神様はブラジル人…評論家気取りでしゃしゃり出て

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神様はブラジル人…評論家気取りでしゃしゃり出て
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ワールドカップ決勝トーナメント進出へ向けた、日本人の一縷の望みを託した祈りも、残念ながら届かなかったようである。日本代表、一次リーグで敗退。2点差以上をつけて勝つためにはチーム全体を攻撃面へ押し出さなければならないというプレッシャーは、試合巧者のブラジルにうまく利用されて隙を突かれる形となった。ジーコ監督も、「最初のオーストラリア戦で2点差をつけられたことが最後まで影響してしまった」と敗因を語っている。

結果だけを見れば2敗1分。完敗である。すぐにまた評論家気取りの人間がしゃしゃり出てきて、やれ「A級戦犯はだれだ」とか、「小野を使うべきだった」とか言うのであろう。結果を知ってから語るというのはずいぶんと楽な立場である。そして、そこで矢面に立たされるのはジーコだろう。それも仕方のないことだ。日本人は試合が始まる前から敗北の責任者を探していたような気がする。ただ、応援の仕方も人それぞれであるし、それがサッカーの楽しみであるとも言えよう。

「無策」と言われようがジーコは選手を信頼したし、「独裁者」呼ばわりされようが川淵キャプテンは選手たちを盛り上げようと楽観的な言葉を並べ続けた。その姿勢は欧米社会では敬意をもって称えられている。思えば、ブラジルでさえ初出場から決勝進出までに20年、初優勝までは28年間かかっている。強豪と言われるスペインは、出場した11回のうち、優勝どころか決勝戦にすら出たことがない。日本は初出場からたった8年である。サッカーというスポーツは奥が深く、そうやすやすと一流のレベルに達することはできないものなのであるという現実をしっかりと見つめて、今日から次の大会を目指そうではないか。

ところで、本大会を前にして、1人の祈祷師がエクアドルからやってきて、サッカー場のピッチに立って祈りを捧げていたのをご記憶であろうか。上半身は裸で、片手には槍を持っていた。この映像を流したテレビ局のスポーツキャスターは、「いろんな人がいますねえ」と、明らかに未知の文化を見下している態度をカメラに晒していた。そのエクアドルは、2勝1敗の戦績で堂々と決勝トーナメントへの進出を果たしている。件のキャスターは彼らの雄姿をどのような気持ちで眺めているだろう。

ひょっとすると、神様はエクアドル人かもしれないが、日本人ではなさそうである。

筆者紹介:高木耕(たかぎ・こう)---神田外語大学国際言語文化学科講師。専門はラテンアメリカ地域研究。筑波大学大学院地域研究研究科修了。ジーコ監督が現役だった1980年代の前半をブラジルのリオデジャネイロで過ごす。外務省専門調査員(在コロンビア日本国大使館勤務)、国際協力機構(JICA)長期派遣専門家(ブラジル勤務)を経て現職。通訳や雑誌用の翻訳、テレビ番組制作のためのテープ起こしなどでサッカー関連の仕事経験が多数ある。

《高木耕》

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