【K-TAI 2015】「レースでなら皆と一緒に走れる」車いすドライバー、初参戦に笑顔 | レスポンス(Response.jp)

【K-TAI 2015】「レースでなら皆と一緒に走れる」車いすドライバー、初参戦に笑顔

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独自の改造を施したカートで“K-TAI”に参戦した長屋宏和さん
  • 独自の改造を施したカートで“K-TAI”に参戦した長屋宏和さん
  • 独自の改造を施したカートで“K-TAI”に参戦した長屋宏和さん
  • 長屋宏和さん
  • 2015もてぎKART耐久フェスティバル“K-TAI”
  • 長屋宏和さん
  • 2015もてぎKART耐久フェスティバル“K-TAI”
  • 2015もてぎKART耐久フェスティバル“K-TAI”
  • 2015もてぎKART耐久フェスティバル“K-TAI”
2015年8月30日に開催された「2015もてぎKART耐久フェスティバル“K-TAI”」の「エンジョイクラス7時間耐久」に、ひとりの車いすドライバーが参戦した。

彼の名前は長屋宏和。1979年生まれの35歳だ。14歳からレーシングカートに乗り始め、フォーミュラードリームやF3に参戦。将来を嘱望されるレーシングドライバーであったが、2002年10月の鈴鹿サーキットのレースでクラッシュ。頸椎損傷四肢麻痺の重度障害者となった。足が動かないだけでなく指も動かない。現在は、車いす用ファッションブランド「ピロ・レーシング(Piro Racing)」を立ち上げている。

そんな長屋氏だが、「レースをするのは当たり前のことですから」と、事故の後も再びモータースポーツに挑戦しようとする。しかし、ステアリングを握ることもできないため、「カートをやるのは無理だよ」と言われたという。諦めきれない長屋氏は、ステアリングに両手を固定し、右手を押せばアクセルON、左手を押せばブレーキという機構を仲間と作り出す。そして、2004年には、自身のカートでレースに復帰したのだ。

その長屋氏が、初めて「K-TAI」に参戦した。参加したのは、「クラブレーシング」というメディア関係の人間が主体となっているチーム。3台のマシンが参戦し、1台につきドライバーは4人。そのうちの1台に長屋氏が乗ることになったのだ。

そこで問題となったのはマシンだ。長屋氏用に作ったステアリング/アクセル/ブレーキ機構は、他のドライバーが使えない。また、転倒時の安全を確保するための改造も必要であった。そこで、チームは長屋氏の乗る1台にロールバーと牽引フック、4点式シートベルトをセット。そして、ステアリング機構は取り外し可能とした。他のドライバーが乗車するときは、ステアリング機構をごっそりと入れ替えるのだ。

そして本戦の約1か月前に行われた練習会に、初めてチームに合流しての走行を行う。「他の人と一緒に走れるのを証明するために、コースアウトしないことが、僕のやるべきことでした」と長屋氏。ここで長屋氏はドライバーとしての非凡さを見せつけた。無事に走るだけでなく、チーム内でもトップレベルのタイムで走ってしまったのだ。「ストレートが遅いなあと思いました(笑)」と長屋氏。考えてもみれば、彼はF3も経験している人間。思い通りにマシンが動けば、プロの走りを披露するのは、ごく当然のことなのだろう。

そして、耐久本番の8月30日。今にも雨の降りそうな中、長屋氏はトップドライバーとしてスタートを切った。約20分の最初の走行を終えて帰ってきた長屋氏は、開口一番に「もっと走っていたいね」とニッコリ。「これなら100周くらいできそう。もう終わっちゃうの?」とも。

「普段の生活は、みなさんの手を借りないといけないことが多いんですけれど、サーキットはまったく別。誰も僕を障害者とは気にせずに一緒に走っています。それが嬉しいですね。もちろん、レースは誰もが安全というわけではありませんが、僕ができるのなら、他の人もできるはず。カートに乗れる人が増えるといいですね」と長屋氏。

終日ニコニコと楽しそうな様子の長屋氏は、最終ドライバーとして、午後4時に再びコースへ。そして30分の走行を終えて、無事にゴールを迎えた。
《鈴木ケンイチ》

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