【トヨタ 86 試乗】下手にいじってバランスを崩すのはもったいない…井元康一郎

試乗記 国産車
トヨタ 86
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日本車としては久々の純スポーツクーペとして注目を浴びているトヨタ『86』/スバル『BRZ』。3月に富士重工業の太田工場(群馬)で生産が立ち上がったばかりの両モデルのうち、トヨタブランドの86に試乗する機会を得た。

神奈川・湘南の大磯ロングビーチと箱根(トーヨータイヤ)ターンパイク頂上を往復する1時間程度の短いコースではあったが、公道走行におけるハンドリング、パワートレイン、快適性などをチェックしてみた。

試乗グレードは充実した装備を持つGTの6速MT。結論から言うと、86は高いものでも300万円少々という価格レンジの低いスポーツクーペとしては望外ともいえるハイレベルな仕上がりぶりを示していた。スバルのBRZは86と足回りのチューニングが異なると聞いているが、メカニズムの違いはほとんどないことから、同様に良好な仕上がりになっていることは容易に想像できる。

カタログやトヨタの謳い文句からは、いかにも峠マシンという印象を受けるが、実車は高速巡航時の直進性、ワインディングロードでの旋回性を高次元で両立させたものだった。一般公道での試乗だったため限界性能を試したわけではないが、山岳路であるターンパイクで少しステアリングを強めに切ってみた時の感触では、カーブ外側の前輪の沈み込みに後輪が素早く、かつ素直についてくるという、いかにもスポーツカーらしい動きを見せた。

一方、高速走行時の直進性は高く、レーンチェンジ時の姿勢変化も穏やか。前後のロールバランスやタイヤのチューニングでハンドリングを無理やり作ったのではなく、車両の基本性能を煮詰めてレベルを上げたイメージだ。

山岳路でのドライブフィールの印象を良くしている要因のひとつに、シート設計がある。スポーツタイプのバケットシートを採用しているが、その形状が良く、コーナリング時に腰を効果的に支持してくれるのだ。ハイスピードでのコーナリングの時、ドライバーは腰より上をコーナー出口方面にねじる。スキーでいえばウェーデルンのような姿勢を取りたくなるものだ。シートの形状が悪いと、そのときに体が無駄に動いてしまい、クルマの動きを察知しづらくなる。86のシートは支えてほしいところをキッチリサポートするような形状になっており、それが気持ちよさ、クルマのコントロール性を高めているものと思われた。

乗り心地は柔らかくはないが、車速が上がるにつれて乗り心地はフラットになり、突き上げ感や路面のざらつき感も和らいでくる。1人ないし2人乗車であれば、ロングツーリングにも十分使えそうな印象を受けた。

86/BRZのラインオフ(生産開始)式が3月16日、群馬にある富士重工の太田工場で行われた。そのとき、ライン見学でホワイトボディを初めて見たのだが、リアサスペンションまわりに強固な構造材を配置し、それらが点溶接ではなく線形溶接で接合されるなど、86/BRZよりはるかに高価なポルシェやアウディのような丁寧な工作ぶりに驚かされた。低価格スポーツカーということで、低コストで簡素な構造になると予想していたからだ。弱小メーカーゆえ、少量生産でどうやったらコストを下げられるかということに常に苦心してきたスバルのノウハウが目いっぱい活用された格好だ。こうした部分も実車の良さにつながっている。

動力性能も悪くない。1200kg台という、いまどきのクルマとしては軽量なボディに200馬力エンジンという組み合わせは十分にパワフルで、かつアクセルレスポンスも良く感じられる。

欠点として気になったのは、ユーザーインターフェースの悪さだ。計器類はコンパクトなメータークラスター内に集中配置されているが、視認性は思いのほか悪い。左側に位置するスピードメーターは、ドライブ中にチラ見するだけでは時速何kmくらいかを読み取るのが困難。中央のタコメーター内に、別にデジタルスピードメーターをわざわざ置くゆえんだろう。が、そのタコメーターの視認性もあまり良くない。このあたりの人間工学的デザインはもう一歩レベルを高める必要がありそうだ。また、純正カーナビの操作性も悪く、目的地設定、地図の拡大・縮小などの操作を直感的に行うことができない。操作自体は一回習熟すればできるようになるだろうが、とくにロングツーリングのときなど、見ないでも操作可能なくらいのレイアウトにするかどうかで疲労感がまるで違ってくるだけに、改善が望まれるところだ。

86は、最上位で300万円強という、スポーツカーとしては低価格レンジのモデルにもかかわらず、クルマとしての質はとても高く仕上げられていた。動力性能の絶対値は世界のプレミアムスポーツと比べると低いだろうが、本格スポーツカーとはどういうものかという片鱗を味わうだけの資質はある。トヨタは86について「あくまでベース車、自分のオリジナルの1台を作り上げていってください」といった位置づけを行っているが、むしろ下手にいじってバランスを崩すのはもったいないというのが、ファーストドライブを終えた時の率直な感想だった。

《井元康一郎》

井元康一郎

井元康一郎 鹿児島出身。大学卒業後、パイプオルガン奏者、高校教員、娯楽誌記者、経済誌記者などを経て独立。自動車、宇宙航空、電機、化学、映画、音楽、楽器などをフィールドに、取材・執筆活動を行っている。 著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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