7月28日、三重県鈴鹿市の鈴鹿サーキットで、2018-2019 FIM世界耐久選手権(EWC)最終戦“コカ・コーラ”鈴鹿8時間耐久ロードレース 第42回大会の決勝レースが行われた。
この耐久レースに、一人の女性ライダーが参戦した。平野ルナさん。今季は全日本ロードレース選手権ST600クラスに参戦するライダーだ。今回は、平野さんの鈴鹿8耐参戦の模様をお伝えする。
きっかけは小学1年生で乗ったポケバイ
鈴鹿8耐は、EWCの最終戦として設定されている耐久レース。例年7月下旬に開催され、『真夏の祭典』とも称される、日本で最大級の人気を誇る二輪ロードレースの一つだ。鈴鹿8耐ではスプリントレースと違い、2名から3名のライダーが1台のバイクを交代して8時間にわたって走らせる。バイク版駅伝、とイメージしてもらえばわかりやすいかもしれない。駅伝では1本のたすきを何人ものランナーがつないでいく。鈴鹿8耐では、1台のバイクを、2名から3名のライダーがつないで走らせる。
鈴鹿8耐の公式予選を翌日に控えた7月25日、平野さんに話を聞いた。平野さんは1999年生まれの19歳(※取材時点)。元々、動くものが大好きだったといい、小学校1年生のときにツインリンクもてぎで電動のポケットバイクに乗ったのがきっかけで、バイクの世界に足を踏み入れたという。
「実は1年くらい、バイクに乗るのを辞めた時期があったんです。けれど、小さいころでしたから、友人が活躍しているのを見ると、自分もやりたいなと思うようになりました。それでミニバイクを始めたんです」
その後、ミニバイクレースから地方選手権ST600クラスに参戦し、2018年には全日本ST600クラスにステップアップ。確実にキャリアを重ねてきた。そして2019年はTransMapRacing with ACE CAFEに移籍。バイクもヤマハ『YZF-R6』に乗り替え、全日本ST600で2年目のシーズンを戦っている。
いつの間にか鈴鹿8耐に参戦することが決まっていた
2019年から平野さんが所属するTransMapRacing with ACE CAFEは、静岡県の運送会社を中心として2015年に結成したレーシングチーム。2019年で5度目の鈴鹿8耐参戦となる。チームは全日本ST600ライダーである平野を、2019年の鈴鹿8耐に起用することを決定した。それが決まったのは、鈴鹿8耐から2か月ほど前のことだったそうだ。
「わたしからすると、いつの間にか鈴鹿8耐に参戦することが決まっていた、という感じなんです」と平野さんは笑う。
平野さんにとって、今回が鈴鹿8耐初参戦。普段戦っているST600と違って鈴鹿8耐では1000ccバイクを駆らねばならないし、TransMapRacing with ACE CAFEが鈴鹿8耐で走らせるバイクはスズキ『GSX-R1000』なので、メーカーも違う。600ccバイクで争われる4時間耐久レース、鈴鹿4耐へ2017年に参戦し、耐久レースの経験はある。ただ、今回はレース時間がその倍で、複数回の走行を行わなければならない。平野にとっては『初めて』の多い挑戦だ。
平野さんはここまでの仕上がりについて、「(24日の公式合同テストで)2回も転倒してしまったんです。それでメンタル的にだいぶ……」と苦笑い。そのあとすぐに「でも、やらないと。明日の予選はわたしにとっては本番みたいなものなんです。なんとか心の内側でメラメラと気持ちを燃やして、爆発させたいと思います」と、予選に向けて決意を語っていた。
すべてが初めての経験
翌日に行われた公式予選で、平野さんは2分16秒008をマーク。予選を突破し、チームメイトの大石正彦選手とともに、47番グリッドから決勝レースを迎えることになった。
決勝レースでは、スタートライダーを大石選手が務め、平野さんは第2スティントから走行。初の鈴鹿8耐で堅実かつコンスタントに走り切り、チェッカーライダーの大石選手にバイクを託した。結果は29位。チームとして、これまでで最上位の結果だった。
決勝レース後、平野さんに初めての鈴鹿8耐について聞くと、「(この日が)初めての20分以上の走行で、そしてフルタンク状態での走行も、今日が初めてだったんです。朝のウォームアップ走行では全くタイムが出なくて、『どうしよう、こんなに怖いのかな』と思ったのですが、いざレースが始まると、普通に走れました」との答え。受け答えもその表情も、ほんわかとした雰囲気を漂わせる平野さんだが、その言葉から度胸の据わりっぷりが垣間見える。
「最初はフルタンクに慣れるのに時間がかかりましたが、スティントを重ねていくごとにコツをつかむことができました。監督に言われていた目標タイムも出すことができました」
「レース中盤では転倒が増えて、コース上にはタイヤカスも散らばっていたんです。わたしも危ない場面がありました。でも、自分が保てるタイムで淡々と走る、というのが目標だったので、危険を冒さないような走りをしました」
耐久レースでは安定したペースと走りが求められる。コース上でのバトルが必要なシーンもあるが、なによりもバイクを無事に最後まで走らせることが大事なのだ。平野さんは自分の仕事を全うした。
「さすがに最後は脱水症状みたいになって、ヨボヨボしていました」と平野さんは笑う。「実は、わたしも体力面では心配していたんです。でもなんとか最後まで、ほとんどタイムを落とさないで走ることができました。そこは『よかった』という気持ちが大きいです」
『鈴鹿サーキットが大好きになりそう』って感じでした
真夏の炎天下の中で数時間、1000ccバイクを走らせ、全日本最高峰クラスのライダーや、スーパーバイク世界選手権(SBK)の4連覇王者、ジョナサン・レイなど世界で活躍するライダーたちとも同じ土俵で戦った。その経験は大きいものだったに違いない。
「全体的にみたら、本当にいろいろな経験ができたと思います。セーフティカーがほとんど入らない、クリーンなレースで、天候も最後に雨がぱらつきましたけど、わたしの走行のときまでは完全にドライ。『鈴鹿サーキットが大好きになりそう』って感じでした(笑)」
「1000ccバイクに乗って(レースをして)、勉強になりました」と言う平野さん。今後の目標について尋ねると「まだ全日本でノーポイントなので、(第6戦)岡山と(第7戦)オートポリスでポイントを獲得したいです。そして、最終戦の鈴鹿でいい結果を出せるように頑張ります」ときっぱり。決意のほどを感じさせる答えが返ってきた。
平野さんは鈴鹿8耐に参戦した印象について、「本当に楽しかったです」と笑った。インタビュー中は常に笑顔を絶やさず、ふんわりとした空気を漂わせていた。一方で、言葉の端々に感じられる芯の強さに、平野さんがレーシングライダーとして内に秘めるものをうかがい知る。コース上では強い意志で戦い抜き、チーム最上位の結果に貢献した。2019年鈴鹿8耐の経験を経て、「レーシングライダー平野ルナ」は今後も飛躍していくのだろう。