【インタビュー】自動運転化時代のメインプレイヤーの地位を狙うNVIDIA、その戦略は…自動車部門トップに聞く

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NVIDIA オートモーティブディレクターのダニエル・シャピロ (Danny Shapiro)氏
  • NVIDIA オートモーティブディレクターのダニエル・シャピロ (Danny Shapiro)氏
  • OSにとらわれず対応が可能なオートモーティブコンピューティングプラットフォーム
  • カメラの画像認識。WXGAの映像120FPSのリアルタイムで認識可能
  • NVIDIA製の車載向けSoC
  • 展示場で披露された製品デモ。液晶メーターパネルのメーターデザインを自在に変更が可能。
  • 車両カスタマイズの製品デモ。GPUの描写性能により実物のような質感をもたらしている
  • NVIDIA オートモーティブディレクターのダニエル・シャピロ (Danny Shapiro)氏
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7月16日、GPU (Graphics Processing Unit) ベンダー大手のNVIDIAが、自らの最新テクノロジーを紹介するイベント「GTC Japan 2014」を開催した。

NVIDIAはもともとワークステーションやパソコン向けにGPUを供給してきたが、近年はスマートフォンやタブレット端末、さらに自動車の車載端末向けの汎用プロセッサー市場にも注力。とりわけ自動車分野では、アウディとの協業を筆頭に存在感を増してきている。

今回、筆者はNVIDIA オートモーティブディレクターのダニー・シャピロ (Danny Shapiro)氏に単独インタビューを実施。同社の自動車市場に対する姿勢や今後の戦略について話を聞いた。

◆スパコンの処理能力を、クルマに普及させていく

----:NVIDIAにとって自動車市場の位置づけはどのようなものなのでしょうか。

ダニー・シャピロ氏(以下敬称略):NVIDIAは非常に広範な領域でビジネスを展開しています。ゲーム向けのグラフィックス市場は有名なところですが、他にもプロ向けのグラフィックス市場、データセンター市場など多岐に及びますが、とりわけ自動車向けの市場は注力している分野です。

ここでIoT (Internet of Things : IoT)市場という見方をしますと、今はスマートフォンがインターネットを牽引する時代から、その対象領域が広がってきています。ゲーム機やタブレット端末からクルマの車載端末まで、要素技術で見れば同一のアーキテクチャが展開されて、IoT市場を大きく構成するようになっているわけです。

-----:自動車市場でも、ここ数年で一気にスマートフォンの世界で起きた"スマート化"の波が訪れていますね。

シャピロ:そのとおりです。そして、そこでは従来よりもはるかに大きなプロセッサーの処理能力が求められるようになってきています。(スマートフォンの登場で起きたのと同様に)クルマもまた変化し、進化してきている。

----:NVIDIAは自動車市場に対して、どのような姿勢で臨んでいるのでしょうか。

シャピロ:まず、NVIDIAは様々な形で自動車市場との関係を持っています。例えば、自動車設計の分野では古くからCADシステムにおいて我々のテクノロジーが用いられており、今日ではほぼすべてのクルマがNVIDIAのCADシステムを用いてデザインされているといっても過言ではないでしょう。

また最近では、単なるデザインだけではなく、設計シミュレーション分野にも進出しています。仮想的な衝突安全試験や空力性能を試すための風洞実験などにもNVIDIAのGPUパワーが用いられており、開発の効率化に貢献しています。

そして今まさに力を入れているのが、車載端末の分野です。我々はスマートフォンやタブレット端末にとどまらず、高性能PCやデータセンター端末などで、より高性能で高効率なプロセッサの技術を有しています。これを車載のコンピューティング端末にも展開していく、という取り組みをしています。

----:自動車向け車載端末市場の"アップグレード"を行う、と?

シャピロ:その通りです。一般の方にはコンピューターのプロセッサというとCPUをイメージする方が多いですが、昨今、スーパーコンピューターの性能を支えているのは高性能なGPUです。例えば、(東京工業大学に設置されている)スーパーコンピューターの「TSUBAME」にNVIDIAのGPUは採用されていますし、2012年に世界最高性能のスーパーコンピューターに認定された「TITAN」は1万6000個以上のNVIDIA製GPUが支えています。

私が何を言いたいかというと、TITANやTSUBAMEのようなスーパーコンピューティングの世界と同程度の性能が、近い将来のクルマでは求められるようになってくる、ということです。

◆クルマのスマート化をどのように広げるか

----:2000年代までクルマで求められるコンピューティングは、比較的保守的なものでした。それを鑑みますと、スーパーコンピュータ級の処理能力が求められるようになる、というのはかなりの飛躍ですね。

シャピロ:なぜスーパーコンピュータ並の処理能力が求められるようになるかと言いますと、自動車の世界で求められるアプリケーションが変わってくるところにあります。

例えば、一般的なドライバーの視点でもUIデザインへの要求は今後かなり高くなってくるでしょう。ナビゲーション画面だけでなく、ダッシュボードもフルモニター化されていきますし、ヘットアップディスプレイ(HUD)も普及していく。そして、それらのモニター上で2D/3Dの美しいグラフィックスデザインが求められることになるでしょう。それを実現するには、プロセッサ側には高度なレンダリング能力が必要になってきます。

