「公共交通を取り戻せ」レンタカー激減で沖縄に悲鳴…観光の足に「電動カート」の可能性

北谷町MaaSで夜間運行する、ヤマハ発動機とソニーの共同開発によるエンタメ自動走行車両『SC-1』
  • 北谷町MaaSで夜間運行する、ヤマハ発動機とソニーの共同開発によるエンタメ自動走行車両『SC-1』
  • 北谷町を周遊する「美浜シャトルカート」
  • 「美浜シャトルカート」の自動運転のために地面には電磁誘導線が埋め込まれている
  • 北谷町を周遊する「美浜シャトルカート」
  • 北谷町を周遊する「美浜シャトルカート」
  • 「美浜シャトルカート」は公道ルートと海沿いルートの2コースがある
  • ヤマハ発動機とソニーの共同開発によるエンタメ自動走行車両『SC-1』
  • 北谷町の観光の目玉、アメリカンビレッジ

観光シーズン真っ只中の沖縄に、異変が起きている。コロナ禍による観光客の減少で“観光の足”となっていたレンタカーを減車したものの、需要が戻りつつある今、レンタカーの供給が追いついていない。台数の少ないレンタカーを取り合う形で料金が高騰しており、それを理由に沖縄旅行自体をキャンセルするケースが増えているという。

現在、公共交通がほぼ存在しない沖縄に「公共交通を取り戻せ」と、新たな観光客の足を生み出そうとする動きがある。そのひとつが、沖縄県中頭郡にある北谷町(ちゃたんちょう)の取り組みだ。「不足し、高騰するレンタカーに頼らずとも、沖縄を楽しむことができる」新たな観光と、移動の可能性を掲げる。

北谷町は沖縄の玄関口である那覇空港から北へ20km弱、車で45分程度の距離にある。万座ビーチや美ら海水族館などの名所を目的とする人たちにとっては一瞬で通り過ぎてしまう風景かもしれないが、近年ではヒルトンホテルやアメリカンビレッジ、そしてアラハビーチなど、小さいエリアながら南国リゾートを満喫できるとして人気スポットになりつつある。

那覇空港からのアクセスの良さ、限られたエリアで沖縄らしいエンターテイメントを楽しめるという強みを活かした取り組みが「レンタカー要らずの町おこし」、つまり観光型MaaS(Mobility as a Service)を取り入れた移動の新たな提案だ。

エンタメ×スローモビリティの「北谷町MaaS」

北谷町を周遊する「美浜シャトルカート」北谷町を周遊する「美浜シャトルカート」

「北谷町MaaS」と名付けられたこの取り組みはチャタモビ合同会社が主体となって、実はコロナ禍以前の2016年頃からスタートしている。当時からレンタカー頼みの沖縄観光には課題が山積していた。那覇空港と北谷町を結ぶ国道58号は、県内有数の渋滞区間であり、観光客は渋滞や空港での返却手続きにかかる時間などを考慮し北谷町での滞在を早めに切り上げてしまう。またすでに北谷町の西海岸地域の4割が駐車場となっているにも関わらず、駐車スペースが不足していた。小さいエリアにレジャースポットが集まっているとはいえ、南北で約5kmの町を本数の少ない路線バスだけで回遊するのは困難だった。

そこで導入されたのが自動走行の電動カート「グリーンスローモビリティ」による新たな移動の提案だ。国の実証プロジェクトとして技術開発と検証を重ね、2019年からは公道での自動運転カートによる「美浜シャトルカート」の運用も開始。今では1日あたり53人の観光客の足として活躍している。また、2021年12月からサービスを開始した「美浜シェアカート」は、自動運転ではなく自分で運転するタイプの公道走行仕様の電動レンタルカートで、レンタカーよりも気軽に北谷町の移動を楽しむことができるようになった。

そして、観光地らしいエンタメと、グリーンスローモビリティによる移動の最適化…その2つを融合させたのが、2022年3月に北谷町MaaSに導入された、ヤマハ発動機とソニーの共同開発による自動走行エンタテイメント車両の『SC-1』による「ムーンライトクルーズ」だ。

ヤマハ発動機とソニーの共同開発によるエンタメ自動走行車両『SC-1』ヤマハ発動機とソニーの共同開発によるエンタメ自動走行車両『SC-1』

SC-1は運転手不在の低速自動走行車両で、大人4人の乗車が可能。周囲の環境をカメラやレーダーで検知しながら約5~6km程度の速度で走る。車内ではフロントウインドウの代わりに取り付けられた大型ディスプレイに、リアルタイムに外の風景を映しながらAR(拡張現実)による映像を投影する。歩く程度の速度でゆっくりと進む車内で、風を浴びながら音楽と映像を楽しむことができる体験は、遊園地のアトラクションのようだ。

