【ホンダ N-WGN 600km試乗 後編】峠で際立つ運動性、残るは味付け…井元康一郎

試乗記 国産車
信濃大町の山岳博物館にて
  • 信濃大町の山岳博物館にて
  • N WGNカスタム
  • 高瀬渓谷からアルプスを望む。聞こえる人工音は高高度を飛行する旅客機くらいだ
  • 高瀬水系最下流の大町ダムにて
  • 縦型コンビネーションランプ
  • インパネの造形は凝っている
  • 冬季閉鎖中の七倉トンネル
  • トンネルの中は闇

ホンダの新世代軽自動車「Nシリーズ」第4弾として昨年11月にデビューしたトールワゴン『N-WGN(Nワゴン)』で600kmあまりドライブする機会があったのでリポートする。

試乗コースは東京・葛飾と長野北部の高瀬渓谷の往復で、総走行距離は604.0km。葛飾から上信越自動車道藤岡インターチェンジに至る一般道コースでは、シート座面の形状、幅にストレスを感じる面があった。長野の手前の坂城インターまでの高速クルーズでは安定性は十分。平時の直進性も良好で、パフォーマンスは軽自動車としては平均を上回っているように思われた。

600km試乗の後半は、坂城インターから高瀬渓谷に至るワインディング、そして国道406号線を長野市心へ向かう“酷道”での試乗となる。

◆Nワゴンの性能が最も活きる…ワインディング

坂城インターから聖高原を経由し、大町から高瀬渓谷に至るまでの区間はワインディングロード。俗にオリンピック道路と呼ばれる整備された道ではなく、路面の荒れた山間部の隘路を経由したのだが、Nワゴンがもっとも活き活きと走ったのはこのワインディングロードであった。平地の一般道や高速道路では終始突っ張ったような乗り心地でしなやかさに欠けていたのだが、路面の悪い道での乗り心地の悪化は軽自動車の中では相当に抑制されたほうだった。

ロードホールディングも軽自動車としては水準を大きく上回る良さで、舗装が破損して大きく凹んだような場所を通過してもグリップが失われるようなシーンはほとんどなかった。タイトコーナーでのターンインに伴うアンダーステアはN ONEより小さく、低い速度レンジでの軽快感は秀逸であった。

◆冬の名残を感じながら高瀬ダムを駆ける

高瀬渓谷へ向かった目的は、早春の高瀬ダムまで散策を楽しむこと。高瀬ダムは観光地として有名な黒部第四ダムと3000m級の後立山連峰を隔てた長野県側にある山奥のダム。ダムマニアはともかく一般的な知名度はきわめて低いが、堤高176mと、同186mの黒部ダムと国内ワンツーフィニッシュを飾る巨大ダムだ。

黒部ダムがダムの観光化に積極的な関西電力の管轄であるのに対し、高瀬ダムはダム観光を嫌がる東京電力の管轄。ゆえにダムサイトを訪れても売店のひとつもないばかりか、携帯電話は全キャリア不通。唯一の連絡方法は10円玉しか使えない懐かしのダイヤル式公衆電話のみ。また、烏帽子岳方面を除けばどの槍ヶ岳北鎌尾根を筆頭にどのルートも屈強のアルピニスト向けということもあって、紅葉最盛期などごく一部の期間を除けば、訪れる人もまばら。

4月5日の入山者は筆者1人であった。かように寂しい渓谷だが、道路が整備され、アプローチが簡単であるにもかかわらず、自然の息吹を間近に感じられるという独特の魅力があり、さらに渓谷には葛温泉高瀬館、七倉山荘などの良泉が点在しているなど、ドライブ+散策+温泉という休日の行楽では間違いなく穴場と言えるスポットだ。

夏季は七倉山荘から電源開発道路経由で高瀬ダムまで徒歩区間5.7kmなのだが、ゴールデンウィーク直前までは県道槍ヶ岳線の一部が冬季通行止めとなるため、その手前の葛温泉にクルマを置いて、片道8kmほどのウォーキングとなる。途中にある全長1km近い七倉トンネルは冬季通行止めの間は非常灯を除きトンネル内の照明がすべて落とされるため、懐中電灯を持っていかなければ漆黒の闇の中を歩くことに。また、冬のトンネルには時々クマが退避していることがあるため、声を出したり歌ったりしながら歩くのがオススメだ。

七倉山荘を過ぎ、全長1150mの山ノ神トンネルを抜けると、そこはアルペンのサンクチュアリといった空気感。4月は山にも遅い春が訪れる季節だが、この日はダムサイト付近の気温が日中でも氷点下5度にまで下がっていたため、木の枝にかかった雪解け水が凍って氷柱になったり、山頂にかかる雪雲から吹き飛ばされてきた小雪が晴れた空に舞うなど、冬の名残を楽しむことができた。高瀬ダムから先は除雪されていないため、ちょっと冒険したい人はこの季節でもスノーシューは必携。また雪崩にも要注意だ。

