【F1分裂騒動…Part 2】80年代、メーカー系とコンストラクター系が対立 | レスポンス(Response.jp)

【F1分裂騒動…Part 2】80年代、メーカー系とコンストラクター系が対立

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2001年に勃発したF1分裂騒動を知るためにも、1980年に起きた事件を再確認することは遠回りではない。じつはF1が分裂騒ぎを起こしたのはその1980年から(表面的には)2度目のことなのである。

現在、FOAとして組織されている団体の起源は「FOCA」(F1製造者協会)に遡ることができる。FOCAとはF1コンストラクターの組合のような組織だったと考えて良いだろう。1970年台半ばに組織され、当時、ブラバムのチームオーナーだったバーニー・エクレストンがFOCAの会長職を兼務した。バーニーはそれまで各チームが個別にレース主催者と賞金やスターティングマネーの取り分などを交渉していた原始的なやり方を一手に引き受け、チームがレースに集中できる環境を整えた。

いっぽうFIA内には、元々FIA-CSIというひとつの委員会組織があったが、ジャンマリー・バレストルがFIAの会長に就任した後これをFISAという個別の組織に独立させ、F1の運営やレギュレーションに対して口出しをするようになった。FISAはどちらかと言えばヨーロッパのメーカー系チーム(フェラーリ、ルノー、アルファロメオなど)側に立った運営を行った。

ところがFISA=バレストルは、FOCA=エクレストンの存在が疎ましくて仕方がない。何故ならイギリス系コンストラクターの代表であるFOCAとことあるごとに意見が対立したからだ。以後、FOCAとFISAは徹底的にやりあうことになる。

1980年6月、スペインGPで事件が表面化した。メーカー系であるFISA系チームが参加を取りやめたのだ。それでもグランプリはF1興行権を持つFOCAによって開催され、FOCA系チームの22台が参加して強行された。ところが翌日、FISAはそのスペインGPが違法レースであったと表明し、結局、1980年のスペインGPは世界選手権として記録に残らないレースとなってしまった。続くフランスGPは、当時FIA本部がフランスにあったためFISA系の3チーム=6台しか出走しないという噂まで噴出することになる(結局、全車が出走)。
《編集部》

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