【スマートグリッド最前線】ビジネスベースの大規模な不動産開発

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パナソナックFujisawa SSTプロジェクト計画概要
  • パナソナックFujisawa SSTプロジェクト計画概要

 東北大震災にともなう原発事故、送電網の喪失の影響で、電力不足の危機に晒されることとなった日本。太陽光、風力、地熱などの再生可能エネルギー開発や、それらを有効活用するための次世代送電技術スマートグリッドへの関心は、以前にも増して高まっている。

 電機メーカー大手のパナソニックが5月26日、スマートグリッドに関する新たなプロジェクトを発表した。再生可能エネルギーで、街全体が必要とするエネルギーの半分以上をまかなうことを可能とする、次世代スマートタウンの建設計画である。

 再生可能エネルギーで必要なエネルギーを賄うスマートタウンの実証実験はこれまでも日本各地で行われてきたが、「Fujisawaサスティナブル・スマートタウン(藤沢SST)構想」と名付けられたパナソニックのプランには、それらの実証実験と決定的に異なる点がある。技術を試す実証実験ではなく、ビジネスベースの大規模な不動産開発であるということだ。

 パナソニック藤沢工場跡地6万坪に建設される藤沢SSTは、1,000世帯3,000人が居住可能という本格的な住宅区域だが、その内容を見ると、まさに未来都市そのものというイメージだ。

 タウン内には集合住宅と戸建住宅が立てられるが、その全戸に発電のためのソーラーパネルと、その電力を蓄えるためのリチウムイオン電池が装備されるという。さらに公共施設の屋上などのパブリックスペースにもソーラーパネルが設置される。

 住宅や公共施設の太陽電池は、今日のようなスタンドアロン(孤立)型ではない。施設にはそれぞれSEG(スマートエネルギーゲートウェイ)と名付けられたエネルギー管理装置が備えられ、それらを介して街全体のネットワーク化が図られる。今日、世界では家々の間で電力を相互融通することでエネルギーを有効活用するH2H(ホーム・ツー・ホーム)の実験が行われているが、藤沢SSTはそれを街全体で行うのだという。

 もちろん太陽光発電は万能ではない。太陽光発電は夜間は発電できず、昼間でも晴天以外ではがっくりと発電量が落ちる。蓄電装置に蓄えた電力を使い、さらに電力が足りないところが出てきた場合、街の中で電力を相互融通しようにも間に合わない場合、電力会社の系統電力から供給される電気で補う。しかし、それも街の家々がバラバラに系統電力とつながるわけではなく、藤沢SSTが全体で系統電力から電力供給を受ける形となる。

 再生可能エネルギーでエネルギーの過半をまかない、CO2排出量を同じ規模の普通の街に比べて実に70%削減することを目指すという。一見夢物語のようにも思える話だが、パナソニックの大坪文雄社長は「2013年度には街びらきする予定」と、実現に自信を示す。
 この藤沢SSTのシステムは、一般にはマイクログリッドと呼ばれるもの。マイクログリッドとは次世代送電技術スマートグリッドの一種だが、県単位、市単位といった大きなくくりではなく、町単位、ビル単位といったもっと規模の小さなコミュニティの中で電力を効率的に活用することを特徴としている。

 広域スマートグリッドが技術やコスト面で実現へのハードルが高いと言われているのに対し、マイクログリッドは早期に実現可能という見方はこれまでもあったが、藤沢SSTのような本格的なスマートタウンを商用ベースで作り上げるのは、事実上世界初である。

 もちろんこのプロジェクト、簡単というわけではない。ハイテクを盛り込んだ街の開発に際しては巨額の資金がかかる。予定される総工費は実に600億円。1,000世帯が居住可能としても、集合住宅、戸建住宅を平均して1戸あたり6,000万円もかかることになる。

 プロジェクトの総コストのうち、パナソニックが負担するのは4割強に相当する250億円。商用が基本とはいえ、このプロジェクト単独で採算性を確保するのが困難なことは容易に推測できる。

 それでもパナソニックが計画を推し進めるのはなぜか。背景にあるのは、藤沢SSTを通じてマイクログリッド作りのノウハウを積み上げ、街づくりそのものをパッケージとして世界に輸出していきたいという思惑だ。「世界のスマートシティ構想の中でも先進的な藤沢モデルを発信したい」と、大坪社長は会見で意欲を示した。また、国内でも東日本大震災でインフラが丸ごと喪失してしまった被災地の復興に言及。「街づくりは持続可能であることに加え、安心・安全も問われるようになった。被災地復興にもお役に立てると思う」と、先進技術を被災地復興に投入していきたいという考えを示した。

 パナソニックは家電メーカー最大手の企業として知られてきたが、円高や新興国メーカーの攻勢などによって一時は厳しい状況に追い詰められた。今はその苦境からは脱しているが、以前のように白物家電を主体に成長していくことはもはや現実的ではない。大坪社長はパナソニックの次世代戦略は一にも二にも環境技術だと言う。経営のスローガンとして掲げているのも「エレクトロニクスNo.1の環境革新企業」だ。

