【メディアウォッチ座談会】『CAR GRAPHIC』1999年12月号:日本を代表する孤高の自動車雑誌が抱える悩みとは?

モータースポーツ/エンタメ 出版物

S 『CAR GRAPHIC』は1962年創刊の老舗の総合自動車雑誌です。冷徹で公正なハードウェア批評と、美しい写真やレイアウトを特徴としており、海外でも「日本を代表する自動車雑誌」として評価の高い雑誌ですね。12月号では、アウディTTクーペの試乗およびライバル比較、東京モーターショー速報、スクーデリア・フェラーリ現地取材などが目玉になっています。

F 僕は表紙についてまず一言いいたい。スタジオ撮影による現在の『CAR GRAPHIC』(以下『CG』)の表紙は、一足先に表紙のデザインを変えたイギリスの自動車誌『Car』の表紙によく似ているのが気になりますね。『CG』は海外でも読まれている雑誌だけに、ちょっと恥ずかしい。とくに360モデナとか911GT3が表紙だった号はソックリだった。

T たしかに『CG』の表紙デザインはこの数年、頻繁に変わっていますね。いろいろ迷いがあるんでしょう。

F 表紙はともかく、やはり『CG』は世界的に見ても、全体的なクオリティが高い雑誌ですね。最新ニュースもひととおり入っているし、スクープ性も高い。批評は辛口だし、エコロジーや安全問題にもきちんと目配りしている。総合誌としての完成度の高さはさすがです。

T ただ、「グラフィック」というわりには、最近の号は字が多い気がしますね。総ページ数が減ったせいか写真の扱いにしわ寄せがきている気がします。とはいえ今月号でいえば、表紙にTTクーペのサイドビューのセンター部分の写真を使い、中の特集トビラ写真で同じTTクーペのサイドビューのフロント部分の写真を使う、といった贅沢なレイアウトには好感が持てます。

F そのTTクーペ特集ですが、TTクーペはヨーロッパで、特にFWDモデルのリアサスペンションの挙動が不安定なことが問題になっていて死亡事故まで発生しているというのに、その問題についての言及があまりなかったのは残念ですね。

S そのへんの事情を取材者は知っていたと思うし、また日本はクワトロ・モデルのみの導入とはいっても、硬派のジャーナリズムを標榜する以上この問題にはもう少しきちんと言及してほしかったですね。クワトロの試乗記には「急激なオーバーステア傾向があり」、「対策が進められている」と記されてはいますが。私も含めて読者のすべてがCGスタッフなみに運転がうまいわけではないのですから、もうすこし配慮があってもいい。

T TTについては、もう少しページをとってもよかったかも。

F しかし、新車のバイヤーズガイドとしては申し分なくできていると言えるでしょう。その他にもローバー75やメルセデスCL、キャディラック・ドゥヴィルなど、ニューモデルの試乗については充実しています。この号に登場する新車を買いたいと思っている人には、12月号はいいガイドブックとなっています。

T たしかに12月号は情報としては充実しているけど、読み物としてのおもしろさにはやや物足りなさを感じます。

F 東京モーターショーのリポートについては月並みですね。すべてのエグゼクティブのコメントを収録しているところはさすがだけど。ニュース・エディターがしっかりしている。

T 『CG』はデザインについてもよく取材しているのも特徴です。この号にはフランクフルトショー・リポートの後編も掲載されていて、ポルシェとオペルとメルセデスベンツのデザイナー・インタビューをしているのが面白かったですね。アウディTTのデザイナーにもインタビューしています。

F もうひとつ『CG』の優れているところは、昔からモータースポーツの報道に力を入れているところ。取材が専門誌なみに深いのが特徴です。F1、WRC、ヨーロッパのツーリングカー、アメリカのCART、国内レースと幅広く網羅しています。今月号でもフェラーリの優勝を見越してか(?)、マラネロに飛んでスクーデリア・フェラーリの取材をしています。

S さすがにマレーシアGPでのフェラーリ失格処分の取り消し報道までは間に合わなかった。

T ヒストリックカー・レースについてもツボを押さえているのも嬉しい。

F なんといってもきわめつけは「ジャビーズ・コラム」でしょう。僕はこれだけは必ず読みます。現在の閉鎖的なモータースポーツ界の中で、ここまで辛辣なことをいう人を起用している姿勢は立派です。ラリーについても巨匠マーティン・ホルムズを起用しているし、コラムはじつに内容が深いですね。

T だた『CG』は内容が専門的に過ぎるので、買う人がどれだけいるかという問題はあるでしょう。『CAR STYLING』や『AUTO SPORTS』と同様に「売れる本を作るか、いい本を作るか」で悩んでいる雑誌だと思います。