◆軽自動車のサイズがメリットになる酷道

帰路は来た時の道ではなく、白馬村から民話の里として知られる旧鬼無里村、戸隠を経由して長野市心に至るコースを取った。この国道406号線は全線舗装されているものの、1~1.5車線区間が随所にある狭いルートで、“酷道”などと呼ばれている。今から四半世紀ほど前は、酷道といえば国道352号線の枝折峠のように全線未舗装、ガードレールなし、道端に「転落死亡事故多発、連絡方法なし」と書かれた看板が立てられているようなところを指していたものだが、今日では不通区間を除けば枝折峠や国道152号線地蔵峠、国道157号線温見峠などの険路も含めて一応舗装がなされ、身の危険を本格的に感じるようなところはほとんどなくなった。その中にあって国道406号線は、相対的に酷道のはしくれくらいの悪さではあった。

このルートを選んだ理由は、白馬から鬼無里に向かって登っていったところにある白沢峠から夕暮れのアルプスを一望するためだった。長野市側から走ってくる場合、白沢洞門を通過した直後にいきなり鹿島槍ヶ岳、五竜岳、不帰嶮(かえらずのけん)と連なる後立山連峰の偉容が目に飛び込む感動のスポットだ。

国道406号線は白馬から鬼無里までは完全なサブルートで交通量も僅少だが、戸隠から長野までは道幅が狭いにもかかわらず、日本の自然百選に選ばれている奥裾花渓谷目当ての観光バスも結構多く走っていたりと、交通量は意外に多い。そういう道路では、軽自動車の車幅の狭さは大いなるメリットで、ストレスフリーのドライブが楽しめた。

◆20km/リットル超えの燃費で“水準”はクリアだが…

さて、区間燃費だが、東京・葛飾から103kmの高速巡航を挟んで葛温泉に至り、そこから国道406号経由で長野市郊外に到達した時点で1回めの給油を行ったところ、給油量は18.16リットル。走行距離は367.2kmで、満タン法燃費は計器表示の21.0km/リットルに対して20.2km/リットル。

次に国道18号線を燃費アタックしながら松井田まで104km走行した時点で2回めの給油を行い、4.28リットル給油。計器表示26.7km/リットルに対して満タン法燃費は24.3km/リットル。そこから東京・葛飾までの132.8kmはアイドリングストップが作動しないECONモードオフでドライブし、6.23リットル給油。計器表示23.8km/リットルに対し、満タン法燃費は21.3km/リットルとなった。

トータルでは604km走行で給油量28.67リットル、満タン法燃費は21.1km。ロングドライブで20km/リットル超えという今日の軽自動車の“最低ノルマ”はクリアしたが、FWD(前輪駆動)でありながら、さらに厳しいルートを走ったスズキ『ハスラー』のAWD(四輪駆動)ターボにわずかではあるが後れを取ったのはいただけない。

Nワゴンはタウンスピードで走行するさいのエンジン回転数が若干高めなうえ、スロットルを戻した時に減速エネルギー回生と燃料カットを同時に頑張るようプログラミングされているらしく、注意深くスロットル操作を行わないと失速してしまう。低速での速度維持のために必要なアクセル操作量がハスラーに比べて多めなのがエコランを難しくしている一員であるように思われた。

◆まとめ…味付けを徹底的に

Nワゴンは、比較的近距離を走る機会が多く、かつ無難なデザインを求めるカスタマーにとっては十分に候補になり得るだけの資質を持った軽トールワゴンだった。室内空間は乗車スペース、ラゲッジスペースとも十分以上に広く、4名乗車も十分にこなせる。半面、エクステリアデザインにホンダの独自性は薄く、いまひとつキャラクターが立っていないのも確かだ。

キャラ立ちを求めるユーザーは『N-ONE』が受け皿となればいいとも言えるので、あえてその点には目をつぶるとして、乗り心地はもっとよくできるはずなので、年次改良では足回りのファインチューンをしっかりと施してほしいところ。ワインディングでは滑らか、高速道路や都市部では揺すられ感が強いことから、サスペンションの伸び側のチューニングは良く、縮み側のチューニングに難ありという感がある。Nワゴンに限らず、最近のホンダはシャシーチューニングが雑、あるいは独善的になっているところがあるので、頑張っていただきたいところだ。

ホンダの2013年度の決算は、四輪車事業の売上高営業利益率が4.4%と、円安ブーストもあって高収益にわく自動車業界のなかで完全な負け組となっている。付加価値を高め、収益性を改善する第一歩は、ちょっと乗っただけでいいクルマだとユーザーに思ってもらえるよう、味付けを徹底的に頑張ることなのだから。

《井元康一郎》

井元康一郎

井元康一郎 鹿児島出身。大学卒業後、パイプオルガン奏者、高校教員、娯楽誌記者、経済誌記者などを経て独立。自動車、宇宙航空、電機、化学、映画、音楽、楽器などをフィールドに、取材・執筆活動を行っている。 著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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