【MaaS体験記】参拝を自動運転カートで…永平寺モデル「持続可能なものに」

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2019年は「MaaS元年」と言われるように、新しいMaaS(Mobility as a Servive)の実現に向けて、多くの取り組みが全国各地でスタートしている。特に、国土交通省と経済産業省が発表した「スマートモビリティチャレンジ」プロジェクトは、全国28事業・地域の自治体や事業者とが連携し、実証実験など社会実装を進めている背景がある。この連載ではそうした全国各地の取り組みを現地取材し紹介していく。

今回取材したのは、自治体が主体で進めるMaaSとしては先行事例となる福井県永平寺町での取り組み(以下「永平寺町MaaS」)だ。今回の取材で、実際に自動運転カートに乗車し利用者の声を聞くこともできた。プロジェクトの背景や今後の取り組みについても、永平寺町の現場を知ることでその実像が見えてきた。

永平寺町MaaSの取り組みとは

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永平寺町の実証実験になっているのは、曹洞宗大本山永平寺の参拝ルートにある「参(まい)ロード」(えちぜん鉄道永平寺口駅裏から永平寺門前までの6km区間)のエリアだ。もともとは、京福電鉄の廃線跡地(2002年に廃止)を活用したもので、遊歩道として整備した2013年以降に、国交省の自動運転実証実験の候補地に提案したことから取り組みがスタートしている。

「技術の最先端ではなく、実用の最先端を目指すもの」と話すのは永平寺町総合政策課主事の山村徹氏。永平寺町での取り組みの特長として、ゴルフカートを利用している点や高度センサーではなく電磁誘導線を用いている点など、実用化を進めるうえで最低限必要な部分にまずは投資し、利用ニーズを探っていくのだという。

自動運転カートでの乗車体験

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小雨の降る実証実験最終日。この日は、えちぜん鉄道永平寺口駅裏から荒山までの往復と、荒谷から永平寺門前までのルートで自動運転カートに乗車した。駅裏の車庫には車両は2台あり、一台は高度センサーを装備したカートと装備していないカートがあった。荒谷に着いたときには、ちょうど小学校の下校時間だったらしく「児童送迎中」と表示されたカートの後ろ姿も見えた。

小学生の集団下校に自動運転カートを使っているのも永平寺町の取り組みのひとつだ。同じエリアには路線バスも運行しているため、バス通学の児童に利用してもらうことを意図したものだ。実証実験エリア内にある永平寺町立志比南小学校は80人規模で、5、6年生11名くらいの集団下校を2台で運行している。

登下校時のバス停から集落までの区間はボランティアで安全性をまかなっていたが、住居近くの集落まで送迎できる自動運転カートは住人にも喜ばれており、保護者の同意のうえで運行している。運行時間は、朝の9時から夕方15時までで、ちょうど小学生の下校時間までとのこと。

自動運転カートは、ヤマハ発動機のゴルフカート(6人乗り)を利用している。ビニールカバーで外界の寒さを遮断するにはまだ寒すぎるこの日は、地元の女子大生がドライバーを務めてくれた。6か月間の実証実験に参加した彼女は友達といっしょにアルバイトで担当しているという。

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到着を待つ間には、えちぜん鉄道のあった荒谷駅近くにある管理センターを見せていただいた。乗客を乗せた運行の場合、道路交通法で5分以内に駆けつけることが必要なためこの場所にしたと言う。将来的には、複数台の自動運転カートをここから遠隔操作できるようにする計画があるため、3台のモニターや遠隔操作用のハンドルとペダルがあった。

この日は直接発着場に車で送迎してもらい自動運転カートに乗車したが、後述する経路検索サービスからも自動運転の運行情報は見ることができる。

安全性への対応は

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我々が乗車するとすぐに自動運転モードに切り替わり、ドライバーはハンドルには手をおかずに走行を開始した。速度は12km/hということだったが、思ったより速いと感じた。走行中は遊歩道を通るわけだが、横目にはすぐ崖があったりして、山の斜面を駆け上がるトロッコ列車のイメージに近い。