音声入力システムでもプロセッサの能力が必要です。自然言語で高精度な音声入力システムを作ることは、クルマにおいては(スマートフォン向けよりも)さらに重要です。ここで注目していただきたいのは、GPUはグラフィックス処理だけでなく、音声処理もとても得意としていることです。我々の高性能なGPUは、音声入力システムの高度化にも貢献します。

そして、我々が今後とくに重要だと考えているのが、ドライバーアシスタンスシステムです。これは先進的な運転支援を行うというアプリケーション分野で、自動運転や衝突回避システムなどがこれにあたります。

----:NVIDIAとしては、クルマ向けにGPUベースの高性能プロセッサを売っていきたい、ということでしょうか。

シャピロ:いいえ、それだけではありません。我々は自動車メーカーとともに、クルマ向けに最適化されたコンピューティングシステムを作っています。ここではプロセッサ技術にとどまらず、基本的なソフトウェア技術やアプリケーションまで共同開発しています。

例えば、テスラモーターズと共同開発した次世代のUIデザインでは、2つの(NVIDIA製)「Tegraプロセッサ」を用いて、ダッシュボードとメインスクリーンのモニターを制御。すべてタッチスクリーンで、とてもクリーンで先進的なデザインを実現しました。また「アプリ」という概念も導入して、通信モジュール経由で様々なアプリを導入して機能を追加したり、ソフトウェアのアップデートをできるようになりました。

◆ADASが車載スーパーコンピューティング普及のトリガーに

----:なるほど。しかし、そういったプレミアムなUIデザインやユーザー体験を求められるクルマが、どこまでコモディティ化していくのか。自動車ビジネスで考えれば、やはり台数規模での普及がどうなるかが気になるところです。

シャピロ:そこで重要であり、注目すべきものが先進運転支援システム(ADAS:Advanced Driver Assistance System)です。スーパーコンピューター並の処理能力をグラフィックス方面で使えばプレミアムな価値となるわけですが、それを先進安全分野で使えば『人の命が救える』。台数規模での普及で考えると、ここが重要な要素だと考えています。

日本市場で考えても、毎年5000人近くが交通事故で亡くなっており、それよりもはるかに多い数の交通事故が起きている。そして、これらの事故の9割は人的なミスが原因となっている。しかしドライバーアシスタンスシステムが実現すれば、これらの事故を劇的に減らせます。

----:予防安全につながる先進安全技術は、日本、そして世界で1990年代から積極的に研究開発されてきました。2010年代に入って、その成果となるデバイスも商用化されてきています。

シャピロ:確かにそのとおりです。現在のクルマには数多くのセンサーやカメラが搭載されており、(それらで測定された)様々な情報が得られるようになりました。しかし、それらの膨大な情報は効果的に処理されなければ意味がない。とりわけ重要なのは、膨大な(外的な)情報を『リアルタイム処理できるかどうか』です。ここでスーパーコンピューター級の並列かつ高速な処理能力が求められるのです。
 NVIDIAでは自動車に特化したリサーチを行っています。カメラやレーダーセンサーからの膨大な情報を処理し、クルマがどのような状況に置かれているのかを総合的に分析・判断して適切なドライバー支援を行う。リスク要因を的確に見つけて、ドライバーに警告を出すのか、それともシステム側で走行介入してリスク回避処理を行うのか。そういったハイレベルなドライバー支援を行うことが今後のクルマでは求められるでしょうし、それは一部のプレミアムカーだけのニーズではないでしょう。

----- クルマのスマート化と、それに付随する"スーパーコンピュータ並のシステムのニーズ"。そのコモディティ化は、先進安全分野が牽引することになりそうですね。

シャピロ:むろん普及においては段階があるでしょうが、すでにアウディと共同で次世代のドライバーアシスタンスシステムの研究開発を進めています。これは「Tegra K1」ベースで行っているものですが、アウディでは近い将来の商用化も視野に入れています。

◆ビジネス範囲は明確にして取り組む

----:安全支援システムという観点では、すでにクルマにはABSやDSCをはじめ多くのデバイスが商用化されて実装されています。NVIDIAとしては、これらを将来的に汎用プロセッサとソフトウェアで置き換えていきたい、という考えなのでしょうか。

シャピロ:必ずしもそうではありません。例えばABSはすでに広く普及している上に、安全装置としてとても重要なものです。このABSをコンピューティングで考えますと、その演算処理はとてもシンプルである一方で、安全性という観点ではとても重要な部品と言えます。こういった安全装置には、おそらく我々は手を出さないと思います。

むしろ、我々がやりたいのは、そういった個々の安全装置を「どのように制御するのか」という領域です。各種センサーが集めた情報を解析して周囲の状況を判断し、状況分析をして"どのような運転支援をするのか"を判断する。(NVIDIAの)Tegraプロセッサは各種安全装置やセンサーを束ねる中枢であり、脳の役割を担っていく方向を考えています。

