“ふそうブラックベルト”をご存知だろうか? 三菱ふそうトラック・バス(以下、三菱ふそう)のアイデンティティを表現する黒い帯状のグリル。2017年発売の小型電動トラック『eeキャンター』で最初に採用した後、18年10月には小型バス『ローザ』に、19年2月に大型観光バス『エアロクイーン』に、そして20年10月には小型トラック『キャンター』に、相次いで展開されてきた。
トラック/バスの業界で、一貫したイメージをこれほど明快に表現するのは珍しい。さらに言えば、トラックだけでなくバスにも共通のデザイン・アイデンティティを打ち出したのは、世界的に見ても異例だ。
こうした積極的なデザイン施策を推進するのが、2016年11月に親会社のダイムラーからやってきたベノア・タレックである。ダイムラー・トラックス・アジアのデザイン責任者として、三菱ふそうとインドのバーラト・ベンツの製品デザインを統括している。
三菱ふそうとインドのバーラト・ベンツの製品デザインを統括するベノア・タレック氏
ブラックベルトを全車に展開
「商用車の世界では、デザイン戦略を長期的な視野で考えなくてはいけない」とタレック。商用車のデザインは乗用車よりライフサイクルがずっと長く、モデルチェンジは10~20年に一度しかないからだ。
中型トラック『ファイター』や大型『スーパーグレート』は、まだブラックベルトの顔付きになっていない。ファイターは2005年のフェイスリフトから15年余りを経ているが、スーパーグレートは2017年に21年ぶりのフルチェンジで2代目に進化したばかり。ラインナップ全体にブラックベルトのアイデンティティを行き渡らせるには、まだ時間がかかりそうだ。
三菱ふそう スーパーグレート
「忍耐が必要ですね」とタレックに問いかけると、「その通りだ」と率直な答え。ただし準備はできているようだ。トラック・キャブのフロントビューは小型・中型・大型で縦横比のプロポーションが異なる。「それに応じて、ブラックベルトのデザインを変える。一貫性を保ちながらも、さまざまな状況にフレキシブルに対応できるように、ブラックベルトのコンセプトを作り上げた」。
過去と未来を結ぶブラックベルト
三菱ふそう キャンターのブラックベルト
「eキャンターでブラックベルトの開発を始めたとき、我々の長期的な未来を想定するのはもちろん、過去も振り返った」とタレックは語る。
「過去」というのは、60年代の初代キャンターや70年代の大型Fシリーズが横長の黒いグリルを持っていたことを指す。グリルだけに着目したのではない。三菱ふそうの良き伝統であるシンプルさやモダンさ、フォルムの凝縮感を再考するなかで、この2車が浮上した。
初代キャンターは必要最小限の要素をバランスよく配置したデザイン。そこから10年を経て登場した大型Fシリーズは、黒いグリルにヘッドランプやエアインテーク、FUSOエンブレムなどを取り込んだ。そうした良き伝統を振り返りながら、ブラックベルトが生まれたのだ。
しかし艶やかな樹脂で表現されるブラックベルトは、もちろん過去のグリルの焼き直しなどではない。「さまざまな機能をインテグレートすれば、コストを削減できるし、シンプルにもなる。機能を考えたシンプルなデザインは多くの場合、美しい。なぜならそれはタイムレスだからね」とタレック。そしてこう続けた。
三菱ふそう キャンターの4分の1モデル
「ブラックベルトは過去からの進化であると共に、安全性や燃費といった今日的なニーズに応えるものだ。安全性のためにカメラやセンサーが増えていくし、空気抵抗を減らして燃費を改善するためには、よりインテグレートされたデザインにしなくてはいけない」
現状の三菱ふそう各車を見ると、ウインドシールドの室内側に一眼カメラがあり、ミリ波レーダーはバンパーに設置している。ブラックベルトとは関係ない位置だが、タレックはもっと先の未来まで見据えているのだろう。
自動運転機能が高度化するほど、またそれをより広い運転状況に適用するほど、より多くのカメラやセンサーが必要になる。全体のデザインを邪魔しないようにそれらをインテグレートするのは、乗用車も含めたカーデザインの最新課題だ。ブラックベルトは増えるセンサーを隠す場所になるのかもしれない。
ブラックベルトが水平基調である理由
空力についてタレックは、「トラックではキャブとバンパーが分かれており、そこに隙間がある。たいがい水平に延びた隙間だが、そこから入る風が空気抵抗を増やしてしまう」と指摘する。とくに大型トラックはこの隙間が大きい。乗り心地のためにサスペンションを介してキャブをフレームにマウントしているため、走行中にキャブが上下に揺れる。そのぶん隙間が大きい。
