【特集クルマと震災】深刻なガソリン不足はなぜ起きたのか

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給油待ちの行列を避けるため各SSは整理券を配るなど対応。給油量の制限なども実施したが供給不足により在庫切れが相次いだ(仙台市太白区のガソリンスタンド)
  • 給油待ちの行列を避けるため各SSは整理券を配るなど対応。給油量の制限なども実施したが供給不足により在庫切れが相次いだ(仙台市太白区のガソリンスタンド)
  • 仙台市太白区のガソリンスタンドで
  • 東北自動車道・サービスエリアの様子(3月29日)
  • 東北自動車道・サービスエリアの様子(3月29日)
  • 都内・新宿に近い店舗では平日日中にも関わらず30台以上の行列。「売り切れ」の表示も(3月17日)
  • 写真の行列は路上駐車ではなく、全て給油待ちの車両(3月17日)
  • 迂回を案内する従業員
  • 行列を整理する従業員

震災により大きな被害を受けたのが燃料供給網だ。東北地方を中心に製油所や出荷施設に甚大な被害が及んだだけでなく、供給力不足により、首都圏エリアでもガソリンの買いだめ騒動がおこるなど社会現象にまで発展した。

「東日本の製油所がストップし、沿岸部の油槽所が津波の直撃を受けました。輸送をおこなうためのタンクローリー自体も流されてしまうなど、石油製品の在庫の問題よりも、『運びたくても運べない』という状態でした」JX日鉱日石エネルギーの担当者は語る。

◆大規模火災からガソリン買いだめ騒動へ

3月11日の地震発生直後、宮城県仙台市の石油化学コンビナートで火災が発生した。JX日鉱日石・仙台製油所の出荷設備の一部から火の手が上がった。津波により社員が避難していたこともあり、消火活動が本格的に開始されたのは15日になってからのことだった。

同じく11日、コスモ石油の千葉製油所でも大規模な火災が発生した。直後から全装置を停止し消火活動にあたったものの、鎮火を確認できたのは10日後の21日になってからだった。出光興産の仙台油槽所をはじめ、太平洋沿岸にある各社の製油所や油槽所など、生産・供給の拠点は機能を停止した。

また、火災発生直後から「有毒物質が雨と共に降る」などといったチェーンメールが出回った。実際に千葉製油所での火災はLPGタンク付近からの出火であり、コスモ石油、千葉県などは「人体への影響は非常に少ない」と、これを鵜呑みにしないよう注意を呼びかけた。

被災地ではサービスステーション(SS)そのものが倒壊、または一部損傷したことでガソリンを購入できない状態となった。店舗自体に被害がなかったSSでも、道路の寸断や渋滞などによる交通事情の悪化から製品の配送が回らず、営業時間の短縮や給油量の制限など、各SSで対応をとった。

東北地方では移動の手段として自動車が重要な位置を占める。避難するためにも自動車が必要だった。自動車ユーザーは営業しているSSに殺到、数時間待ちの行列ができた。さらにSSに利用者が殺到したことで、暖をとるための灯油の入手も困難になった。数時間待ったあげく在庫切れにより購入できなかった例も多く、なかには暴力沙汰にまで発展したという事例もあった。「不眠不休で働いている従業員たちが、このような状況に置かれたことは、非常に残念」と当時の出光担当者は語っている。

◆首都圏でも行列、自主的な情報共有のうごき

被災地だけでなく、首都圏でも深刻な燃料不足が叫ばれた。東日本の製油所の被害を受け、ガソリンが高騰または在庫不足になると判断したユーザーがSSに殺到した。首都圏近郊の大型SSだけでなく、中心部の小規模SSでも数十台から百台程度の行列が発生。SSでは店員を増員するなどして対応したが、在庫切れにより24時間営業の店舗でも閉店を余儀なくされる例も多く見られた。

首都圏での燃料ひっぱくの要因は、通常の供給量をはるかに上回る一時的な需要高騰であり、震災直後から各社は、「ガソリン量は十分にある。被災地への供給を確保するためにも必要以上の購入は自粛してほしい」と呼びかけた。

また各社は営業をおこなっているSSの情報などをウェブサイト上で公開したが、一般のガソリン情報サイトやTwitter、コミュニティサイトなどでも積極的にガソリンスタンドの営業状況を募集し、情報共有をおこなった。

ガソリン価格情報などを提供するカーライフナビでは、3月15日より情報の募集を開始。直後から1日80件にものぼる情報が口コミで寄せられた。ユーザーは給油の可否、在庫の有無、混雑状況などを知ることができた。こうしたサイトには、「原付に2リットル給油するために30分並んだ」「ハイオクならまだ在庫あるみたい」といった現地からの声や「こうして情報共有できれば2度、3度と足を運ばなくても良いね」と効果に期待する声も多く寄せられた。

