【ベントレー フライングスパー W12 & V8 徹底試乗】永遠に答えの出ない甘美な選択肢…島下泰久

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ベントレー フライングスパー W12
  • ベントレー フライングスパー W12
  • ベントレー フライングスパー
  • モータージャーナリスト 島下泰久氏
  • ベントレー フライングスパー V8
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新しいベントレー『フライングスパー』、デリバリー開始から1年ほどが経過して、特に都心ではその姿を見掛ける機会が増えてきた。『コンチネンタル フライングスパー』を名乗っていた先代が、まさしく『コンチネンタルGT』のセダン版というスポーティな印象だったのに対して、よりラグジュアリー感の強められた新型。しかしながら都会の風景の中で改めて見ると、決して落ち着いてしまったというわけではないなと気付かされる。

奇を衒わずシンプルで美しく、それでいて押し出しもちゃんとある、その佇まいはまさに別格。堂々としたフロントマスクと、その眼光の鋭さにはドキッと心を射抜かれるし、なだらかにドロップしたテールの美しさなどは、どれだけ眺めていても飽きないほどだ。

存在感がある。ありきたりな表現だが、その姿を見ていると、やはりその言葉に尽きるなと思う。その強いオーラは、単なる“高級車”の枠を超えている。

このフライングスパー、当初設定されたW12に加えて、現在ではそのラインナップにV8モデルも用意されている。今回は改めてこの2台を連れ出してみたわけだが、この選択は実に悩ましいものがある。

W12が積む6リットルツインターボユニットのエンジンフィールは、まず何より重厚、そして滑らか。いかにも精緻な機械が動いているという感じが伝わる、 きめの細かい吹け上がりは、それこそ100rpmごとにトルクが詰まっているかのような濃密感に満ちていて、すべての瞬間、瞬間にうっとりさせられてしまう。

「やっぱりコレでしょう」

こんな言葉が、思わず口をついて出る。この感覚は、12気筒エンジンでなければ味わえないもの。単にスムーズなだけなら電気モーターでもいいのかもしれな いが、この深く濃い味わいは、内燃エンジンだからこそ実現できたものであることは間違いない。それから…ミーハーかもしれないが、12気筒という響きも、 やはりそれだけで甘美だ。

続いてV8に乗り換える。順番が逆だったかな、なんて思いは走り出した瞬間、消し飛んだ。

4リットルツインターボエンジンは明らかに回転上昇が素早く、軽快という言葉すら使いたくなるほど。但し、軽薄という意味ではない。ごく低回転域から回転 計の動きにトルクが完全にシンクロして、W12に較べるとやや粒の立ったビートを響かせながら、弾けるように加速していく。ここには、間違いなく快感が宿っている。

少なくとも日常域では、力強さだってまったく遜色はない。おまけにV8は、エンジン重量自体が削り取られていることからフットワークも鼻先が軽く、意のままになる感覚が、より強調されている。

「やっぱりコッチかな」

舌の根も乾かぬうちに、そんなことを呟いている自分に気付く。けれど本音なのだから、仕方が無い。あるいは、ベントレーにはV型8気筒エンジンの長い伝統があるだけに、これこそ正統派と受け取る人も居るだろう。このエンジン、そんなオールドファンをも十分に納得、満足させるだけの仕上がりになっている。

そう、W12に乗ればやっぱりW12だと思い、V8に乗り換えると、V8こそが本命ではと考えを新たにする。永遠に、その繰り返しなのである。

いずれにしても言えるのは、そこにはフライングスパーでしか、ベントレーでしか得られない独自の世界があるということだ。それはW12でもV8でも共通の、普遍のものだと言っていい。

とりわけ象徴的なのは、あくまでもベントレーはドライバーズカーだということだろう。もちろんリアシートに座る人にも、極上の快適さをもたらしてくれることは言うまでもない。また、今や英国王室の御料車としても使われるブランドである。しかしながらベントレーは、やはり本来、自らステアリングを握ってこそのクルマだ。

それはフライングスパーも、まったく変わらない。だってそうだろう。単にリアシートに座るためだけのクルマだったら、W12かV8かを悩む必要なんて無いのだ。触れていると自然とそこに、どうしても重きを置いてクルマを見てしまうのは、これがベントレーだからこそ。そんなラグジュアリーカーは、他には無い。

そう、結局はフライングスパーは代わりの効かない1台だ、と言うことができそうである。自らをブランドだと、あるいはプレミアムだと、言うのは簡単だし自由だが、本来ブランドとは、何か別の選択肢もあるというものではない。ましてハードウェアとしてよく出来ているというだけで、なり得るものでもないはずだ。

唯一無二の、何をも寄せ付けない個性、他では味わえない世界があってこそ。そう考えた時、ベントレーは、フライングスパーは、まさしくそこに当てはまる。 街で見掛けた時に感じる存在感、あるいはオーラは、単にデザインやサイズの問題ではなく、まさにこうした本質の部分から匂い立っているのである。 

島下泰久│モータージャーナリスト。
クルマの基本である走りの楽しさから、それを取り巻く諸々の社会事象、さらには先進環境・安全技術まで、クルマのある生活を善きものにするすべてを守備範 囲に、専門誌から一般誌、各種ウェブサイトなどに執筆。著書に『極楽ガソリンダイエット』(二玄社刊)、徳大寺有恒氏との共著『2015年版間違いだらけのクルマ選び』(草思社刊)など。

《島下泰久》

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