「将来的には(水平基調の)ブラックベルトを活かして、空力性能を改善し、キャブとバンパーの一体感を高めることができるだろう」とタレック。具体的なアイデアはまだ秘密だが…。
「状況に応じて、解決策を見出していきたい。大型トラックでは安全性と燃費が何より大事だ。ブラックベルトをうまく活かせば、70年代のFシリーズがそうだったように、意味があってタイムレスなデザインを開発できるだろう」と次期型スーパーグレートへの意気込みを語ってくれた。
三菱ふそう スーパーグレート
トラックのデザインには、その大きさに見合った力強さが望まれる。だから洋の東西を問わず、大型トラックは縦長の巨大なグリルを備える例が多いわけだが、三菱ふそうはちょっと違う。現行スーパーグレートは逆台形グリルを低めに構え、それとウインドシールドの間に広いパネル面を残している。水平基調のブラックベルトを次期型スーパーグレートに採用すれば、違いがより鮮明になりそうだ。
「その通り。他社と同じことをやったら三菱ふそうの独自性が失われる。アグレッシブな方向には行かない。より落ち着いて、より穏やかで、という三菱ふそうらしさを表現していきたい」
そして空力については、「我々が目指すのは最も効率の良いトラックだ。冷却効率や空気抵抗を最適化していく。そのためには段差やレリーフを減らしたいし、キャブとバンパーの隙間から入る風も減らしたい」と語り、こう続けた。
「トラックのキャブでは上下方向より水平方向に流れる気流が多い。水平基調のブラックベルトは、競合他社との差異化だけでなく、空力の点でも理に叶っているのだ」
ドアは未来永劫使う覚悟で
ブラックベルトの展開に合わせて、ローザやエアロクイーン、そしてキャンターに新しい共通ヘッドランプが採用された。これも新時代の三菱ふそうらしさを印象付ける大事な要素だ。ハロゲンとLEDの2タイプあるが、どちらも共通化による量産効果でコストダウンしながら、質感をしっかり高めている。
しかしブラックベルトも共通ヘッドランプも、フロントの顔付きのグラフィックスを構成する要素。キャブのデザインのなかで顔付きが重要なのはもちろんわかるが、デザイン・アイデンティティを訴求するには、キャブ全体で「らしさ」を打ち出したいところ。しかしキャブ側面の主役であるドアを一新するチャンスはなかなか来ない。
三菱ふそう キャンターのヘッドライト
キャンターは2020年に外観を一新したとはいえ、ドアは先代からキャリーオーバーだ。中型ファイターのドアは1992年から30年近くも変わっておらず、大型スーパーグレートのドアも96年の初代のそれを受け継いでいる。
「ドアは鉄板部品であり、キャブの構造の一部でもあるので、非常にロングライフだ。商用車の世界では、いったんデザインを決めてドアをプレスし始めたら、ほぼ永久にそのままプレスし続けることになる」とタレック。しかしけっしてそれを悲観しているわけではない。
「だからこそデザインのパワーを過小評価してはいけないと考えている。明快なビジョンと戦略を持ち、投資を無駄遣いしないようにしたい。ドアを含むホワイトボディを白紙から開発するときが来たら、それを永久に使うという覚悟を持って取り組む。そしてホワイトボディに充分な永続性があると判断した上で、変更が容易なプラスチック部品の開発に進むことになるだろう」
技術的に意味があるときだけデザインを変える
三菱ふそう キャンター
トラックがモデルチェンジして新型になっても、ドアはキャリーオーバーという例は三菱ふそうに限らず少なくない。進化するのは、たいがいフロントだけ。つまりはフェイスリフトなのだが、新しい顔付きとキャリーオーバーしたドアの整合性という課題がそこに付きまとう。
「キャンター、ファイター、スーパーグレートはそれぞれドアに特徴があるので、フェイスリフトするときには、そうした特徴を考慮してフロントをデザインしなくてはいけない。その一方で、フロントの顔付きに共通性を持たせるためには、ドアの特徴に注意を払うことが必要だ」とタレックは告げる。
例えば新型キャンターを見ると、ブラックベルトの端末からスタートするキャラクターラインがドアにつながっている。ドアのキャラクターラインは先代からあったものだが、その高さにブラックベルトを合わせたわけだ。
「今後の新型車も同じようにやっていく」とタレック。これは次期型のファイターとスーパーグレートを指す発言と理解してよいだろう。「現状のドアが今後も巧く使えるなら、それを変える必要はない。次世代に向けて投資やエネルギーを無駄にすることがないように、デザイン戦略をしっかりコントロールしていきたい」。そしてこう続けた。
「トレンドが変わったからといってデザインを変えようとは思わない。変えるのは、技術や効率性の観点で意味があるときだけだ」