F でも『CG』の場合は「いい本」を作っていこうという姿勢を固持する方針があるように感じます。

S 同感です。だから過剰に期待しすぎるのかもしれないけど。

T 新型車の試乗記などを読んでいると、テスターの方は相当な確信を持って辛辣な批評をしているように読めます。が、たとえば自動車メーカーの技術者やテストドライバーといった専門家の視点から見ても、正確な批評がなされているんでしょうか。そのへんは素人には分からないんですけど。

F たしかに細かな分析については間違いもあるかもしれないけれど、でも『CG』スタッフは確信を持って批評しているし読者もそれを支持しています。いずれにせよその姿勢は尊敬に値する雑誌ですよ。

T ダイエーの監督になりたての頃の王監督みたいな感じもしますけどね。えらい人で、よい成績も残している。でも多くの人が慕って寄ってくるわけではない。

S ちょっと心配なのは、最近のクルマはどれもハードウェア的に良くなっているから、『CG』がこれまで一貫して行ってきたハードウェア評価だけでは自動車を評論することが難しい時代になっている、ということですね。とはいえ『NAVI』的な「文化的コンテクストにおける自動車評論」が必ずしも最良だとは思いませんが。これまでのような「ハンドリングはこうだ」「加速は何秒だ」といった微分解析的な自動車評価では、メーカーの人にはともかく、一般読者に「その自動車の全体像」が伝わるのだろうかという疑問がある。さらに言えば、そういう「ハードウェアの各要件のネガつぶし」の果てに90年代の「世界に冠たる日本車」の姿があるわけで、現在の日本車メーカーは、とくに高級車において、そしてヨーロッパ中心的な視点に立てば、その先の「文化的神話性」というやっかいな部分に足を踏み入れようとしているわけです。最近の『CG』を読んでいると、そういう「自動車について語るべき批評言語の問題」や、雑誌づくりの方針についての悩みが感じられますね。

F それで最近は旧車とか、時計とかモノなんかを取り上げたりしているのかな。

T いずれにしても今の御時世では、総合誌とプレミアム誌は部数が出にくいですからね。悲しい時代ですよ。

S 私は別に「昔のCGは良かった」とはあまり思わない人間ですけど、「グラフィック」の部分の楽しさをもう少し充実させて欲しいと思いますね。読み物とか、コラムとか、イラストといったものがもつ「楽しみ」の意味を、もう一度考えてみてほしいと思います。

T そういう意味では私は永島譲二さんの「自動車望見」なんか好きです。それから『CG』はテストデータなどがしっかりしていて、資料性が高いという美点もあります。読者の間でも保存率は高いでしょうね。

S じっさい「創刊号から全部保存してあるけれど、書庫の床が抜けた」というクレームの電話が編集部にかかってきたりするそうです(笑)。

F とくに12月号に掲載される、年間の記事インデックスは同業者の我々にもおおいに役に立ちます(笑)。

T だからこそ『CG』は、過去のテスト記事や貴重な写真をはやくデジタル・データベース化すべきですね。大きなビジネスチャンスがあると思います。

F なんならAUTO ASCIIで代行しましょうか?(笑)

S それゆえに、もうひとつ心配なのは、最近、ハードウェア批評がちょっと甘口になっているような気もすることです。最近の自動車業界では、自動車業界の大規模な再編や合理化が進み、環境・安全対策が重要課題になっている。そのいっぽうで理想主義的なクルマ作りをするというよりは、情緒的なデザインやマーケティング主導型の商品企画が優先されている傾向があるでしょう? アウディTTや、メルセデスAクラスのエルク・テスト問題に見られるように、ヨーロッパにおいても、最近ではこうしたマーケティング主導型のクルマづくりによって、ハードウェアの熟成度にしわ寄せが来ているケースも増えている。そこで露呈されるハードウェアの未成熟を『CG』がきちんと批判しなかったら、いったい日本のどのメディアが批判できるんでしょうか。

F いずれにしても『CAR GRAPHIC』という名前や、そのコンセプト、誌面づくりも含めて、『CG』は外国のジャーナリストからもリスペクトされている数少ない日本の雑誌ですから、今後も日本唯一のハードウェア批評誌としてがんばり続けてほしいです。孤高の存在として。

対談メンバー
S=陶山 拓(まとめ)
F=藤田 耕治(auto-ascii24)
T=高木 啓(auto-ascii24)

《》

【注目の記事】[PR]

編集部おすすめのニュース