載モデルの撮影に立ち会ったときに転がす程度に乗った程度。自分にとってのフィアットは、イタリア在住時に同級生が乗っていたスポーツハッチバック『リトモ130TC』や、雑誌社に勤めていた時代に同僚が乗っていた『ウーノ ターボi.e.』のそれ。まともに乗った最後のモデルは『クーペ フィアット』だ。それらの旧世代モデルと500Sは、もはや異なるメーカーが作出したと言ってもいいくらいの違いがある。

500が欧州でデビューした翌08年3月にプライベートでドイツを旅していたとき、ボン郊外のホテルの窓からライン川沿いを長大な自動車運搬列車が走っているのが見えた。その列車に乗っているのは全部500だった。ドイツ人ジャーナリストが言うには、イタリア車を馬鹿にする傾向があるドイツ人が歴史上初めて心から熱狂したイタリア車なのだとか。当時、それはひとえにデザインのなせるワザだと思っていたのだが、実際に乗ってみると、決してデザインだけではなく、ドライブしても楽しく、また信頼感も持てるクルマであったからだったのかと、今更ながらに思った次第だった。

セッティングにも遊び心

では、クルマの各ファクターやドライブの様子について述べてみる。まずはクルマに乗り込んでみる。500は全長3585mm、全幅1625mmと、今日の乗用車としてはミニマムに近い寸法である。軽自動車よりは大きいが、ドアの厚みや傾斜のきついリアセクターなど、デザインに相当の寸法を割いているので、体感的な室内スペースはかなり小さい。横方向についてはパッケージングを工夫した軽自動車と同等、縦方向では軽自動車よりも明らかに狭く、リアシートに人が乗る場合は運転席の座面調節機構を高めに取るといった工夫が必要。2+2クーペのように、1人ないし2人乗車がメインのモデルである。

外観にも増してスタイリッシュと評されたインテリアの造形自体はノーマルモデルと同じだが、インテリアカラーはブラック基調で、ダッシュボードの加飾パネルはシルバー調。精悍なイメージはあるが、エクステリアカラーとコーディネートされた加飾パネルの差し色が映えるライトアイボリー基調のノーマルのほうがお洒落さでは上だろう。

次にシャシー性能。乗り心地は項目によって優劣がはっきりする。市街路では、全般的にとりたてて優れたものとは感じられない。道路の段差や大きめの舗装修復の盛りなど、単独の不整の乗り越えについてはとてもよく処理されている一方で、減速をうながすことを目的とした厚さ数ミリの段差舗装が連続するようなところでは、上下の揺すられ感は強めだった。また、2300mmというショートホイールベースの宿命で、アンジュレーション(路面のうねり)を通過するときもピッチング(縦方向の揺れ)がきつめに出る。

が、面白いことに、速度域が上がる地方道、山岳路、高速道路などでは別物のように素晴らしいフィーリングに変貌する。最も秀逸だったのは高速巡航。とくに速い流れに乗って走ったときの安定感の高さはAセグメント離れしていた。山岳路での運動性能もきわめて良かった。コーナリングで横Gがかかったときの外側フロント、リアの沈み込みのバランスはとても良いもので、タイトコーナーでもぐらついたりせず、弱いアンダーステアを保ちながら鼻先がクルリとコーナー出口に向く。ホイールベース2500mm台のモデルと比べても一歩も引けを取らない動きだった。このサスペンションセッティングは、5速MTと並んで500Sの最大のハイライトと言える。

サスペンションセッティングでもうひとつ、とても興味深く感じられたのは、加速感の演出。静止時からのスタートやコーナー出口での加速など、Gがかかったときにリアサスがくいっと沈み込み、軽く頭を持ち上げたところでぐっと踏ん張る。この味付けによって、85馬力にすぎないエンジンパワーながら、まるで大型エンジンを搭載したホットハッチに乗っているような気分にさせられるのだ。こういう遊び心は昔ながらのイタリア車を彷彿とさせられるところだ。

ロードノイズの処理については意外なくらい優秀で、少々荒れた舗装でも気にならない。ノイズレベルが絶対的に小さいというわけではないのだが、擬声語で表現すれば“ガーッ”という耳を突く音ではなく“コォーッ”という抑制された音として伝わってくる。

ツインエアエンジンおよび5速MTも、500Sのドライブを楽しく感じさせるポイントであった。1010kgの車重に対し、排気量875ccと小さい排気量の組み合わせだが、基本的には十分な動力性能を持つ。東京~千葉間では最大トルクが100Nm(10.2kgm)に制限されるECOスイッチONの状態で走ったが、取り立ててトルク不足を感じることもなかった。

もっとも、楽しさという観点ではECOスイッチOFFがONを断然上回っていた。ONの状態では、ブースト圧が制限されるのに加え、ほぼ全域で熱効率の高いミラーサイクル運転を行うが、OFFの場合は中間域でより高いパワーを発揮するオットーサイクル領域まで使う。両者のパワー感の違いはかなり大きく、OFFのほうが機敏に回転が上がる。中高回転域では4気筒とも3気筒とも違う、シャアーンという2気筒特有の甲高いエンジン音を立て、一風変わった爽快感を味わえる。