安全性はどうなのか、天候の影響がないかドライバーに聞いてみたが、雨でも運行しており、実験期間中には事故もなかった。信号がないためか走行中に停車したのは、待避所を通過するときと乗降時だけだった。遊歩道でもあるため、この道には高速車両が通ることもなく、また歩行者が大勢いるわけでもない。そう考えると、12km/hでの走行は決して速くはないが、安全に走行しているという印象を常に感じることができた。

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実証実験中に積雪はなかったと話すドライバーだったが、積雪対策も考慮されていると聞く。もともと国交省の候補地選びの際に、積雪の実験ができる地域として選定された背景もある。自動運転カートに高価格な3Dセンサーを取り付けるのではなく、遊歩道に電磁誘導線を整備する理由には、積雪20cmでも運行に支障をきたさない「安全性」がある。3Dセンサーでは100%保証ができないらしい。

検討には、河合永充町長の言葉にもあった「枯れた技術」を用いたということだ。実際には積雪時に走れなくはないが、それ以上の積雪が予想される1月や2月には計画的運行期間にする予定もある。

どのような利用者がいるのか

ドライバーに聞くと「休みには家族連れや高齢者が多かった」。低速で数分間乗車するわけだが、喧騒も聞こえない静かな自然の中を走る自動運転カートの空間では「話す人もいれば、まったく話さない人もいるので、きまずいことも」と漏らす。利用者のほとんどは地元の方だが、自動運転カートの存在を知って乗っている状況だ。

また、高齢者の遠足などに利用してもらうことや買い物ツアーのような取り組みも実施している。高齢者は主に県内のグループでの利用になるが、衛生所の大正生まれの女性は「ゆっくり話しながら行けるので楽しい」と話した。都会に比べて地方の方のほうが会話が多い印象がある一方で、意外と地元の人どうしでもコミュニケーションは少ないようだ。

「自動運転を使うことで外出の機会を増やし、健康寿命を伸ばすなどに貢献できれば」とする背景には、「バスなら10分で行けるところを、あえて30分かけて、会話ができるようにする」など、単に技術的な側面ではなくキッカケとしての自動運転の活用という側面が伺える。

実証実験してわかったこと

実証実験当初、安全性確保のため交通量が多いところには保安員を配備してスタートしたがすぐになくした。「安全性」というのは、技術的な課題をクリアするというのはもちろんだが、心理的な側面が大きい。当初、自動運転は「乗るのも怖いし、まわりを走られるのも危ないんじゃないか」という意見もあったが、実際に見て乗ってもらうと抵抗感はなくなってきた。12km/hしか出ないことも理由にはあるが、そこを走っていることが当たり前の風景になってくると、住民も気をつけるようになり、自然と認識が変わってきたという。

安全性と言っても「ガチガチにセンサーなどの技術的な安全性で担保するよりも、『そこにある』ということを、地域住人が許容するかしないかではないか」と6か月間運行した実証実験ならではの回答を聞くことができた。

ラストマイルへの取り組み

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自動運転カートの実証実験で課題に上がるのが、自宅から目的地までのドアtoドアの需要だ。マイカー依存度が高い地域に行けば行くほどこの価値観は根強い。数百メートル離れたコンビニに行くのも車を使うことが当たり前の価値観では、やはり(交通機関は)家の前まできてほしいというニーズがある。つまり、公共交通機関を利用するためのラストマイルの課題だ。

これに対し永平寺町では、自宅から停留所までを電動車椅子(小型電動カート)に乗り、そのまま車椅子を積載する自動運転車両で目的地まで運ぶ取り組みも行われている。高齢者が自宅から停留所までの行き来を楽にできるように、観光客が永平寺門前の坂道を楽に行き来できるように「地域の足」としての利用を想定している。

実際に我々も自動運転カートの降車後、徒歩で永平寺まで向かったが、お土産屋さんが立ち並ぶ道を通り山門に着くまで15分くらいの坂を上る必要がある。移動弱者や高齢者がこれを往復するのは難しいだろう。

