ジャパンタクシーへの大きな期待と思わぬクレーム【藤井真治のフォーカス・オン】

クルマいす団体からトヨタにジャパンタクシーの改善要求

LPGの大きなタンクが車イスの乗降を難しくしている

車イス利用者のモビリティ・サービスについて包括的議論の余地

日本のタクシーは「ジャパンタクシー」に置き換わりつつあるが、厳しい要求も
  • 日本のタクシーは「ジャパンタクシー」に置き換わりつつあるが、厳しい要求も
  • ジャパンタクシーの車いす用スロープ
  • ジャパンタクシーの荷室。大きなLPGタンクが目立つ
  • ジャパンタクシーのボディ構造とLPGハイブリッドシステム
  • 後部ドアから車いすに乗ったままアクセスすることはできない
  • 日産NV200タクシー
  • シエンタの車いす仕様車(参考画像)

今や日本の都市部の景観を変えつつあるトヨタの『ジャパンタクシー(JPN TAXI)』。東京ではそのダークブルーのボディが街並みによくマッチしている。

2017年の発売以来そのユニークなカタチと居住性、環境にもやさしいLPGハイブリッドの魅力で日本のタクシーはまさにその名の通りジャパタクシーに置き換わりつつある。国土交通省のユニバーサルデザイン(UD)認定を取った車両は、大きな荷物を持った旅行者、クルマいすの乗車客、老人や子供を連れた人たちにも優しい。オンピック・パラリンピックを控えた東京都は国とあわせて合計で100万円の補助金を出し普及を推進している。

クルマ椅子団体からの厳しい要求

ジャパンタクシーの車いす用スロープジャパンタクシーの車いす用スロープ
その好調なジャパンタクシーに予想もしなかったクレーム勢力が現れた。車いすの団体がトヨタ自動車に対し乗降に不便な構造への改善要求を提出したのだ。署名が1万件も集まったという。

その団体によればジャパンタクシーの問題はクルマいすでの乗り降りに大変な労力と時間がかかる事だという。車イスでの乗車はクルマの左側歩道側のスライドドア。乗車をする際に運転手は備え付けのスロープを出して組み立て、シートの配列変更によって車内の充分なスペースを確保。ベルトの装着など安全対策をとり、車いすを押してスロープを上がり、室内で90度回転させる必要がある。結果乗車プロセスに20分くらいかかるという。

後部ドアから車いすは入れない

ジャパンタクシーの荷室。大きなLPGタンクが目立つジャパンタクシーの荷室。大きなLPGタンクが目立つ
トヨタとしては、これまで販売店やタクシー会社と共同でタクシーの乗務員に対し車いす乗車の際の手順をかなり積極的に教育してはいる。しかしながら「仕事のアガリ」に追われるタクシー乗務員としては20分の時間のロスは大きい。また車いすごと乗客を室内に乗り込ませる事自体、かなり骨の折れる仕事であり慣れない乗務員は乗車拒否をすることもあるようだ。

このデザインの「ジャパンタクシー」で移動の自由を楽しみたいと思う車いすの人々が、ちょっと期待を裏切られた気持ちになるのも理解できる。

車いすのユーザーとしてはサイドドアから運転手に押してもらうのではなく、後部ドアから自力でクルマに乗り込みたいと思うのは自然の欲求であろう。

ジャパンタクシーのベースになっているトヨタの『シエンタ』には後部ドアから乗り込めるタイプもあるため、同じかと思って実際にバックドアを開けてみると大きなLPGタンクがでんと鎮座し、後部ドアからの乗車を不可能にしている。

頑張って世に出したジャパンタクシーだが

一部の個人タクシーを除き現在のタクシーのほとんどはLPG(液化石油ガス)である。LPGはガソリンやディーゼルと比較し燃費が良いしEVなどと比較し車両値段が安い。コスト重視のタクシー会社はこのLPG方式は変えたくない。LPGタンクは大変大きくクルマの設計者泣かせの代物だ。従来型のタクシーはトランクルームを犠牲にしながら、後部座席の後ろに詰め込まれ目立たない存在だったのだが、UDデザインのジャパンタクシーのようなトランクと室内が一体になった構造では大変目立つ邪魔モノとなってしまったわけだ。

日産NV200タクシー
ユニバーサル認定は日産のワンボックス・ベースのタクシーである『NV200』も取っており、こちらは後部座席からクルマいすでも充分乗り込める。しかしながら、このタクシーはガソリンとLPGのバイフューエルでボディサイズも大きい。1日350kmも走る都市部の「流しのタクシー」には向いておらず、オンディマンド向けのタクシーに適していると言えよう。

トヨタの設計者はタクシー会社や乗客の要望を踏まえ、厳しいコスト制約の中でかなり頑張って「ジャパンタクシー」を世に出したようだ。従来型と比べると少し高額だが燃費もいい、補助金も出る。タクシー会社にとっては大変うれしいクルマ。もう一つのユーザーグループであるクルマいすの人たちにとってこのボディを見た時の期待値も大きすぎただけに、失望感も大きかったのであろう。逆に言うと従来型のタクシーが当たり前の時代はだれもクレームを出さなかっただろう。

モビリティ制約者へのインフラ整備のコスト負担は誰が

ユニバーサルデザインとは、移動の自由が制約された人たちにも優しいデザインである。クルマいす利用者、大きな荷物を抱えた旅行者、ベビーカー使用者、妊婦や松葉杖使用者、老人などである。シンガポールや北欧の先進国と比べると、日本の都市は昔と比べればかなり改善されたとはいえ、移動制約者にとって絶望的な部分が多い道路インフラや公共交通機関も多い。やはりドアツードアのクルマが救世主となる。

移動制約者のためのコスト負担をメーカーやタクシー業界に負担させることはできないため国や都の補助金が設けられてはいるが、もう少しハイレベルなところでモビリティ制約者のために何ができるかを包括的に考える場はないのであるろうか?本当にこのままLPGでいいのかという点も含め、まだまだ「都市モビリティのあるべき姿」については議論の余地がありそうだ。

<藤井真治 プロフィール>
(株)APスターコンサルティング代表。アジア戦略コンサルタント&アセアンビジネス・プロデューサー。自動車メーカーの広報部門、海外部門、ITSなど新規事業部門経験30年。内インドネシアや香港の現地法人トップとして海外の企業マネージメント経験12年。その経験と人脈を生かしインドネシアをはじめとするアセアン&アジアへの進出企業や事業拡大企業をご支援中。自動車の製造、販売、アフター、中古車関係から IT業界まで幅広いお客様のご相談に応える。『現地現物現実』を重視しクライアント様と一緒に汗をかくことがポリシー。

《藤井真治》

藤井真治

株式会社APスターコンサルティング CEO。35年間自動車メーカーでアジア地域の事業企画やマーケティング業務に従事。インドネシアや香港の現地法人トップの経験も活かし、2013年よりアジア進出企業や事業拡大を目指す日系企業の戦略コンサルティング活動を展開。守備範囲は自動車産業とモビリティの川上から川下まで全ての領域。著書に『アセアンにおける日系企業のダイナミズム』(共著)。現在インドネシアジャカルタ在住で、趣味はスキューバダイビングと山登り。仕事のスタイルは自動車メーカーのカルチャーである「現地現物現実」主義がベース。プライベートライフは 「シン・やんちゃジジイ」を標榜。

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