安全・ローコスト化をハイテクで達成した気仙沼水産業の復興

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気仙沼鹿折加工協同組合 事務局長の細谷薫氏
  • 気仙沼鹿折加工協同組合 事務局長の細谷薫氏
  • 容量7000トンに及ぶ大規模冷蔵倉庫
  • 「復興応援キリン絆プロジェクト」がデザインしたプレゼンルーム
  • 商品デザインも、一部「復興応援キリン絆プロジェクト」から生まれた
  • 気仙沼鹿折加工協同組合
  • 組合の周囲では加工工場の建設が始まっている

 東北の復興が新たなビジネスの芽を生んでいる。震災によって失われた工場設備、立地条件、マーケット。それらを、最新式で効率の良いものへと再建する中で、かつて無かった品質とコストを持つ商品が生まれつつある。

■総事業費20億円、地域の再興をかけた組合設立

 気仙沼市の内湾部にある鹿折地区で12年、エリアの水産加工業者を集めた気仙沼鹿折加工協同組合が設立された。目的は震災復興に向けての共同設備の建設、およびブランド確立による新規マーケットの開拓。三陸の水産加工では業界に名の知れた株式会社かわむらの声掛けもあって、設立時点で17社が加入した。

 組合事務局長の細谷薫氏によると、こうした事業スキームは震災から1年ばかりの間に、急ピッチで組み上げられたという。震災による津波で工場を失った事業者が、一人も脱落者を出さずにみんなで生き残る。そんな理念に共感して、支援をしてくれる人々もいた。

「当時たまたま縁があってお会いした三井物産、住友商事の方からは、様々な援助を受けることができました。組合事務所はその寄付によって建てられましたし、建物内のプレゼンルームなどのデザインは、『復興応援キリン絆プロジェクト』から生まれたものです」

 一方で、約20億円に及ぶ事業費についても、様々な補助金を利用できたという。例えば、組合員が共同利用する施設の総事業費については、容量7000トンに及ぶ大規模冷蔵倉庫の7/8が、1日あたり約1000トンの処理能力を持つ海水滅菌施設の5/6が補助金を利用したもの。さらに、農林中央金庫から融資を受けたことで、ほぼすべての事業費を持ち出しなしで確保できたという。

「当時は様々な補助金の情報が入ってきていましたので、それをかき集めて可能な限り利用しました。また、農林中央金庫様についても、5年間は無利子で、その後も通常では考えられない低金利で融資を受けることができたんです」

■共同設備で業務・コストを効率化

 大規模冷蔵倉庫や海水滅菌施設は、設立にあたって共同出資した組合員が利用する。それは、かつては加工工場が立ち並んでいた一角。津波にすべてがさらわれた広大な更地にあり、周囲には組合員の加工工場が今まさに建ち始めようとしていた。

「震災後に法的な土地の区画整理が進まず、この一帯には3年間の建築制限がかけられました。コンサルタントに依頼して、我々が自ら区画割を行いましたが、それが無ければ今でも組合の施設は完成していなかったと思います」

 その一方で、組合で区画を定めたことは、事業の効率化に貢献した。大規模冷蔵倉庫が工場の目の前にあるので、搬送の手間が最低限で済む。そのオペレーションについても、可能な限りの融通が図られた。他社の冷蔵保管庫を利用する場合などには、前日午後までに書類を提出しなければ、翌日朝の入出庫ができないこともある。しかし、組合が管理している倉庫であれば、電話やファックス1本で、いつでも好きな時に入出庫が行えた。

 また、滅菌した海水についても、付近の工場へとパイプラインで送られ、蛇口をひねるだけで利用できる。水産加工の現場では、鮮度を保ちながら素材を解凍、もしくは洗浄するには大量の海水が必要だった。その設備も大規模になるため、外部から購入したものをタンクロータリーなどで運ぶケースもあったという。

「何より、これらの設備を共用したことで、ランニングコストは劇的に下がりました。電気代や減価償却、メンテナンスの負荷を抑えることで、商品のコスト競争力を高めることができたのです」

 冷蔵倉庫や海水滅菌施設を工場内に設置した場合、その設置面積の問題から、生産力の低下は否めなかったという。しかし、これらの設備を外部で賄うことで、施設内にはスペースの限界まで生産ラインを配置できた。

■最新設備で商品の更なる競争力を追及する

「震災によって、東北の水産加工の現場は一変しました。補助金を用いることで、最新の生産設備を導入。オートメーション化により人的コストは下がり、衛生面も比べものにならないほど向上しています」

 国内を見渡せば、小規模事業者の中には掘立小屋に人を集めて、昔ながらの仕込みで加工を行っている会社もある。しかし、今の時代において、バイヤーの目は以前よりはるかにシビアだ。安全性がなければ消費者がモノを買わない時代、こういった業者の製品は市場から淘汰されはじめている。

 ただ、その一方で震災は気仙沼の水産加工業者のマーケットを奪った。工場を失い、生産が止まる中で、スーパーの棚や飲食チェーンの発注ロットは、次々と他の地域に割り込まれていく。工場施設を仮設や間借りして生産を再開しても、そうした受注は決して簡単には戻らない。

 事業の再開には今まで以上の商品力が必要となる。そのため、組合に参加する各事業者では新たな商品開発が進められた。パッケージもデザインを変え、日焼けや劣化を防ぐための新たな技術が取り入れる。今では他の地域より一歩進んだ設備と技術力を実感しているという。その売り上げ規模はかつての8割程度まで復旧した。

 さらに、衛生面が向上したことで、国際的な食の安全規格「HACCP」に対応する工場も増えた。これを武器に組合では海外展開についても、積極的に動き出している。近い将来、TPPに向けた国の支援が始まる時期に向けて、アメリカやEUへのマーケットを開拓。アジア圏でもバイヤーとの商談を進めている。その一手としてシンガポールでのリサーチに向けて、アンテナショップに置くサンプルが今まさに送られているところだ。

■気仙沼・鹿折の水産加工は今、復活する

 一向に進まない区画割などもあり、工場や住宅街の再建が遅れたことで、かつての働き手たちは都会へと流れた。それは、事業を再開した今も戻らず、多くの加工現場が人手不足を抱えている。

 その対策として組合が勧めているのが、外国人研修制度の利用だ。現在もアジア圏から6人の実習生を受け入れ。取材中に隣のプレゼンルームをのぞくと、日本語の研修が行われていた。5月には新たに12人の実習生を、組合の工場に派遣する計画だという。

 帰り際にタクシーの運転手から、復興工事が進む湾岸部を走る車内でこんな話を聞いた。最近ようやくガソリンスタンドの建設が始まって、給油の心配をせずに済みそうだ、と。震災から約6年、ガレキの撤去された気仙沼・鹿折地区で、ようやく本格的なビジネスの再建が始まろうとしている。

【東北の農林水産業は復活する!】最新設備で生まれ変わる水産加工ビジネス、気仙沼復興の今

《丸田鉄平/H14》

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