ドアtoドアで考えると、デマンド交通の需要も考えられる。コミュニティバスの運行はしているが利用はほぼないそうだ。コミュニティバスは、高齢者65歳以上は無料、小学生は半額、残りは100円で運行しているが、ニーズに合わせて組んだダイヤでも実際には利用されていない。これはエリア外へ買い物や通院等に出かけたいニーズはあるものの、交通機関を乗り継ぐ必要があり、エリア内の公共交通機関だけでは完結しない問題があるためだ。

このため、定時定路線ではなく「乗客がいないなら走らない」という考え方にシフトし、デマンド型の交通の可能性が考えられるようになった。永平寺町では「近助タクシー」という地元のシルバー運転手による乗り合いタクシーを開始している。

行政と地域の協力がないと成り立たない

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コミュニティバスなど公共交通機関の運行を自治体が負担している現状も無視できない。負担は膨らむ一方で実質無料で移動できるという現状は、いつまでも続けられないという切実な問題がある。自動運転カートの運行も現在は実証実験中のため無料だが、今後商用化を見据えると、その負担(利用料金など)をどう考えるのかが課題になる。

実際に「自動運転カートの利用を無料から有料300円にするとどう思うか」と住人に聞いたところ「意見は2つに分かれた」と山村氏は言う。利用主体にはならないであろう若い世代(高齢者と同居するご家族)からは「無料からなぜ有料にするのか」といったネガティブな反応があった一方で、利用主体になり得る世代(高齢者)からは「家の前まで着てくれるなら500円払ってもいい」というポジティブな反応もあった。

同区間のタクシーならその倍はかかるであろう移動に対して、同居する家族や近所に送迎を頼みづらい心理的な負担から置き変わるのであれば、気兼ねなく利用できるという。

自動運転カートは導入して終わりでなく、持続可能性を検討するうえでは地元でのマネタイズが必須になる。「100%公共交通か、100%マイカーで自由に移動するか」という状況にならない限り、運行負担は行政だけではなく住人にも負担をしてもらう必要がある。「行政としてはここまではやるが、地域の人にもここまでは協力してもらう」といったお互いの協力関係がないと持続性は担保できない。

「永平寺モデル」で他県にも展開する

今や全国のお手本とも言える永平寺町の取り組みを主導しているのは、議員を歴任し2014年に町長に初当選した河合永充町長だ。現在、森ビルといっしょに永平寺門前の開発にも取り組んでいる。

河合町長曰く、永平寺町MaaSの成功要因には、廃線跡地の有効活用という視点はもちろんあるが、「沿線の地元説明会をまめに行ったこと」もあると言う。「枯れた技術で運用コストを抑えながら」「どの街にもスッと入っていけるような持続可能なものにしないといけない」と言う背景には、費用対効果を最大化させる同町の方針がある。たとえば、自動運転カートを複数台管理する場合にも人件費の問題が大きい。これを解決するには法改正が必要になる。

実用化で見えてきたことのひとつに「車が通らないところを実用化をして広めていきたい」という思いがある。マイカー依存の地域では車で行けるところは車で行けばいい、車で行けないところを技術を使って解決していく。これから100歳時代を迎えるにあたり、いつまでも自分が運転して移動することを念頭に置いてはいけない。運転できなくなったときにその交通弱者に利用してもらえる移動手段を準備しておくことが重要だ。

永平寺町長の河合永充氏(中央)永平寺町長の河合永充氏(中央)
また、地元の公共交通事業者に投資してもらい町づくりの新会社を設立したことも今後の展開に大きく寄与する。地元の交通事業者も「このままでは交通事業も行き詰まる、新しいビジネスを見つけないと」という声があり協力関係が構築できたという。将来的には自動運転車の運営をする会社にする予定だ。

自動運転車の活用という面では、郵便局との連携も検討を進めている。郵便局は、過疎地でもなければいけないそうだ。その場所を利用して、自動運転車の停車場にすることや、乗客だけではなく貨物の移送などにも無人運転で活用できる。

