【ホンダ グレイス 3300km 試乗】優れた走行フィールと「世界戦略」の影…井元康一郎

試乗記 国産車
ホンダ グレイス 3300km試乗。桜島をバックに記念撮影
  • ホンダ グレイス 3300km試乗。桜島をバックに記念撮影
  • 熊本・鹿児島県境にて
  • 「ダンロップSP2030」185/55R16タイヤ。トレッド、サイドウォールともしなやかさはあまりなく交換時は1クラス上を試すのも良いかも
  • LEDヘッドランプ装備
  • アコードハイブリッドとの血縁を感じさせる
  • グレイスのドアミラー。大型で見やすい
  • グレイスフロントビュー。鳥取砂丘にて
  • グレイスリアビュー。鳥取砂丘にて

昨年12月にデビューしたホンダの新型ハイブリッドセダン『グレイス』を3300kmにわたって試乗する機会を得たのでリポートする。

グレイスは全長4440×全幅1695×全高1475mmという5ナンバーサイズの4ドアセダン。日本ではまったくの新規モデルだが、グローバルではASEAN、南アジアで『CITY(シティ)』の名で売られている世界戦略モデルである。ただ、アジア向けモデルを日本でそのまま売っても商品力不足。そこでホンダは1.5リットルミラーサイクルエンジンと電気モーターを組み込んだ変速機からなるパラレルハイブリッドシステムを与え、ハイブリッド専用車として売り出した。

試乗車は最高グレード「EX」のFWD(前輪駆動)で、オプションの本革シート、ナビゲーションシステムが装備されていた。下位グレードよりグリップ力の高いタイヤを装着していること、また車両重量が1200kgと、燃費測定における重量区分のしきい値を5kgオーバーしていることなどから、JC08モード走行時の公称燃費は他のグレードに対して3km/リットル落ちの31.4km/リットルとなっている。

◆状況次第でアコードハイブリッドを超えるフィール

試乗ルートは東京~鹿児島の往復。往路は山陰、復路は山陽を経由し、どちらも一般道を主体としつつ、都市部や混雑が予想される区間を有料道路で適宜迂回するというパターンで走った。1名乗車、エアコンはオート。また、往路と鹿児島県内の移動はエコモードスイッチオン、復路はエコモードスイッチオフおよびスポーツモードで走行した。

まずは走行フィールから。グレイスのサスペンションセッティングは、最近のホンダ車とはおよそ異なるテイスト。ショックアブゾーバーの減衰力をあまり大きくせず、ロールを抑制することよりサスペンションをスムーズにストロークさせるというものだ。クルマ選びにさいして乗り心地を重視するセダンユーザーに配慮したものと思われるが、そのチューニングはグレイスのロングドライブ耐性を引き上げることに大きく貢献していた。

クルマの基本部分の多くを共用する『フィット』や『ヴェゼル』に比べて改善された第1のポイントは乗り心地。5ナンバーのコンパクトセダンとしてはフラット感は最上レベルで、良路だけでなく舗装状態の良くない老朽化路線でもホンダ車にありがちだったアンジュレーション(路面のうねり)通過時の揺すられ感も小さい。状況によっては2クラス上の『アコードハイブリッド』より良いくらいだった。

サスペンションは柔らかいが、ドライバビリティについてもフィットやヴェゼルよりもずっと良いレベルに仕上がっていた。箱根峠、山陰側から津和野を経由して山陽側に抜ける国道9号線、大阪から伊賀に抜ける国道163号線など、ルートにはハンドリング性能を試されるような多くのワインディング区間があった。果たしてそういうルートでのグレイスの身のこなしは、地味なボディデザインに似つかわしくないくらい俊敏だった。

コーナー手前のブレーキングによるノーズダイブや横Gがかかった時の前外輪の沈み込みは大き目だ。が、クルマの荷重移動はスムーズで、頭であれこれ考えなくてもクルマの動きを体で感じながらワインディングをしなやかに、いいペースで駆け抜けることができる。サスペンションがガチガチなヴェゼルよりよほどスポーティで、ヴェゼルもこういう味付けにすればよかったのにと思われた。電動ステアリングのチューニングが雑なのはホンダの他のモデルにも通じる弱点だが、フィットと違ってクルマの姿勢から走行状況を掴みやすいため、ステアリングからの情報のフィードバックが薄いことはあまり気にならなかった。

乗り味の面でもったいないのは、コーナリングやレーンチェンジにおいて、クルマが若干よれるような動きが残ってしまっていること。とくにコーナリング時は、外側サスペンションが沈み込んだときに内側が浮き上がり気味な傾向があった。クルマの動き自体はしっかりしているのに、ハンドリングの精度感が落ちてしまっているのだ。