 その環境技術でしばしば注目されるのは、昨年子会社化を実施した三洋電機のリチウムイオン電池やソーラーパネル、同じく子会社化したパナソニック電工の持つ電力マネジメント技術、家電の省エネ技術などだ。パナソニックが長期的に狙いを定めているのは、単にそれらの技術を使った商品をバラバラに売るだけというビジネスからの脱却だ。

 省エネルギー技術は面白いもので、複数の商品をうまく組み合わせれば、いわば1+1=3のように相乗効果で節約量を劇的に稼げるというところがある。家電を含め、家の中、ビルの中のものは何でも作れると自負するパナソニックは、省エネルギーのトータルソリューションを提供することで付加価値を上げようと考えているのである。藤沢SSTのようなマイクログリッドは、その次世代戦略の頂点に立つ存在なのだ。

 実はパナソニックは、マイクログリッド関連の輸出も行っている。中国・天津のエコシティは、現在進行中の案件のひとつだ。パナソニック単体ではなく、日立製作所と共同のビジネスで、日立が地域のエネルギー管理、パナソニックはマンションや家のエネルギー管理を担当している。

 天津エコシティの設備導入に携わっているパナソニック・エナジーソリューション事業推進本部の天野博介氏は、現地でのスマートグリッドの“熱気”について語る。「中国のスマートグリッドへの期待はすごいものがあります。急速な経済成長に電力供給がまったく追いつかず、慢性的な電力不足が起きているからです。日本では震災で計画停電が話題になりましたが、現地では日々、計画停電ですよ。経済成長のためにも国民の暮らしのためにも、再生可能エネルギーや次世代送電網はすでに必要不可欠なものと考えられているんですね」

 中国の電力消費量は、2007年時点で90年に比べ実に5倍にまで増えている。さらに今年から10年間で2倍に増えるという予測も一部にあるほどだ。中国は電力需要増に対応しようと、多数の水力発電所や原子力発電所の建設計画を打ち上げているが、いくらハイペースで発電所を作ったところで、電力需要増があまりに急激すぎて、とても追い付けるものではない。

 「中国は天津エコシティにとどまらず、その後も地方都市のエコシティ化など、いろいろなところでスマートグリッド化を図っていく計画を持っています。エネルギー不足だけでなく、農村と都市の格差是正も目的の一つ。この格差問題は今、とても深刻なものとなっていますが、所得の低い人たちの収入をすぐに上げるのは難しい。ならば当面、豊かな電力供給によって質の高い暮らしを提供し、不満を解消しようという意図があるんです」(天野氏)

 天津エコシティはパナソニックにとって、本格的なスマートグリッドビジネスの草分け的な計画だが、「技術的にはまだまだ第1世代。我慢しながら省エネをするのではなく、快適な暮らしを保ったまま電力のピークカット(電力需要の最大値を下げ、発電所の設備量への依存度を減らすこと)を実現していく必要がある。そのためには街全体をサスティナブル(持続可能)なものに作り変えていかなければ。藤沢SSTは、いわば第2世代以降の技術のベースになるもの。3.11の東日本大震災は、われわれにも本当に多くの教訓を残しました。まさに今、新しい変革を起こす必要がある」(天野氏)。

 藤沢SST構想に際して、パナソニックは都市開発に必要なスキルを持つ多くの企業とタッグを組んだ。プロジェクト発表会見の席に登場したのはパナソニックの大坪文雄社長だけではない。建設地である神奈川県・藤沢市の海老根靖典市長、さらにコンサルティングの世界トップ企業であるアクセンチュア、総合不動産会社の三井不動産、住宅メーカーのパナホーム、総合商社の三井物産、都市ガス国内最大手の東京ガス、リース事業のトップ企業オリックス、信託金融大手の住友信託銀行、環境都市デザインで世界的に知られる日本設計――と、この計画に参加する有力企業の社長、会長や名代の幹部が出席し、次世代都市である藤沢SSTへの大いなる期待を表明したのだ。

 パナソニックはマイクログリッドを用いたスマートタウンを実証実験段階から商用段階へと移行させるには、3つの力が必要だと考えた。まずは「スマートタウンを全体設計し、開発する力」、次に「それを持続的に運営する力」、そして「作り上げたシステムを世界の都市に提案する力」だ。

 世界のスマートグリッド構想を見ると、コンサルや金融も含め、多種多様な企業のジョイントベンチャーが組まれていることが多い。もともと都市計画は“ものづくり”の中でも最も大規模なものの一つで、多くの分野の企業がノウハウの粋を集めて初めて良いものができるというものなのだ。スマートグリッドやマイクログリッドといった次世代の都市構想となれば、なおのことである。パナソニックとこれらの企業群を見ると、ネームバリュー、ビジネスパワーとも、世界をリードしていくためのボーダーラインはクリアしているように見える。

 もっとも、実際に性能が良く、コスト競争力もあるマイクログリッド、スマートグリッド作りを確立できるかどうかは今後の努力次第。藤沢SSTがそのモデル事業となれるか、今後の展開は注目に値しよう。

【スマートグリッド最前線(Vol.2)】未来都市「藤沢SST」を建設するパナソニックの狙い

《井元康一郎@RBB TODAY》

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