----:その場合、ボッシュやデンソーなどティア1のサプライヤーは競合相手になるのでしょうか。それともパートナーになるのでしょうか。

シャピロ:我々のビジネスモデルでは、自動車メーカーだけでなく、ティア1のサプライヤーもパートナーであると考えています。我々としては単にプロセッサを供給するだけでなく、そういったパートナー企業と共同で先進安全システムを作っていきたい。このあたりはすべて申し上げられませんが、(ティア1サプライヤーとも)よい関係性を築き始めています。

◆自動車産業のニーズに最適化していることが強み

----:自動車がIoT市場の中で重要、というのは今ではIT業界の「常識」になっており、インテルやクアルコムも自動車市場に食指を動かしてきています。その中でNVIDIAの優位性となるのは、ずばりどこだと考えていますか。

シャピロ:プロセッサそのものの能力の高さもさることながら、自動車産業のニーズにあわせてシステムやソフトウェア開発体制を特化しているところですね。特に顕著なのは製品の開発サイクルで、自動車の開発期間は、プロセッサ技術の進化やスマートフォン/タブレット端末の開発期間に比べて、とても長いわけです。そこでも最新のプロセッサ技術が使えるように、アウディとの共同開発では車載端末側のI/Oをソケット化し、開発期間中でも最新のプロセッサに載せ替えられる仕組みを導入しました。こうすることで、アウディではモデルイヤーごとに最新プロセッサを導入し、しかもシステム的な改修はほとんどしなくてもいいようになっています。

----:それはアウディ向け専用の規格なのでしょうか。

シャピロ:最初にアウディと共同開発したものですが、同様の仕組みがテスラやBMW、VWグループなどに広がってきています。各自動車メーカーは主な提携先となるティア1サプライヤーもそれぞれ異なるわけですが、それでも(Tegraの)モジュール部分は互換性を持つようになっています。またハードウェア的なピン互換性だけでなく、ソフトウェア的なAPIも整備していきますので、ソフトウェアアップデートだけで最新機能にも対応しやすくなります。

----:自動車産業の事情にあわせつつ、IT業界的な水平分業による開発メリットが出やすくなっているわけですね。

シャピロ:他にも、我々は自動車メーカーのニーズにあわせて、OSプラットフォームの選択肢も広くとっています。LinuxやQNX、Android、WindowsなどマルチOS対応になっています。またヴァーチャルマシン技術を用いて、同一のシステム上で異なる複数のOSを動かすことも可能です。例えばダッシュボードの制御ではQNXを用いて、マルチメディア系のスクリーンではAndroidを動かす、といったこともできるのです。

----:マルチOSの並列同時処理というのは、クルマならではのニーズですね。自動車の場合、ナビゲーションはAndroidなどリッチなマルチメディアOSを用いたいけれど、ダッシュボードやHUDのアプリケーションはシンプルで安定性の高いリアルタイムOSで、ということは普通にありますからね。

シャピロ:そのとおりです。そういったクルマならではのニーズにきちんと応えられるような体制となっていることが、NVIDIAの強みだと自負しています。

----:今のところNVIDIAを採用したり、共同開発体制を取っているのは欧州メーカーが中心ですが、日本の自動車産業との連携はいかがでしょうか。

シャピロ:現在、NVIDIAはドイツ車メーカーとの関係が深く、すでに600万台以上のドイツ車に我々のプロセッサが搭載されています。これは今後2500万台規模にまでなる見込みで、かなりよい成長曲線が描けているのではないかと思います。他方で、近い将来において、ドイツ地域以外の自動車メーカーでもTegraが採用される予定です。ただ、その詳しい出荷時期や内容は、自動車メーカー自身がモーターショーなどで発表したいわけですから、我々の口からはあまり詳しく言えないのですよ(笑)

----:現時点で日本のユーザーがNVIDIAのプロセッサパワーを体験したいとなると、「ドイツ車か、テスラか」となるわけですが、数年後には日本車の中からも選択肢が選べるようになるのでしょうか。

シャピロ:詳しくはいえないのですけれども(笑)、近いうちにお知らせができるかもしれません。

◆自動運転ソリューションの欠かせないプレイヤーとして地位を占める

-----:NVIDIAにとって、2020年のクルマはどのように進化していると考えていますか。

シャピロ:そうですね。自動運転は実現していると思います。むろん、完全自動運転がどこまで実現するかは技術だけでなく法的・制度的な整備も必要なわけですけれども、高速道路など部分的な自動運転は実現していると考えています。自動運転の実用化に向けた技術開発は今後急速に進むでしょう。

-----:自動運転は運転支援や先進安全技術の集大成でもあるわけですが、それを支える重要な要素のひとつにNVIDAはなりたい、と。

シャピロ:そのとおりです。間違いなく、そうなりたいですね。

《神尾寿》

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