縮み側、伸び側ともに柔らかいショックアブゾーバーでクルマの動きをピタッと安定させつつ良好な乗り心地を保っている例にフォルクスワーゲン『ゴルフ』があるが、「フォルクスワーゲンのように対角線ロールで素晴らしい動きと乗り味を両立させている裏側には、機械的な解析ではわからない隠し味がある」と、トヨタ自動車の実験部隊のひとりが言うように、とても難しい。BMWやフォードがやるように、縮み側をしなやかに、伸び側を引き締めるという方向で煮詰めていくのが今日の主流。もう一歩サスペンションセッティングの煮詰めを進めれば、路面にべったりと貼り付くような乗り味となり、単に疲れないだけでなく、カスタマーに良いクルマを運転しているという喜びを感じさせるレベルになろう。今後の進化に大いに期待したいところだ。

惜しいところは他にもある。低速域でのハーシュネスカットは若干甘い。また、突起物や段差を乗り越えたときに、ボディシェルにバスケットボールを手で引っぱたいたときのように微小な共振が残るのも対策したいところ。液体を封入したインシュレーターを叩いたときのように共振が一発で消えるようになれば、質感は俄然高まるはずだ。

このところクルマの乗り味が崩壊気味だったホンダだが、一時、乗り心地について劇的に良い味を出していたことがある。具体的には4代目『オデッセイ』と現行『CR-V』。どちらも不人気車種で、その味は世間にほとんど知られることなく終わってしまったが、どちらもブラインドテストをしたら、どこのプレミアムセグメントかと思うであろう上質な走行フィールだった。現状のグレイス程度のチューニングはやろうと思えばいつでもやれたはずで、これを機にクルマの味付けをもう一度高めていってほしいところだと思われた。

◆ロングドライブに重要なシート性能は

次に、クルマの動きと並び、ロングドライブで重要なファクターであるシートの出来について。フロントシートはヴェゼルとほぼ同じ設計で、人間工学が発達した今日においてはアベレージは超えるという程度の出来だ。

今回のロングドライブのなかで休憩なしの連続運転時間が最も長かったのは浜松の道の駅塩見坂から滋賀・大津までの3時間半。その間、お尻が痛くなったり座るのが辛くなったりといった致命的な不都合は生じなかったが、長時間座っていると大腿部の座面と接している部分が若干うっ血気味になってくる。2013年の夏に同じホンダ車の軽自動車『N ONE』で東京~鹿児島間をドライブしたのだが、そのN ONEのシートは長距離走行でも体をふわりと受け止め、滑りも少なく疲れは極小という、軽自動車の枠を超え、国産上級車の中に混ぜてもトップレベルと言える優れものだった。欲を言えばそのレベルの仕上がりがほしい。

それでもヴェゼルと比較すれば、シートは同じでも乗り心地がはるかに滑らかなため、振動・揺動の吸収をシートに過度に依存することがなく、疲れの度合いは小さかった。そこそこ健康な人であれば、1000km超のドライブでも大きなストレスを感じずにすむことだろう。

ちなみに筆者はすべての区間を自分で運転したため体感することはなかったが、鹿児島滞在時に同乗した人たちからは、後席の快適性について絶賛の嵐だった。普段は大型セダンでも跳ね気味になるような区間を通過してもシートが体に吸い付くようで、揺れを感じないとのこと。アコードハイブリッドのときにはそのような感想は出てこなかったので、よほど良く感じられたのだろう。

◆動力性能は十分、欠陥は払拭できているが…

パワートレインは高効率な1.5リットルミラーサイクルエンジンに電気モーターを内蔵するデュアルクラッチ式自動変速機を組み合わせたパラレルハイブリッド「i-DCD」。2013年秋にフィットに初搭載された新鋭システムだったが、度重なるリコールですっかり信用を落としてしまったといういわく付きのものだが、今回のドライブでは“これは明らかにおかしいだろう”と感じられるような挙動は一度も表れず、とりあえず欠陥品のそしりは免れるというレベルには達しているように思われた。

が、欠陥のような動きではないものの、クルーズ中、エンジン停止状態から起動するかしないかの境界線でハイブリッド制御が迷って加速しないという挙動は数回みられた。これは燃費をそれほど重視していないヴェゼルのリコール対策後の個体では一度も出なかった現象で、燃費を向上させるためにハイブリッドシステムに最大限仕事をさせようとしていることが裏目に出ているのではないかと推察された。ちなみにすべて緩い下り坂で表出した。

3300kmが平均的なドライバーの約3か月分に相当する旅行距離で、その現象は出ても1か月に1、2回か。その程度の制御の迷いは普通のクルマでもあることでもあるし、スロットルを再度操作すれば解消するので目くじらを立てるほどのものではないが、リコールで地に落ちた信用を回復させる必要があることを考えれば、できれば取り切ったほうがいい。

