【F1分裂騒動…Part 3】ターボパワーで分裂を収集したかに見えるが | レスポンス(Response.jp)

【F1分裂騒動…Part 3】ターボパワーで分裂を収集したかに見えるが

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FISAとFOCAとの争いは1982年まで燻り続けた。当時のFOCA代表バーニー・エクレストンと、マーチの創設者の1人であるマックス・モズレー(現FIA会長!)は、FISAのバレストルに対して「F1新シリーズ」の発足を匂わせたりもした。まさに歴史は繰り返す……ということだろうか?

1982年ブラジルGPでは優勝したFOCA系チームのFISAによる失格裁定に反発し、次戦をFOCA系チームのほとんどがボイコットしてしまった。南アフリカGPでは全ドライバーがライセンス問題に抗議して予選一回目をボイコットしてしまったのも当時の空気がそうさせたのだと言えるだろう。

だが、やがて時流とともにFISA対FOCAの抗争は収束していく。ターボ・エンジンの台頭によりそれまでコスワースDFVで戦ってきたイギリス系FOCAチームも、FISA系チーム=自動車メーカーと共闘路線を歩まなければならなくなったのだ。

FISA(FIA)側とFOCA(現FOA)側はついに協定を結んだ。それは当時のFIA本部があったパリ・コンコルド広場に由来して「コンコルド協定」と呼ばれた。その正式な書面にはレギュレーション変更時の手順から利益の分配など、F1に関する様々な条件が明文化されていたが、FIAと参加チームしかその書面内容を知ることはない。コンコルド協定の決まりは、FIAが作製した書類に対してチーム側が一旦署名すると、チーム側はそれに従わなければならないというもの。

結果、バレストルは念願だったFIAの統治によるF1世界選手権を実現させた。その一方でバーニーはF1の開催権利に加えて、F1放映権利を一括して管理することになる。これは2001年に再び勃発したF1分裂騒動のプロローグであった……。
《編集部》

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