震災直後から約1週間こうした状況は続いた。被害を受けなかった西日本エリアからの製品の転送や在庫の取り崩しなどにより、21日以降は首都圏、北関東の一部でのこうした状況は改善、平常化へと向かった。

◆供給網復旧への取組み

震災直後は供給“網”の体制が崩れ、燃料供給は深刻な状態が続いた。各社は被害を免れた製油所で石油製品を増産、また輸送のためのタンクローリーを西日本エリアから補充するなど対応した。太平洋沿岸部の施設が使用できなくなったため、元売り各社は日本海沿岸の新潟を中心に、秋田、山形の油槽所に燃料を集め陸送で被災地へ運んだ。ただし、タンクローリーでの運送では一度に運べる量に限りがあるため「通常の3倍以上の時間がかかってしまった」(出光担当者)。

3月17日には出光の塩釜油槽所が再開し、タンカーを利用した運送が可能となった。これにより東北地方への燃料供給体制が大幅に強化された。これを受け、日本海側の拠点の機能が停止していたJX日鉱日石は22日、同油槽所を共同利用させてもらうことで、宮城県を中心としたSSへの出荷を開始した。「平時から製品の融通はおこなっていますが、普段以上に安定供給に向け協力して取り組んだ」と担当者は語る。

東日本の燃料供給の拠点である千葉製油所で火災が発生したコスモ石油は、西日本エリアでの増産をおこなうとともに、200リットルドラム缶での出荷をおこなうなど対応。現在も千葉製油所の生産は再開できていないものの、陸上、海上の出荷を一部再開している。また、昭和シェル石油は3月16日の段階で、海外への石油製品の輸出を停止、国内向けに振り分け供給力を強化、23日の時点で震災前比で115%とすることで安定供給につとめた。

◆ガソリンスタンドのない「空白地帯」

3月末までの時点で各社の供給力は震災前と同じ、またはそれを上回る水準まで回復した。だが、津波が直撃した地域などではSSそのものが倒壊あるいは流されてしまっており、供給したくても供給できない地域もあった。半径10km以内にSSが存在しない地域を「空白地帯」とし、各社は臨時のSSを展開するなどしてこれに対応している。

現在空白地帯とされているのは、岩手県大槌町、陸前高田市、南三陸町の3か所。各社はドラム缶を用いた臨時SSをオープンしガソリンを提供する。「現在供給網は約9割まで回復した。あとは、店舗自体がなくなってしまった、または被害を受けるなどで営業できていないSSの復旧に向け、自治体などと協力していく」と各社は今後の課題を語る。

また、元売り各社は震災直後、世界的に石油価格が高騰する中、被災地でのガソリン販売価格を据え置いた。これについて出光は、「現地のマーケット状況を把握できなかったため、価格に反映できなかったというのがひとつ。そして何より、お客様に安心してお買い求め頂くための材料として頂きたかったというのが、もうひとつの思いです」と説明する。

4月15日時点で、宮城県で489店舗(全体の85%)、岩手県で402店舗(同87%)、山形県で362店舗(同99%)、福島県で611店舗(同90%)、東北地方全体で2647店舗(同92%)のSSが稼働している。

◆石油生産能力の余剰が早期復旧に貢献

震災から約1か月でほぼ震災前の水準にまで燃料供給を回復できた背景には、各社の積極的な取組みだけでなく、日本全国の石油処理能力に余裕があったことも影響しているという。石油連盟は、「現在日本の石油処理能力は日産450万バレル、これに対し需要は一日あたり330万バレル。余剰分があったことで、早期の被災地への供給回復をおこなうことができたという面もあります」と説明する。

国内の石油需要は今後縮小が見込まれることや化石燃料から自然エネルギーへの転換を促進するため、2009年7月に「エネルギー供給構造高度化法」が制定、処理能力の余剰分を縮小していく流れにある。こうした動きに対し石油連盟は疑問を投げかける。

「石油の位置づけについて見直して行かなければなりません。石油製品は電力やガスと違い、民間企業による自由競争のもとインフラを展開しています。震災後の対応についても各社が独自に積極的におこなってきました。自由競争であるが故、平時は政府は関与しませんが、有事の際には協力を要求してきます。

2007年の中越沖地震では、不足した電力供給を補うため火力発電所で使用する燃料の需要が高まったという例もあります。需要が減ってきているからといって、それに合わせて石油の在庫量も減らしてしまうと、有事の際には全く対応できないという事態も考えられます。在庫を持つことは民間企業である元売り各社にとってはコスト。これを政府が補うということも必要なのでは。どの程度の余裕を持って行くのかも含め、国と話していかなければ」と今後の燃料供給の課題について語った。

《宮崎壮人》

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