動力性能は、コンパクトセダンとしては傑出した高さであった。エンジン出力とバッテリー出力を統合したシステム出力は137psもあり、山岳路の急勾配、高速道路やバイパスでの追い越し加速など、あらゆるシーンで動力性能不足を感じることは皆無だった。パワー感はライバルである『カローラハイブリッド』の比ではなく、VWゴルフの1.4リットルダウンサイジングターボやトヨタ『プリウス』と同等だった。気になった点はエコモード、ノーマルモードともキックダウンのレスポンスが明らかに悪かったこと。これもハイブリッドシステムに最大限仕事をさせて燃費を稼ごうとした代償と思われるが、ドライバビリティを向上させるためにもスロットル開度を大きく取ったときには潔くシフトダウンさせてほしい。

帰路では一部区間でエンジンが常時駆動する「Sモード」も試したが、こちらはレスポンスの悪さはまったく感じられなかった。パワー感は137馬力という額面を大きく超え、2リットル級の、それもハイパワーチューンエンジンを搭載しているのではないかというくらいのものだった。

◆「世界戦略車」が日本で受け入れられるか

欠点についてもいろいろ書いたが、総じてグレイスは、機械設計としてはとても良いクルマに仕上がっていた。長距離ドライブ時の疲労感は少なく、ハンドリングも非常に素直で神経を使わない。静粛性もフィット、ヴェゼルより格段に高かった。フロントシートが良くなれば、それこそミニアコードハイブリッドのようなダウンサイジング上級セダンになれるだけの資質は持っている。

Bセグメントセダンは新興国需要が主体で日欧米では需要が低いという事情から、ライバルが少ない。唯一の直接対決相手はカローラハイブリッドだが、それとの比較では後席のヘッドクリアランスとパワートレインのスムーズネス、低速域での燃費以外、ほぼ全面的にグレイスのほうが大幅に優れている。1クラス上のCセグメントハイブリッド、プリウス相手だと、マイナーチェンジ前ならグレイスが勝ち、マイナーチェンジ後、およびプラグインハイブリッドなら、中距離まではプリウスの勝ち、長距離ではグレイスの勝ち。プリウスより静粛性、乗り心地に優れる『アクセラハイブリッド』との比較ではテイスト部分ではさすがに力負けするが、居住感では互角以上…といったところか。

ホンダにとって痛いのは、これだけ商品力を高めたコンパクトサルーンを作っても、カスタマーに高い付加価値を見出してもらえていないこと。障壁となっているのはひとえに、ベースとなったアジア向けモデルの、ダンゴムシのようなどんくさいスタイリングと、フィットよりはマシだが依然としてビジーな内装デザインだ。この残念なスタイリングが化粧直しではなく根本的に改善されない限り、カスタマーはグレイスを高付加価値セダンとみなすことはないだろう。ホンダもそれを自覚しているから、カローラハイブリッドより格段にコストがかけられ、性能全般で大幅に上回りながら、カローラと似たような値付けをしているのだ。

コンパクトセダンのカスタマーは軽自動車のベーシックライン、高級車と並び、最も保守的で、トヨタと日産自動車がガッチリと顧客を握っている。その顧客をホンダが奪うのは容易ではない。「単にハイブリッドカーにしたら振り向いてくれるような甘い世界ではない」(静岡のホンダディーラー幹部)のだ。その難しいチャレンジを成し遂げるには、まずトヨタ、日産のセダンを買うよりこっちと思わせるようなアイキャッチ性がなければ、ディーラーに来てもらうという第一関門を突破できない。グレイスは、その一番大事なデザインフォースを欠いているのだ。

ホンダも本来なら、もっと日本のカスタマーへの受けが良いデザインのモデルにしたかったことだろう。が、ホンダは今、日本メーカーの中でも一番の薄利多売地獄に陥っており、日本専用モデルを立ち上げる余裕がない。かといって、アメリカ、EUを見渡しても『シビック』のデザインは現地ですら不評で、日本好みになるわけでもない。結局、同じ日本好みでないなら、アジアンモデルを持ってきて、5ナンバーという触れ込みだけで売るくらいしか選択肢がなかったのだ。これはグレイスの開発部隊の問題というより、ホンダをどういう会社にしたかったのかということについてピンボケなまま拙速に世界販売台数だけを追ってしまった経営側の問題だろう。もったいない話である。

《井元康一郎》

井元康一郎

井元康一郎 鹿児島出身。大学卒業後、パイプオルガン奏者、高校教員、娯楽誌記者、経済誌記者などを経て独立。自動車、宇宙航空、電機、化学、映画、音楽、楽器などをフィールドに、取材・執筆活動を行っている。 著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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