実験的な意味合いも強いが、正式なサービスとして運行しており、料金は大人が1000円、子供が500円。片道15分、往復30分の海沿いのコースを走る。「ムーンライトクルーズ」の名の通り、現在は夜のみの運行となっていて、筆者が乗車した際には、北谷町の夜景に合わせて海の魚たちが泳ぐプログラムが映されていた。利用者からは「コンテンツの没入感が高い」「フロントガラス越しに見ている以上に映像がきれい」などの声があがっているという。

『SC-1』のディスプレイに映されたAR映像。実際の風景の中を魚が泳いでいる『SC-1』のディスプレイに映されたAR映像。実際の風景の中を魚が泳いでいる

電動カートでヤマハ発動機がめざす「移動の自由」

このSC-1をはじめ、前述の美浜シャトルカート、美浜シェアカートの車両を提供し、北谷町MaaSを支えるのが、バイクメーカーであり国内トップシェアのゴルフカー(カート)メーカーでもあるヤマハ発動機。単にカート車両の開発や販売だけでなく、モビリティを製造する企業としてあらゆる人に「移動の自由」を提供することをめざし、北谷町MaaSではチャタモビへの出資、参画もおこなっている。

高齢化や過疎化などによる移動の困難への対策として地方自治体からのグリーンスローモビリティに対する期待は高まっており、ヤマハ発動機としても成長が見込まれる新事業の柱のひとつと捉えている。実証実験、本格導入を加えた走行実績は全国50箇所を超えた。いずれにも共通するのが、地域の移動や社会課題を解決するためのものである、ということだ。

ヤマハ発動機の技術戦略統括部 新事業推進部の森田浩之主査は、「電動カートはお子さんや高齢者の方でも乗り降りしやすいのが特徴。乗った人の99.5%が同乗者の誰かと話している、というデータもありコミュニケーションの増加が期待できます。(自分で運転するシェアカートでも)運転に慣れない方や高齢者の方でも運転がしやすい。生活の足を確保することで、健康の促進にも期待ができます」と語る。

海沿いを走る美浜シャトルカートに乗っていると、走行中なのにハンドルを握っていない運転手を物珍しそうに見つめる人や、乗客に手を振ってくれる人たちに出会う。歩く程度の速度なので、「どこから乗れるんですか?」「停留所から無料で乗れますよ」といった風に、車内の乗客同志以上に、外に居る観光客と会話をするシーンに多く出くわしたのにも驚いた。低速ならではのコミュニケーションというものが確かにあるようだ。

「乗り物は楽しくなければ」

「美浜シェアカート」は今夏、アラハビーチを含む北谷町南部まで走行エリアを拡大「美浜シェアカート」は今夏、アラハビーチを含む北谷町南部まで走行エリアを拡大

この夏、美浜シェアカートは利用エリアを拡大する。これまでは北谷町の中心地であるリゾートエリアと、沖縄らしい街並みと海岸線を楽しめる北部のみを走行可能エリアとしていたが、アラハビーチを含む南部まで足を伸ばせるようになる。料金は30分あたり800円だ。自動運転ではないが、自分でハンドルを握りながら最高速でも19km/h程度のゆったりとしたドライブを楽しむことができる。気になるカフェに立ち寄ったり、堤防沿いに駐車してのんびりと海を眺めたり、沖縄ならではののんびりとした時間の流れにこのスローな乗り物はぴったりと寄り添ってくれるように感じた。また、軽自動車よりもコンパクトで、操作もシンプルだから、運転に慣れない人でも不安は少ないだろう。家族で乗れば、会話が弾むこと請け合いだ。

このほかにも北谷町MaaSでは、那覇空港と北谷町を結ぶ観光バスの運行も2021年11月より開始した。観光バス事業も、沖縄から失われてしまっていたモビリティサービスのひとつだ。約45分の道のりの中で、観光ガイドだけでなく三線(さんしん)の演奏も楽しむことができる。ちょっとした移動の中にも、沖縄を満喫して欲しいというエンタメ精神があふれている。

北谷町MaaSの仕掛け役で、チャタモビ合同会社の中核を担うユーデックの馬場園克也代表は語る。

「北谷町にはホテルで2000室もある。それらの観光客にいかに回遊してもらうか、そのためには公共交通を取り戻す必要があったし、モーダルシフトが課題でした。北谷町は小さいエリアですが、公道と“非”公道があって、歩行者の数も多い。だからこそ、他の(グリーンスローモビリティ)実証実験の地域と比べても『日本一の実験場』と言える環境。そしてただの実験で終わるのではなく、実際にサービスとして利用いただいていて、4年間やっていて無事故を達成しています。ただ、乗り物は楽しくなければいけません。レベルいくつだとか、自動運転だから、というだけではダメ。沖縄らしいエンタメとして、グリーンスローモビリティを見せていきたい」

左から、ヤマハ発動機でグリーンスローモビリティに携わる森田浩之氏、渡辺敬弘氏、ユーデック代表の馬場園克也氏左から、ヤマハ発動機でグリーンスローモビリティに携わる森田浩之氏、渡辺敬弘氏、ユーデック代表の馬場園克也氏
《宮崎壮人》

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