5速MTは先に述べたようにクロスレシオではなく、段ごとの変速比は離れている。燃料をもったいながって早めにシフトアップすると、2気筒の苦手な1500rpm以下でつながってしまい、ブルブルという共振がかなり強めに出る。ツインエアは少々回し気味に走ってもそう燃費は落ちないので、エコランでも2000rpm台後半くらいまでは回してからシフトアップしたほうがつながりがよかった。5速100km/h巡航時のエンジン回転数は約2500rpmだった。

30km/リットルも可能? ツインエアのエコ性能

さて、フィアットパワートレインテクノロジーズの看板技術であるこのツインエアエンジンは、エコ性能をセールスポイントのひとつにしている。直噴式ではないが、吸気バルブをカムシャフトでなく油圧で動かすという独特の機構によって、バルブタイミングをミラーサイクルからオットーサイクルまで自由自在に制御することを可能にした。

そのエコ性能についても試してみた。筑波山近くの空いた平坦な道路で巡航燃費の様子を瞬間燃費計で見てみたが、スロットルワークに神経を使えば、おおむね40km/リットル台後半で失速させずに延々と走ることができることが確認できた。また、クラッチを切り、燃料カットが行われない状態で空走してみたところ、20km/hくらいまでは30km/リットル以上を保った。ミラーサイクル領域をうまく使いつつ、アイドリング時の燃料消費量の少なさを生かして燃料カットより空走距離を伸ばすことを念頭にエコランを行えば、信号の少ない郊外路では30km/リットル前後の燃費を記録することができそうだった。

が、高効率な領域を積極活用してエコランを行う場合、2気筒の振動が大きく出るなど、せっかくの爽快感がスポイルされてしまう。500Sはガタガタ言わせながらエコランするよりも元気良く走らせたほうが断然楽しく、ドライブ開始後しばらくしてエコモードをOFFにし、あとは終始思うがままに活発に走った。905kmを走って合計42.1リットルのプレミアムガソリンを補給。満タン法での燃費は21.5km/リットルとなった。

“あばたもえくぼ”と思わせる商品力

ハードウェアのインプレッションはまあ、こんなところである。が、このクルマはこと、ハードウェアを云々しても仕方がないクルマなのだと感じたのも確かだ。500Sをエコカーという理由で購入するカスタマーはほとんどいまい。購入動機の大半は、形や内装が可愛い、イタリアのコンパクトに乗ってみたい、変わったパワートレインを楽しみたいといったものであろう。

そこへもって、「低速ではアンジュレーションやハーシュネスの受け入れにちょっと難があるよ」「リアシートが狭いよ」「ツインエア+5速MTをスムーズに走らせるのにはコツがいるよ」などとネガティブ要素を挙げてみたところで、ほしい人にとっては耳を貸す価値もない情報でしかないことだろう。

このことは、Sだけでなく、500シリーズ全体を高付加価値商品たらしめている要因となっている。500は欧州Aセグメントのトップセールスモデルだが、価格はフォルクスワーゲン『up!』やプジョー『108』、さらにはプラットフォームを500と共有しているフォード『Ka』など同クラスのライバルモデルに比べてずっと高い。また、欧州市場では魅力的なカスタマイズプランが山ほど用意されており、それを加えた平均売価は、もはやAセグメントの領域を完全に逸脱している。それでもカスタマーがついてくるのは、一にも二にもアイキャッチ性抜群な内外装のデザインがあればこそだ。

強烈に惹きつけられるポイントがあれば、他の良い点はさらなるイメージアップに寄与し、悪い点は我慢する気になるものだ。500シリーズ以外でも、プレミアム性を帯びた商品は大なり小なりそういう面を持っている。いくつか例を挙げてみると、BMW『3シリーズ』は、ワインディングロードで前を走る他のクルマの動きの悪い部分がはっきり見て取れるほどにコーナリング姿勢が素晴らしいから、内装が安っぽいことなどどうでもいい。トヨタ自動車の新型『ヴェルファイア』は、同乗者を驚かせるような豪華な内装と圧倒的にフラットライドな乗り味を持っているから、ワインディングで走りが破綻気味になることなどいくらでも我慢できる。メルセデスベンツ『Aクラス』は、まるでSクラスのようなフロントマスクとCセグメントとしては流麗至極なシルエットを持っているから、走りの質感でフォルクスワーゲン『ゴルフ』に大幅に劣っていてもなお惹きつけられる――といった具合だ。

悪い部分も“あばたもえくぼ”と思わせてしまうようなワンポイントを持っている商品は強い。単に愚直にモノを作るだけが自動車ビジネスではないのだということを500は示している。その中で、アバルトを除いた日本でのラインナップ中唯一のMTモデルである500Sは、これが好きと思えるカスタマーにとっては、今もってためらうことなく乗っていいクルマだと思われた次第だった。

《井元康一郎》

井元康一郎

井元康一郎 鹿児島出身。大学卒業後、パイプオルガン奏者、高校教員、娯楽誌記者、経済誌記者などを経て独立。自動車、宇宙航空、電機、化学、映画、音楽、楽器などをフィールドに、取材・執筆活動を行っている。 著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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