こうした取り組みを進めるうえでは、自治体や事業者、行政との関わりとのやりとりを進めることが必要だが、時には心が折れそうなことや無理だと気づくこともあるそうだ。「諦めないで一緒にやっていきましょう」先行モデルになっている永平寺町町長だからこそ発信できるこのメッセージが、他地域の自治体の方やMaaS関係者、交通事業者など多くの方に届いてほしい。こうした課題を共有することの大切さを改めて考えさせられた。

MaaSの取り組みは、実証実験だけの一過性のキャンペーンではなく、持続可能な公共交通事業を見直すキッカケとし、住人と協力しながら作り上げる「町づくり」だと言える。

利用者の目に触れなければ利用されない

当日は、車で送迎してもらい停留所に直接向かったが、大本山永平寺への参拝には県外から訪れる観光客も多い。実証実験当初からモバイルアプリでの経路検索を想定し、移動手段の一つとして自動運転カートの運行情報もほかの移動手段と合わせて表示するようにしていた。

経路案内サービス「NAVITIME」は、駅間ではなくポイント間の経路を検索できることで有名だ。利用者のアプリの利用状況には位置情報も含まれており、永平寺のある福井県周辺の京都や金沢からのアクセスが多かったため、県外からの観光客とみることができる。

ナビタイムジャパンMaaS事業部部長の森雄大氏からは、アプリ開発時に難しかったこととして「早い・安い・楽」などの通常の経路検索の切り口だけでは自動運転カートは提案しにくいという課題があげられた。「実際にリアルで運行していたとしても、経路検索に出てこなければ存在しないとの同じ」これはデジタルスペースにおける訴求や取り組みの重要性を物語っている。

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自動運転カートはそもそも低速のため、早く着きたいというニーズからは遠ざかる。実証実験中は無料のため「安い」という切り口で提案ができる一方、実証実験後に有料になると改めてその課題が浮き彫りになってくると言う。「なにかエッジのある切り口があると提案しやすい」今後、こうしたスローモビリティのような取り組みも増えることを考えると「早い・安い・楽」とは異なる切り口での提案が求められてくると森氏は語った。

自動運転カートの降車後に曹洞宗大本山永平寺に参拝に訪れた。座禅を組みながら感じたことに「自然に還る」ということがある。永平寺がある場所は山間部に位置し、降雪時には真っ白に覆われる地域だ。そんな過酷な場所にあっても「その場でしか経験できないこと」を求めて人が集まる。

そこにたどり着くための手段として本当に重要なのは技術ではなく人だ。この日も終日案内してくれたのは、永平寺町MaaS会議にも参加している民間の方だった。乗り合い運転にしろ自動運転にしろ、そこに人がいる限りその成否を握るのは結局人だ。そのためにも、もっと多くの人と話をし、お互いが協力していける環境づくりこそがこうした最先端の取り組みには不可欠だと感じた。

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■MaaS 3つ星評価
エリアの大きさ:★
実証実験の浸透:★★
住人の評価:★★
事業者の関わり:★★★
将来性:★★★

坂本貴史(さかもと・たかし)
株式会社ドッツ/スマートモビリティ事業推進室 室長
グラフィックデザイナー出身。2017年までネットイヤーグループ株式会社において、ウェブやアプリにおける戦略立案から制作・開発に携わる。主に、情報アーキテクチャ(IA)を専門領域として多数のデジタルプロダクトの設計に関わる。UXデザインの分野でも講師や執筆などがあり、2017年から日産自動車株式会社に参画。先行開発の電気自動車(EV)におけるデジタルコックピットのHMIデザインおよび車載アプリのPOCやUXリサーチに従事。2019年から株式会社ドッツにてスマートモビリティ事業推進室を開設。鉄道や公共交通機関におけるMaaS事業を推進。

永平寺町長の河合永充氏は、イードが1月31日に開催するMaaSセミナー「2020年MaaS関連推進予算~実現のための予算・減税制度・法制化・実証実験~」に登壇。永平寺町における地方版MaaSの取り組みと課題について、より詳しく語る。セミナー詳細はこちら

《坂本貴史》

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